本の購入希望書に悩みを書かないでください。

エルトベーレ

3-4 決戦は屋上にて

先輩はフェンスに指をかけ、ただ下の景色をぼんやりと眺めていた。
「先輩……」
オレの存在に気付いた彼女は、ゆっくりと顔だけ振り返る。
「早かったね、佑馬くん」
あの時の真白と同じ表情だ。彼女は飛び立つために、この場所にいる。


「先輩、昨日の投書、何が書いてあったんですか?」
「……何のことかしら」
「とぼけないでください。オレには見せられないことだったんでしょう? そしてそれは、先輩に関することだったんじゃないですか?」
そうでなければ、先輩が身を引く理由はない。先輩が対処しても良かったはずなんだ。でもそうしなかった。いや、先輩がいなくなることこそが、先輩のとった対処だとしたら……。
「……やっぱり、君が図書委員会に入ってくれてよかったよ。投書はこれからも解決してあげて? それは、約束だから」
約束……? 何のことだ?
「先輩がいなくなるなら、オレは図書委員を辞めます」
「それはできないわ。図書委員が不在になるなんてこと……」
「その通りです。だからオレが先に図書委員を辞めれば、先輩は図書委員を辞められません」
それでも先輩は食い下がらない。
「佑馬くんは、わたしにあの苦痛な仕事を押し付けようと言うのね?」
「そうは言ってないじゃないですか。オレはただ、今までみたいに先輩と一緒にやっていきたいんです!」
「だから、それができないからこうして……っ!」
その先は言わずに、先輩は口をつぐんだ。


「……先輩、本を読むの、好きですか?」
「何なの? 急に」
訝しむように聞き返す先輩に、オレは語気を強めて問い直す。
「答えてもらえませんか?」
「……好きよ」
「書くのは好きですか?」
「嫌いではないわ。読む方が好きよ」
「日記、書きますか?」
「……何が言いたいの?」
本当は使いたくない手だったけど、オレは丸腰で戦場に赴くバカじゃない。相手の弱みくらい、握ってから来るさ。
「これが何か、わかりますか?」
オレはブレザーの内ポケットから、黒い手帳を取り出して見せる。今朝、奈菜先輩から預かったものだ。
「……それ……っ」
先輩は羞恥と驚きで口元を震わせている。
「……読んだの?」
「……すみません」
そう、先輩が隠したいことも、オレは全て知ってしまっているのだ。


「昨日の投書、見せてもらえませんか?」
先輩は、無言でスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。
その紙に書かれていたのは、“なんでアンタが後輩なんか作っちゃってんの? 忘れたわけじゃないよね?”という言葉。
先輩へのいじめは止んでいなかった。陰ながら、いまだに傷つけられ続けていたのだ。
「これを見て、佑馬くんに矛先が向かないようにと思って……」
自分が犠牲になろうと思ったのか……。
「……だからって、命を粗末にするもんじゃないですよ」
「そうだよね……。あの人のところにって、少し思ったけど、それは気分が落ち込んでたから。大丈夫。本当に死んだりはしないよ」
その言葉、信じて大丈夫なんだろうか。


「迷惑かけて、ごめんなさい。でも、もう大丈夫だから」
「じゃあ先輩、帰りましょう。まだホームルームまで時間ありますから」
先輩は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにオレの意図を察してくれて、オレの手を取ってくれた。
「そうね。って、それ返しなさい」
と、先輩はオレの手から黒い手帳をひったくった。
「佑馬くんはこれを読んだ罰として、一週間わたしに奉仕することを命じます」
確かにこれに関してはオレが悪いし……仕方ないか。

「本の購入希望書に悩みを書かないでください。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く