妹のいるグラウンド

エルトベーレ

第12話 緊張のバッテリー vs青葉台女子③

「ホーム優先!」
フォアボールのランナーを出し、ノーアウト満塁で四番との勝負。
昨年の県代表校の四番に据わるのは、左打者の三年生、伊藤いとうさん。前の倉田さんよりも、さらに隆々としたその腕は、まさに強打者の風格と言っていい。
だが、遥奈ちゃんは怯まない。初球から強気にインコースを攻め、緩急をつけて、あっという間に0ー2に追い込んだ。
「勝負焦らなくていいよ! 落ち着いて!」
何かを感じ取ったのか、絢郁はそう声をかけるも、緩奈ちゃんはそのまま三球で決めにいき、真ん中低めから逃げるように曲がるスライダーで、アウトローのコーナーを突く。
難しいコースのはずだが、当てにいったスイングで、難なくセンター定位置まで打ち上げられてしまった。
さっきの盗塁を見た感じだと、タッチアップには充分な飛距離。しかも、センターの美莱ちゃんはそんなに肩が強くない。
「美莱、こっち!」
結衣が中継に入り、ホームへ送球するが、間に合わない。それどころか、その間に二塁ランナーには三塁に進まれてしまう。
さっき手にした一点のリードを、あっさりと手放す形になってしまった。
「あれをあそこまで飛ばすかよ……」
「同……点……」


そして尚もランナーは一塁三塁。ピンチは続く。
続いて右打席に入るスラッとした美人は、三年生の宮本霞淑かすみさん。たぶん、宮本伊淑さんとは姉妹なんだろう。
「ワンナウト!」
「ゲッツー取ろう!」
「打たせていいよ!」
大丈夫、内野陣は落ち着いている。だが、バッテリーは心配だ。引きずってなきゃいいんだけど……。
双子バッテリーの初球は、インハイへのクロスファイヤー。対角線投球の球筋は自分に向かってくるように見えるため、打者はボールと誤認しやすい。
速い球はコーナーにきっちり決まり、見逃しでまずストライク一つ。
「ナイスピッチー!」


次の一球は、さっきよりやや内側からストライクに入るフロントドアのシンキングファスト。
緩奈ちゃんの要求は徹底したインコース攻めだ。四番で一アウトもらってるから、ゴロを打たせての併殺狙いだろう。ということは、初球のクロスファイヤーもただのストレートではなく、手元で小さく変化して芯を外すムービングボールだったのかもしれないな。
霞淑さんはこれも見逃して、簡単に追い込めた。


強気にいくなら三球インコースでもいいが、一度外に放ってもいい。ここは緩奈ちゃんに任せてみよう。
緩奈ちゃんの選択は、外角低め。
ストレートやムービングボールと全く変わらないフォームから、山なりの緩い球が放られる。チェンジアップだ。ストレートとの球速差は2、30キロほどだろう。タイミングをズラすには充分だ。


しかし、この蚊の止まるような遅すぎる球を、霞淑さんは充分に引きつけて踏み込み、軽々と弾き返した。まるで狙っていたかのような、見事なスイングだった。
打球は高く上がって、ぐんぐんと伸びていく。レフトの頭を越えても、まだ落ちてこない。そして、その先のレフトスタンドに、静かに落ちた。
……三ランホームラン。一気に三点差に引き離されてしまった。しかも、まだアウトは一つしか取れていない。


「タイム、お願いします」
ここで緩奈ちゃんが間を取り、遥奈ちゃんの元へ駆け寄った。
何を言っているかはわからないが、どうやら緩奈ちゃんが謝っているようだ。大方、私の配球が悪かった、気にするな、などと気を引き締め直したのだろう。事故みたいなものだと割り切って、次の打者をしっかり打ち取っていくしかない。
「景太さん。あの二人、大丈夫ですかね……」
リリィ先生も、どうやらあの二人の調子が良くないことに気付いたらしい。
「どうでしょう。緩奈ちゃんの方が心配ですね……」
「遥奈ちゃんではなく、ですか?」
「ええ。遥奈ちゃんはちゃんとリード通りに投げられている。でも打たれた。ということは……」
「あ……! なるほど……」
緩奈ちゃんのリードがマズかった、ということだ。
今はとりあえず、この回を最少失点で切り抜けてもらうしかない。


「プレイ!」


緩奈ちゃんのフォローが効いたのか、七番はサードの美憂ちゃんのエラーで塁に出したものの、六番、八番を三振に切ってとり、浮かれる青葉台女子ベンチを黙らせた。
スコアを見返してみれば、三安打四失点一四球一失策二奪三振。一回のスコアとは思えない出来だ。


ベンチに戻ってきた遥奈ちゃんに、なんて声を掛けたらいいだろう。
そんなことを考えていると、遥奈ちゃんはバットをもって、素振りをしにベンチの外に出て行ってしまった。まるで、いたたまれなくなって、逃げるように。
遥奈ちゃんの元へ行こうとしたオレの前に、緩奈ちゃんが立ちはだかって頭を下げた。
「監督。さっきのは私のリードミスでした。すみません」
「だから、遥奈は責めないでやってほしい。そう言いたいのか?」
「……っ! ……そうです」
緩奈ちゃんは珍しく驚きを露わにした。彼女のリードミスが虚言でないことが、その動揺から見てとれる。
「本来配球はバッテリーで組み立てていくものだ。責任は二人にある」
「はい……」
「責任の所在なんて、試合が終わってからでいい。……実際、遥奈ちゃんの調子はどうなんだ?」
傍目には悪くないように見える。一つ出してしまった四球も、審判の判定が厳しかったように思うし。
「コントロールはいいですが、いつにも増して球威がないですね……。少し緊張してるのかもしれません」
「そうか……」


実は他にも一つ気になることがあるが……言っても大丈夫だろうか。
「……? なんですか?」
「可能性の一つとして考えてほしいんだけど……、配球、読まれてるかもな」
「そ、そんな……! でも……っ」
少なくとも、オレなら読める配球だった。コースはもちろん、大体の球種まで。
「一、二番はともかく、三番は明らかに様子見だったし、振る気がないような感じさえした。四番は外野まで上げれば一点は確実だ。立ち位置見てたか? だんだんベースに寄ってたぜ? 外角狙ってたんだよ」
淡々と紡がれる言葉に、緩奈ちゃんは固まってしまう。だが、オレは尚も続ける。
「そして五番だ。最後は三振に取りたかったんだろうけど、一球緩い球を挟むのはセオリーだ。あれは外して、内の速い球を決め球にした方が良かった」
「でも、セオリーなら、あれで……!」
「セオリー通りだから狙われたんだぞ」
緊張していたのは遥奈ちゃんだけじゃない。緩奈ちゃんも緊張していたんだ。彼女はようやくそのことに気づいたようで、気落ちしたように視線を落とした。
少し厳しいことを言っているのはわかっている。でも、彼女のためにはこれでいい。
「エース対決したときを思い出せ。あの時は、もっと性格悪いリードしてただろ。その性格の悪さこそ、緩奈ちゃんの売りだよ」
「……酷い言いようですね」
確かに、性格悪いっていうのは言い過ぎたか。
「でも、おかげで目が覚めました。あとで、また遥奈に謝ってきます」
「謝んなくていいさ。自分のミスは、プレーで返してやれ」
「はい……!」
まずは一点ずつ、取り返していこう。

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