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エルトベーレ

4-2 可能性の話

「お邪魔しまーす」
「はーい、あらあら、どなた〜?」
のんきな声を出しながら、母さんがリビングから顔を出した。
普通知らない人が入ってきたらもっと怪しむでしょ。母さんはもう少し、危機感を持った方がいいよ……。
「あ、えっと、松岡真白です。その……佑馬くんと、お付き合い……させていただいてます」
真白がぎこちなく頭を下げると、母さんが微笑ましそうに、意味深な視線をオレに向けてくる。
「あら、そうだったの? 佑ちゃんったら全然そんな話しないんだから。ねぇ?」
オレは母さんを無視して部屋に急ぐ。
「あ、待ってよ、佑馬くん」
真白は律儀に母さんに一礼してからオレの後を追ってきた。


この前はオレが真白の家にお邪魔させてもらったので、今回はオレの家に行きたいと真白が言い出したのだ。


「で、さっき先輩から聞いた情報がこれだ」
帰る前に、紗沙先輩から美珠先輩のこと、クラスのことを聞いておいた。それなしで話を進めるのは難しいからな。
「ええと、テストの時の大まかな席順と、久連山先輩の人柄、普段の点数と今回の点数だね」
「確かに今回の点数は前回より高いけど、前回もさほど悪くないと思うんだけどなぁ」
美珠先輩の前回の学年順位は二十四位。そして今回が五位。
前回でも学年の上から十パーセント以内に入っているし、カンニングをしてまで順位を上げなきゃいけなかったんだろうか。
「そうだよ。私に比べたら遥かにいいのに……」
「真白、本題」
「あ、ごめん……」
悲観してる真白をたしなめて、話題を戻す。


「特に上がったのは、古典と物理と、あと英語だね」
「物理は選択だから、別の教室でやるはずだ。それについてはまた明日考えよう。それで、古典と英語だと、カンペの可能性は低いだろうな」
「どうして?」
少しは考えてくれよ……。
「じゃあ、一枚のメモをテストに持っていけるとして、真白なら何をメモする?」
「う〜ん……単語、かなぁ」
「書けるだけ書いたとしても、どれが出るかはわからない。あまりいいやり方とは言えないな」
「うぅ〜、だったらいいやり方って?」
真白がちょっと不機嫌になってきた。少しバカにし過ぎたかな。
「オレなら、別の人の解答を写す、かな」
「なるほど……。席順は……久連山先輩は一番後ろだね。確かに、テスト中はバレないかもね」
「お、いいところに気づいたな。オレも見落としてたぞ。先生は採点してから気づいたんだ。試験中には気づかなかった、ということだな」
「えへへ、私も役に立つでしょ?」
なんて、誇らしげに胸を張る。その様子がちょっと可愛かったので、思わず頭を撫でてしまう。
「も、もう、佑馬くん……」
「ごめん、可愛かったから、つい」
「……ありがと」
彼女はふっと柔らかく笑った。なんかキラキラとして見えるのは気のせいか?


「そうだ! ケータイって可能性は?」
「誰に聞くんだよ。みんな試験中なのに」
「あ、そっか」
でも、一理あるかもしれないな。ケータイなら大量のデータを蓄積しておけるだろうし。
それか、協力者……か。


「とりあえず明日、美珠先輩が見える範囲の人の成績も聞いておこう。たぶん、先輩も同じことを考えつくだろうけど」
「うん。でも、なんで先生はカンニングだと思ったのかなぁ」
……そうだ。もっと根本的に、そこだ。真白、なんでこんなときはそういうとこ気がつくんだよ。
「それは盲点だった。解答が不自然だと言われたって言ってたけど、それってたぶん、他の人とほぼ同じだったってことじゃないかな」
それがだれかわかればいいけど、たぶん先生は教えてくれないんだろうな。
「それか、あれじゃない? みんなできてない問題なのにできてるとか。普段のお前じゃできないだろー、って」
「勘でできるような問題じゃなかったってことか。でもみんなできてないなら、カンニングは難しいんじゃないか?」
「そっかぁ……」
「でも、発想はいい線いってるぞ」
落ち込んだ真白を褒めてやると、俄然嬉しそうにする。


「色々可能性を考えたけど、今のところ有力なのは、他の人の解答を写した可能性が高いってことだな。どうやったのかはまだわからないけど」
「そうだね。明日はその線で調べてみようよ」
「ああ」


オレは出た考えをメモした紙をまとめ、机に置く。と、時計が目に入った。
「あ、真白、こんな時間だけど帰らなくて大丈夫か?」
「お母さんには遅くなるって言ってあるよ。……な、なんなら、泊まってきても、いいって……」
……それはダメだろ。いや、まだ早いって。オレの方が、心の準備ができてない。


「……ねぇ、佑馬くん」
「……何? 真白」
彼女の瞳は、いつものあどけなさの残る純真な眼差しではなかった。あでやかな色っぽさを含む、扇情的な眼差し。
「私ね……佑馬くんの彼女なんだよ?」
そんなの知ってるよ。でも、彼女の言いたいことは、そんなことではない。
それは、その嫣然とした微笑みが物語っている。
「だから……いいんだよ?」
そう言いながら、彼女はブラウスのボタンを一つ外した。
それだけで、オレの目線の高さからなら、彼女のなだらかな二つの膨らみが形作る谷間を覗くことができる。
オレはその光景に、思わず生唾を飲んだ。
「真白……」
鼓動が一気に跳ね上がるのを感じた。身体が熱くなってくる。
頬を染めた目の前の愛しい人も、同じ気持ちでいてくれているだろうか。
「佑馬くん……」
彼女の身体を引き寄せ、肩を抱く。
温かい。息を吸い込めば、彼女の匂いがオレの中に入ってくる。抱きしめようとすれば壊れてしまいそうな、そんな儚さすら感じる。
これが、女の子、なのか……。
「佑馬くん……好き」
「オレも、好きだよ。真白……」
オレはこれだけでも満足してしまい、いくばくかの時間を、このままで過ごした。

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