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エルトベーレ

2-5 現行犯

多目的教室の扉が開くと、オレは敢えてワンテンポ遅れて、さも通りがかったように角から現れる。
「お、おい、一年は授業中だろ? こんなところで何やってんだ。早く、授業に戻りなさい」
すると、向かいの体育準備室のドアが開き、斎藤先輩も姿を現した。
「こんなところで何を、はこちらのセリフだと思うんです。秋山先生」
そう、先輩の読み通り、犯人は数学科の秋山先生だった。女子更衣室内を隠し撮りした映像にも、彼は映っていたし、何より、その手に持った巾着袋の中を見れば全てが明らかになる。
「先生、その中、何が入ってるんですか?」
「おい、いい加減にしないと……」
「警察を呼びますよ?」
強引にオレたちを立ち退かせようとした先生に、オレがすかさずケータイの画面を見せる。液晶には110の数字。発信ボタンを押せば、すぐに警察に繋がる状態だ。
先生は口を閉ざし、ただ立ち尽くしている。
「その中身、松岡真白さんの制服ですよね?」
オレが指摘すると、先輩も立て続けに質問をぶつける。
「わたしの制服はどこにありますか? まぁ、何に使ったかわからないのでもういりませんけど。更衣室にカメラ仕掛けてまで、可愛い子の制服だけを狙って盗るなんて、本当、ひどい話ですよねぇ」
先生の顔が強張っていく。しかし、一向にその手のものを放そうとはしない。
「先生、真白の着替え、返してくれませんか?」
オレが無理矢理に奪い取ると、先生は抵抗せずに、素直に手放した。
念のため確認するが、やはり中身は真白の制服だった。例のブラもしっかり入っている。
オレが視線で先輩に合図すると、彼女は半開きにしていた体育準備室のドアを全て開けた。
秋山先生はその姿を見て、膝から崩れ落ちた。
「残念です、秋山先生。こんなことになるなんて」
ドアの後ろでは、主任教諭の山本先生が一部始終を聞いていたのだ。
「あとは私に任せて、君たちは授業に戻りなさい」
「はい。よろしくお願いします」
秋山先生は山本先生に連れられて行ったので、オレたちもその場を後にした。



教室に戻る前に、女子更衣室に寄る。オレは真白の着替えを戻しに、先輩はケータイを回収しに。
「あ、バッテリーもう二十パーしかない……」
「すみません……」
オレは真白の着替えを巾着袋から出して、元あったように置いておく。
結局使うことにはならなかったけど、発信器付きのブラは回収する。代わりに、真白から預かった、彼女が元々着けていたブラを置いておいた。淡いオレンジのシンプルなブラだ。
「何じろじろ見てるの? 松岡さんに報告するよ?」
「別に、じろじろは見てないですって」
「じゃあ、えろえろと見てたのね?」
「なんですか、その擬態語」


真白の着替えを置いたら、コンセントに挿してあった電源タップを引き抜く。これを分解すれば、中のカメラは証拠になるはずだ。
「それにしても……」
先輩が手を差し出すので、オレは電源タップもとい隠しカメラを先輩に預けた。
「よく了解してくれたわね、松岡さん」
「先輩は、どう思いますか?」
「何が?」
「……真白は、無理してると思いますか?」
先輩は普通の人とは違う感性を持っているだろうことはわかる。でも、オレよりも同じ女である先輩の方が、彼女のことはわかるのではないか。そう思ったのだ。
「はぁ……。そういうのは、本人に直接確かめなさい」
ため息まで吐かなくてもいいじゃないか。オレだって真剣に悩んでるのに……。
そんなオレの胸中を察したのか、先輩は壁にもたれて話し始めた。
「だいたいね、わたしが彼女は無理してるって言ったらどうするの? 無理してないって言ったら、何か変わるの? その行動に、君の意志は含まれているの?」
ああ、バカみたいだ。言われなきゃ、そんなことにも気付けないなんて。
「ありがとうございます。おかげで目が覚めました。今度、真白ときちんと話をしてみます」
オレが頭を下げると、先輩はふふっと微笑んだ。


「……さて、それじゃあ、第二の事件ね」
「第二の事件?」
終業を告げるチャイムが鳴った。段々と近づいてくる、足音と活気ある話し声。
「逃げなくていいの? 制服泥棒の容疑者さん」
「笑えないんですけど……」
ちょっと待て、入り口から出れば、体育を終えた女子生徒とこんにちはしてしまう。とは言えここに残るわけにも……。
「あの隠し通路を使ったら? そんな時間があれば、だけど」
先輩の嫌な予感は的中した。
ガチャっと開いた扉の先と、目が合った。彼女らは固まってしまい、しばしの沈黙が流れる。
真相を知らない彼女たちからすれば、オレは間違いなく制服泥棒の犯人だと思われていることだろう。
「どうしたの?」
その声は! 救世主! 女神! どうか救いの手を!
「真白!」
「あ、佑馬くん、どうだった? 捕まった?」
彼女のこの一言で、周りは自分の考えが早計だと思い始めるはず。たぶん真白はそこまで考えてないんだろうけど。
「真白、詳しいことは放課後に話すから、後はよろしくな。あと、ブラは返しておいたから」
「ちょっと、佑馬くん!?」
オレはそれだけ告げて、急いで女子更衣室を出て自分の教室に向かった。
真白が周りにうまく話してくれれば、変な噂が立たずに済むだろう。頼んだぞ、真白。

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