初めての恋

神寺雅文

交錯する恋心29

「あ、次はペンギンだってよ!」「え、ホントに? 早く行こう! 雅君急いで!」
 肘を掴まれて足早に薄暗い通路を歩く。子供たちが多くなってきたのも、水族館で大人気のペンギンが近くにいるからであろう。ペンギンでこのはしゃぎようだと、イルカショーの時の春香はどうなってしまうのだろうか。
 想像に胸が膨らむ僕の耳に、子供の泣き声が聞こえてきたのはその時であった。
「ふぇ、ふぇえええええええ」「春香、ストップ」
 皇帝ペンギンのヨチヨチ歩きを早く春香に見せたいが、人込みの端で四歳児くらいの女の子が大きなリュックを背負った状態で泣いているのを発見した。たぶん、迷子だと思う。どう見ても一人で出歩ける年頃ではないし、近くに保護者――父親や母親らしき人もいない。辺りをキョロキョロ見渡しては、目を擦り大きな口を開けているのを見る限り迷子で間違いないだろう。 
 ああ、また女の子が泣いている。僕は無性にその子を助けたくなった。いや、普通助けるのは当たり前であり親父にも昔からそう教育さているから別段特別扱いすることではないけど、それ以上に「泣き止んでほしかった」のだ。
「大変、雅君行こう!」
 僕の視線を追い女の子に気が付いたのだろう。春香の表情に緊張が走り、僕よりも先に女の子の元へ歩み出した。そのまま、女の子の元へ歩み寄り目線を合わせる為に屈み言葉を選んでから声を掛けた
「どうしたの? ママ、パパは?」「ふええええええん! ふええええええん!」
 春香お姉さん特製――天使の微笑みをもってしても泣き止まない女の子。チラッと春香の顔を確認したものの待ち人じゃなかったのが残念だったのか余計に大声で泣くことになった。
「お名前はなんていうんだい? 迷子なんでしょ? 早くパパとママのところに帰らないと」
 春香がダメで僕が良いわけでもない。僕のぶしつけな質問には顔を上げる事すらしない。
 やっと自分の意志を持ち始め好き嫌いもはっきりしだす年齢だ。我を忘れ、場を弁えず傍若無人に泣き叫ぶ様は、誠に小鬼と言える。正直、僕には手に負えるレベルのぐずり具合ではない。ここは“プロ”が必要である。
 どうしたものか。と、僕が一考する隣で、春香は女の子の身なりをじっくり観察し、背負っているリュックに何かのキャラクターがぶら下がっているのに気が付いて、大げさに手を叩いた。閃いたって言いそうな具合である。
「始まるよ、始まるよ、はじまるよったら はじまるよ! いちといちで忍者だよ~ドロ~ン」
 そして、陽気なテンポと手の動きが特徴的な歌を歌い始めた。
「始まるよ、始まるよ、はじまるよったら はじまるよ! にとにでカニさんだよ~チョキ~」「ふぇえええ……ふぇえええ……」
 おお、僕には何が何だか分からないが女の子が顔を上げて少しだけ、泣くのをやめた。
「始まるよ、始まるよ、はじまるよったら はじまるよ! さんとさんで猫のひげ――」
 女の子が自分に興味を示したのを感じた春香はさらに朗らかな笑みを浮かべ、両手の人差し指、中指、薬指を立たせてそれを両頬にくっ付けた瞬間、春香の声と女の子の声が重なった。
「「にゃ~」」
 女の子も猫のひげを作っている。所謂これは手遊びって言うやつなんだとここまで来て僕も理解できた。

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