妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第20話 一転攻勢 vs青葉台女子⑪

六回の裏に入って、打順は三番の倉田さんからだ。
結祈はまだ変化球を見せていない。ここからはストレートだけでは厳しいだろうし、変化球がどれほど通用するのかも知っておきたい。


初球は外低めへのストレート。
これまでは多少外れていても手を出してくれたが、彼女は違う。きっちりとボール球を見極めた。いや、手が出なかっただけかもしれないが。
「打たせていいよー、結祈ちゃん!」


二球目に、満を持しての変化球。
緩奈ちゃんが選んだのは、ストレートよりは緩いが、球速のあるカーブ。
変化球マニアの遥奈ちゃんによれば、結祈のカーブは人差し指を立てて握り、リリースの際に弾き出すように回転をかけることで、球速も殺さずに縦に大きく曲がる、ナックルカーブと呼ばれるものらしい。
ただ、その投げ方ゆえ制球が難しく、結祈には向かないんじゃないか、とも言っていた。


結祈が弾き出したボールはほぼど真ん中に向かってくるが、途中で大きく縦に変化する。
倉田さんとしては、初球がボールだったし、制球を意識して抜いて投げた結果の失投だと思ったかもしれない。
これに手を出し、途中で変化球だと気付いても、振りは止められなかった。
「ナイスボール! バッター見えてないよ!」
「いいよ! ちゃんとストライク入るじゃん!」
結衣の声援はなんでこうも皮肉に満ちているんだろうか。
自分もあの時空振ったのを根に持ってるとか? ……まさかな。


三球目は、ナックルカーブを意識したのか、高めのストレートの下を振って、またも空振り。
「欲張んないで打たせていいよー!」
これで、次は変化球か、速球か、大いに迷うだろう。迷いがあるならつけこめるが、どっちかに山張ってたら、賭けになるな。……緩奈ちゃんはどう考えているだろうか。


四球目。ストレートを放るが、これは低めに外れてしまった。
今の球はここまでで一番速そうに見えただけに、これが外れたのはもったいない。倉田さんも、反応できていなかったし。


続く五球目。またもストレート。
今度はしっかりストライクゾーンに入るが、さすがに二球続けているだけあって、倉田さんは当ててきた。
「サード!」
しかしながら、サード正面に転がるゴロ。
まずは一人、打ち取ったな。などと安堵したのも束の間だった。


「あ……っ」
捕球体勢に入ったサードの美憂ちゃんが、捕れずにトンネルしてしまったのだ。
もともと初心者で、捕球もそんなに上手とは言えなかった美憂ちゃん。一点リードしたこの場面、僅かなリードを確実に守らなきゃ、というプレッシャーからのエラーなのかもしれない。
「遥奈、二つ!」
しかもレフトの遥奈ちゃんは、言うまでもなく弱肩。あっという間にスコアリングポジションにランナーを進めてしまった。
「ご、ごめん、結祈……」
「大丈夫、気にしないで」
結祈はそれほど気にしてないみたいだが、美憂ちゃんの方は、このミスを引きずらないといいんだけど……。


ノーアウト、ランナー二塁で迎えるのは、四番の三年生、伊藤さん。
ここまでの打席は、犠牲フライ以外は凡退だ。そう気負う必要もないだろう。
初球から全力のストレートで押していく。
「ナイスボール!」
やや高めに外れたが、空振りを一つもらえた。


二球目もストレート。
緩奈ちゃんとしては、パワーカーブを決め球にするつもりだったんだろう。
ところが、この外低めに決まったストレートを、伊藤さんは三塁側のフェアグラウンドへ弾き返した。
「美憂、落ち着いて!」
また三塁方向か……。
ボールを捕った美憂ちゃんは、二塁ランナーが走ってくるのを見て三塁ベースを踏みに戻るが、倉田さんは二塁に戻っていっていた。
一塁ランナーがいなかったので、三塁ベースを踏んでもフォースアウトにはならない。
慌てて一塁へ投げるも、間に合わず、セーフ。フィールダースチョイスだ。
「ご、ごめんなさい……」
完全に冷静さを欠いてるし、相手にもそこを狙われてるな。
ここは一旦内野を集めさせるか……?


結局タイムを取らず、そのままプレーが続行される。
五番の霞淑さんは一番危険な打者だ。この人を相手にするくらいなら、敬遠して満塁にした方が賢明かな。
緩奈ちゃんにもサインを通してその旨を伝えると、彼女もすぐに頷いた。恐らく、同じ考えだったのだろう。
緩奈ちゃんは立ち上がって大きくボールを外させ、塁を埋めた。
「捕ったらホーム!」
満塁なら、どこに投げてもフォースアウトにできる。
一点もやりたくないこの状況なら、本塁と一塁の併殺が理想。三塁ランナーの倉田さんは俊足ではないので、浅いフライでも大丈夫だ。
ただし、レフト方向はマズい。ショートの結衣の方が肩がいいし、遥奈ちゃんより結衣に優先的に捕球してもらおう。


六番は二年生でファーストの前田さん。
彼女はここまでいいとこなしだ。とはいっても、慢心しないようにいきたいものだ。
なんて思いと裏腹に、初球、いきなりストレートが甘いコースに入っていってしまった。六番と言えど、この真ん中に近いコース、合わせて打ち上げるのはそう難しいことじゃないはずだ。
だがさらに運の悪いことに、当たり所が良く、ボールはライトの頭を越えて、フェンスに直撃した。
当然、三塁ランナーは余裕をもって生還。
「同点!」
そして、中継の絢郁にボールが回るころには、二塁ランナーも還ってしまっていた。
「勝ち越し!」
「ボール四つ!」
さらに、一塁ランナーの霞淑さんは香撫ちゃんが処理にもたついていたのを見計らってか、そのまま三塁も蹴って、本塁まで進もうとしていた。
「させないっ!」
それを、絢郁が矢のような送球で刺してみせた。
「ナイス、絢郁ー!」
「ワンナウトー!」
「結祈、ここ抑えて逆転しよう!」
逆転されても、まだみんなの気持ちは切れていない。



六回の裏、ワンナウトで、なおもランナーは二塁。
しかし、次の下位打線をきっちり連続三振に抑え、この回を締めた。
「ごめんなさい……」
ベンチに戻ってきた美憂ちゃんが、改めてオレやチームメイトに頭を下げた。
「気にするなよ、美憂ちゃん。誰にだってミスはある。それはしょうがないことだ。だけど、それを引きずって傷口を広げたら、それは、自分の責任だぞ?」
「そうだよ、美憂。ここでまた逆転すればいいんだから」
「う、うん……」

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