【WHO】ワールド・ハイド・オンライン

霧ヶ峰

第3話


 VR特有の水の中に沈んでいくような感覚に包まれていると、突然足の下にしっかりとした地面が現れたのを感じ、岳斗は閉じていた瞼を開ける。
 
 目の前に表れたのは、1つのカウンターのような机と、その横に鎮座している1つのマネキンだった。
真っ白な空間に真っ白な机とマネキン。色彩のしの字もない空間。


「あぁ・・・懐かしいな。ベータもこんなんだった」

 数ヶ月前までは、一日に何度も見ていた光景に、思わず口からそんな言葉がついて出てしまった。

 そんなとき『ようこそいらっしゃいました』
と、先ほどまで人の気配すらなかった空間に、機械特有の合成音声が響き渡る。

 そして、それと同時に殺風景だったカウンターに色が付き、それは空間に滲み出るように広がっていった。
 色が付いたところには、様々な形の瓶や、何かが綴られた黒板。木で作られた柔らかな雰囲気を醸し出す椅子や机が現れ、その空間があたかも1つの酒場のようなものへと変わったのだ。

「おお〜・・・すげえ」と語彙力が何処かへ行ってしまった岳斗の前に、ヴオォン!とどこかの暗黒面に堕ちた戦士が使っている剣の効果音の様な音と共に、1人の女性が現れた。


「第1番目のログインおめでとうございます」

 女性が発したのが合成音声ではない本物の人間の声だったため、一瞬驚きで固まってしまった岳斗だったが、すぐに気を取り直して返事を返す。

「特に大した特典はありませんが、レアスキルガチャかレア武具ガチャのどちらかをお選びください。あ、もしベータテスターの方でしたら、武具ガチャをオススメしますよ。ベータテスト特典でスキルガチャがありますので」
「へぇーそうなんですか・・・じゃあレア武具ガチャでお願いします。後、その特典のガチャってここで引けるんですか?」
「ええ。どうせなら一気に引いてみます?」
「そうですね・・・そうします。って先にキャラメイクしないで良いんですか?」
「キャラメイクは引いた後でもできますし、ぶっちゃけると最終確認の時にでも変更できます。ささ・・・一気に引いてみましょうよ!」

 楽しそうだなぁ・・・と笑みを漏らしながら岳斗は、慣れた手つきでステータス画面を開き、【保持アイテム】欄の中にあったガチャチケット2枚を具現化させる。

「それじゃあ、行きますよ!」
そのまま、2枚共一斉に破った。


 チケットを破ると、目の前に半透明な画面が現れ、スロットが回り始める。

 そのまま数秒間待っていると、ティロン!と心地よい音と共にスロットが止まった。

「えーっと?【胎動する双翼の暗殺刀】と【ジョブスキル枠+1】?」








「「え???」」

 スロットから見て取れる報酬のアイテムとスキ ルは、岳斗と女性が何度目をこすって見ても、変わることがなかった。

「これって今出ていい物なんですか!?」
「え、えーっと・・・お、おめでとうございます!今上に問い合わせてますが、間違いではないでしょうし、どうか役立ててくださいね」
「は、はい。でも本当に良いんですかね?【ジョブスキル枠+1】なんて、簡単に言うとスキル補正が倍って事じゃないですか。こんな序盤に出して良いものじゃないと思うんですけど・・・」
「そうなんですよね・・・っと、上から返答が届いたのでお伝えしますね。えーっと?『【ジョブスキル枠+1】は、こちらの不手際だった事が確認されました。といってもそれを引き当てた貴方の運を否定してはいけないため、そのままお使いください。ジョブスキルは同じものをセット出来ないことはお伝えしておきます。そして、この事は一種のバグのようなものですので、あまり口外なさらないよう、お願い申し上げます』ですって。良かったですね!そのまま使って良いそうです!」
「うーん・・・なんか悪い気もするけどいっかぁ。じゃあキャラメイクしますね」
「はい!では私の仕事は終わりましたので、これで失礼させていただきます!【ワールド・ハイド・オンライン】をお楽しみください」

 “メイド”姿の女性は、最後の最後でその格好に合った優雅なお辞儀をして、再び例の効果音をさせて消えていったのだった。



「さて・・・キャラメイクしよっかな。って、引き継ぎ出来ないのかな?」

 女性が消えると同時に、酒場らしい喧騒に包まれた空間の中で、岳斗はそう呟いた。

「可能だ。ベータテストの時のログインアイディーとパスワードをここに書きな」

 その呟きに応じるように、カウンターの奥に立っていたNPCの男性がそう言いながら一枚の紙と羽根ペンを渡してきた。

 その言葉に「わかった」と返しながらそれを受け取って、ベータ時のログインアイディーとパスワードを記入すると、岳斗の姿が光に包まれる。
 5秒間ほど続いた光が消えると、そこには白い髪を後ろで纏めた、空のような青い瞳をした青年の姿があった。

 といっても、身長は変えられないため、どことなく中性的になってしまっているのだが。




「おぉ…本当だ。あれ?ベータよりも動きやすい」

 自身の姿が中性的な事なんてとっくのとうに諦めて、逆に開き直っている岳斗は、手のひらをグッパーグッパーと動かして、その感覚を確かめる。

「………よし、オッケー。後は、スキルと名前か。ま、ガチャのお陰で考えてたのは使えないけど、仕方ないか、一から考えよう」

 数秒間だけだが、自分の世界に入っていた岳斗は、すぐに調子を取り戻してスキルの取得に移るのだった。














「うーん…コレでいっか。【ジョブスキル】が2個あるんだし、おんなじ補正がある武器使った方が良いのかな?あーでも、冒険してみよっかな?ま、ダメだったらそん時はそん時だし、試してみないとね。よし!名前は、前から決めてたコレで………っと。さて、ゲームを始めよう」

 岳斗は酒場の机に向かいながら、しばらく作り上げたスキル群を眺めていたが、椅子から立ち上がってステータス画面の名前欄に、名前を書き込むと、酒場の扉を開けて外に出るのだった。





 ちなみに、この後すぐにゲームができると思っていたのに、チュートリアルでさらに時間を食われたことで、ガチャの事なども含めてかなりのタイムロスをしてしまっており、他の5人が痺れを切らせて好きに遊んでいたため、内心かなりがっかりしたのは内緒である。

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