COLOR
COLOR
いつでも自分だけを信じる。
それが出来たとしたなら、どれだけ楽だろうか。周りに流されることもなく、自分の考えだけで前に進むことができる。その先が求めていたものではないとしても、寄り道するよりはよっぽど早くにゴールへ辿り着くことが出来るだろう。
俺は、自分を信じたい。
もう余所見せずに前進してしまいたかったから、俺はここへ来たのだ。
「ようこそ、心の楽園『パレット』へ。ここであなたの色を見つけてくださいね」
この世界の管理人はそう言っていた。自分の色、なんてそんな簡単に見つかるのだろうか。
まあ、見つからなくてもしょうがない。
自分探しなんてものは結局、何も持ち帰れずに終わってしまうものなのだから。
Ⅰ
始めに俺が訪れた町は、何もないところだった。
一人でここに住む少女は、自身を『シロ』と名乗った。白髪のショートカットに白いパーカー。その名の通り、この町にも合っている彼女の容姿には正直驚かされた。
「この世界のやつらは、みんなそんな感じなのか?」俺は尋ねる。
「まあ、そうだね。意地みたいなもんだよ。みんな、コレだって決めつけてしまったもんだから、それ以外のやり方を知らないんだよ」
へぇ、と頷く俺は彼女に問い掛けようと声をかける。
「なんでアンタは」
「アンタじゃない、シロ」
「……なんでシロは、その色を選んだんだ?」
「何もかもを無しにしたかったからだよ。初心に戻って、今までわたしのことを染め上げてきた色を全部無かったことにしたかった」
「どうして?」
「……はじめは良かったの、カラフルで綺麗で。虹色って、みんなが求めた色でしょ?」
「まあ、そうかもしれない」知らないけど。
「でも、だんだん色を重ねていくとね、それどころじゃなくなっちゃうの。ほんとに、汚くなっちゃうの」
「それが嫌だったのか」
「うん。だから、なかったことにしようと思って白く塗りたくってみた」
「初心には戻れたか?」
俺の問い掛けにシロは首を振った。
「まったく。初心になんて戻れっこなかったよ」
彼女は俺の方を向いて微笑んで言う。
「ただ、自分を偽っている罪悪感で辛くなるだけだし」
何かを得た時点で純白は消え去っていくんだよ、とシロは最後に残した。
Ⅱ
次に、愛を求めた場所を俺は訪れた。
自分より年上であろう真っ赤な青年は、自己紹介から始めた。
「オレはアカ、よろしくな」
「どうも。なんとなく名前はわかってましたよ」
「だろうな」と彼は笑う。「ここのやつらはみんなそうだよ」
俺はそんなアカさんに先程と同じように問う。
「どうしてアカさんは、その色を選んだんですか?」
「そうさな……」考えるような仕草をとってから、彼は答える。「愛が足りなかったからかな」
「なんか、格好いいですね」
「だろ?」
彼ははにかんで俺に面を向ける。
「それで、愛は得られましたか?」俺は尋ねる。
「得たかもしれないし、得てないのかもしれない」
「どっちですかそれ」
「わからん。オレは得ているつもりなんだけど、それは愛なのかどうかよくわからないんだよ。愛っていうのは人から得るもんだよな?」
「ですかね」
「でも、それが本当の愛だって決める証拠が見つけられなかったんだよ」
難しい話だな……。
「そうややこしそうな顔すんなよ」
わからなくなって俺が首を捻らせると、彼は俺の背中をたるく叩いた。それから笑う。
「考えてみれば、当たり前の事だったよ。言葉もハグもキスもセックスも、ただのポーズだ。どれもこれも俺は確証を持てなかった」
ああ、そういうことか。
ようやく彼の言っていることがわかったが、それでも共感は出来そうになかった。
「でも、だとしたら相手の頭の中を調べるくらいの事はしないといけないじゃないですか」
「……まあ、そうだな」
俺の言葉に彼は自嘲気味に笑いをこぼした。
「もしかしたら、愛なんてのは自分を甘やかさないと得られないのかもしれないな。……ああ、そうか」
だから俺は自分に赤を与えたのか、とアカさんは誰に言うわけでもなく呟いていた。
Ⅲ
次に向かった先は、幸せに埋め尽くされていた。
綺麗で長い青髪を揺らす女性は、美しさの伴った笑顔で俺に挨拶をしてみせる。
「どうも、初めまして。私の名前は……」
「アオさん、ですか?」
言い終わる前に俺が予想を口にして挟むと、彼女は少し驚いた顔を作ってから、今度はニコッと笑ってみせた。
「正解よ。改めまして、私はアオ。よろしくね」
「あ、こちらこそどうもです」
「あなたは私の前に誰と会ったのかしら?」
アオさんに問われて、俺はシロとアカさんのことを答えた。
「じゃあ私は三番目ってわけね」
「そうですね」
「どうかしら、この世界。気に入ってくれた?」
「まだわからないですね。アオさんは気に入ってるんですか?」
「ええ、そうね。とても気に入っているわ」
「良かったですね。その色を選べたからですか?」
「もちろんそれもあるけれど、私はもともと幸せだったの」
「じゃあ、どうしてこの世界に?」
俺が問いを投げ掛けると、彼女は細い笑みを吐いてから地べたに腰を下ろした。
「あなたも一緒に、座って話をしましょう」
「えっと……はい」俺は頷いてアオさんの隣に座ってみる。
美人の横隣というのはどうにも緊張してしまう。そわそわしながらいると、アオさんが先に口を開いた。
「生まれた時から、私は何も不自由が無かったの。容姿だって万人に認めてもらえて、賢くって、欲しいものは何でも手に入った」
「すごいですね。憧れます」
ふふっと慣れたように笑む彼女は、そのまま続けた。
「だからかしら。きっと、この色を選んだのは、他のものが受け入れられなかったからなのよ」
幸せ以外は何も欲しくなんかないの、とアオさんはまるで自分に言い聞かせるように言った。
Ⅳ
最後に足を運んだのは、強さに満ち溢れていた。
膝に顔を埋めて座り込む黒を纏った少女は、それはまた真っ黒な所にいた。
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。
消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ。
嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。
怒りの感情と、それに伴った辛辣な言葉。
目に見えないナイフが何本も、少女のまわりには散らばっていた。
「…………なに」
こちらに気付いたようだが、どうも挨拶をしてくれるような状態ではないらしいので、俺は仕方なく、先程の美人から習って彼女のそばで腰を落とす。
えっと……多分、名前は……。
「クロ……は、どうしてその色を選んだんだ?」
「…………」
「………………」
「……………………」
長いな……。
問いの後には沈黙が漂い、五秒ほど経ってから答えが帰って来た。
「…………別に、なんでもいいでしょ。気が付いたらこうなってたんだから」
「出来れば、もう少し詳しく」
「しつこいね」
「俺も自分探しで必死なんだよ」少し口角が上がってしまう。
俺が答えると、ようやく彼女は顔をあげてこちらを向いた。
「そんなことして、何か意味あるの?」
「どうかな。行動できてるぶんには満足だけど」
「ふーん」
「それで? クロはなんでこれにしたんだ?」
問い掛けると、彼女は口元だけを膝にうずめて隠す。
「……全部、受け入れたかったから」
「うん」
俺が頷き、クロは続ける。
「強さは正義だったんだよ。あたしの正義が、強さだったんだよ。何もかも諦めて、受け入れて、そしたら汚くなっちゃった」
ここまでは最初に出会った白い少女と似ていた。けれど、
「でも、あたしは強くありたかった。それらを全部受け止めて認めてあげられるくらい強くありたかった。だから、この色で無理やり塗り潰したの」
「強引だな」
「でないと、あたしは強くなれなかったんだよ。すべて抱き抱えられる強さが欲しかった」
「それって、なにか解決してるのか」
「わかんない。辛いし、痛いし、涙も出る」
それならやめてしまえばいいのに。
ただ一色の選択で苦しむくらいなら、また別な色を検討してみせればいいんだ。
俺はそう思ったけれど、クロは首を振った。
「でも……本当に強い人は、なんでも受け入れるんだと思う。どれもこれも取り入れて、気に入らないものはナイフで切り刻んで、それでも足りなかったら、そのまま怒りを腹の中に溜め込むんだよ」
諦めたり、強引に受け入れたり、そんなのはとても苦しそうに思えた。
「……それは、辛かっただろうな」
「それでもいいよ……」
怒りと辛さを抱えながら生きていくことが強さだから、とクロはまたそっぽを向いた。
* * *
「――お気に召した色はありましたか?」
管理人はさぞ楽しそうに聞いてきた。
きっと何人も俺のような奴を見てきたんだろう。
この世界、『パレット』で四人の色に出会った。
一人は「美しさ」を求めた少女だった。
一人は「愛しさ」を欲した青年だった。
一人は「幸せ」に捕らわれた女性。
一人は「強さ」に縛られた少女。
みんな、納得した上でそれらを選択していた。
たとえそれが、自分を偽る選択だとしても、人を疑う選択だとしても、何かを拒絶するような選択だとしても、自分を傷付ける選択だとしても、皆が自分を信じていた。
これが自分だと、理解して割り切っていたのだ。
「さあ、あなたの選択をわたくしに教えて下さい」
それなら、俺も自分を信じることが出来るような色を選ぼう。
後悔できて、疑問を持ちながら、否定しつつ、涙を流せる。そんな選択をしようじゃないか。
「俺は――」
心の世界での選択。
それはきっと、自分だけが理解出来るものなのだろう。
それが出来たとしたなら、どれだけ楽だろうか。周りに流されることもなく、自分の考えだけで前に進むことができる。その先が求めていたものではないとしても、寄り道するよりはよっぽど早くにゴールへ辿り着くことが出来るだろう。
俺は、自分を信じたい。
もう余所見せずに前進してしまいたかったから、俺はここへ来たのだ。
「ようこそ、心の楽園『パレット』へ。ここであなたの色を見つけてくださいね」
この世界の管理人はそう言っていた。自分の色、なんてそんな簡単に見つかるのだろうか。
まあ、見つからなくてもしょうがない。
自分探しなんてものは結局、何も持ち帰れずに終わってしまうものなのだから。
Ⅰ
始めに俺が訪れた町は、何もないところだった。
一人でここに住む少女は、自身を『シロ』と名乗った。白髪のショートカットに白いパーカー。その名の通り、この町にも合っている彼女の容姿には正直驚かされた。
「この世界のやつらは、みんなそんな感じなのか?」俺は尋ねる。
「まあ、そうだね。意地みたいなもんだよ。みんな、コレだって決めつけてしまったもんだから、それ以外のやり方を知らないんだよ」
へぇ、と頷く俺は彼女に問い掛けようと声をかける。
「なんでアンタは」
「アンタじゃない、シロ」
「……なんでシロは、その色を選んだんだ?」
「何もかもを無しにしたかったからだよ。初心に戻って、今までわたしのことを染め上げてきた色を全部無かったことにしたかった」
「どうして?」
「……はじめは良かったの、カラフルで綺麗で。虹色って、みんなが求めた色でしょ?」
「まあ、そうかもしれない」知らないけど。
「でも、だんだん色を重ねていくとね、それどころじゃなくなっちゃうの。ほんとに、汚くなっちゃうの」
「それが嫌だったのか」
「うん。だから、なかったことにしようと思って白く塗りたくってみた」
「初心には戻れたか?」
俺の問い掛けにシロは首を振った。
「まったく。初心になんて戻れっこなかったよ」
彼女は俺の方を向いて微笑んで言う。
「ただ、自分を偽っている罪悪感で辛くなるだけだし」
何かを得た時点で純白は消え去っていくんだよ、とシロは最後に残した。
Ⅱ
次に、愛を求めた場所を俺は訪れた。
自分より年上であろう真っ赤な青年は、自己紹介から始めた。
「オレはアカ、よろしくな」
「どうも。なんとなく名前はわかってましたよ」
「だろうな」と彼は笑う。「ここのやつらはみんなそうだよ」
俺はそんなアカさんに先程と同じように問う。
「どうしてアカさんは、その色を選んだんですか?」
「そうさな……」考えるような仕草をとってから、彼は答える。「愛が足りなかったからかな」
「なんか、格好いいですね」
「だろ?」
彼ははにかんで俺に面を向ける。
「それで、愛は得られましたか?」俺は尋ねる。
「得たかもしれないし、得てないのかもしれない」
「どっちですかそれ」
「わからん。オレは得ているつもりなんだけど、それは愛なのかどうかよくわからないんだよ。愛っていうのは人から得るもんだよな?」
「ですかね」
「でも、それが本当の愛だって決める証拠が見つけられなかったんだよ」
難しい話だな……。
「そうややこしそうな顔すんなよ」
わからなくなって俺が首を捻らせると、彼は俺の背中をたるく叩いた。それから笑う。
「考えてみれば、当たり前の事だったよ。言葉もハグもキスもセックスも、ただのポーズだ。どれもこれも俺は確証を持てなかった」
ああ、そういうことか。
ようやく彼の言っていることがわかったが、それでも共感は出来そうになかった。
「でも、だとしたら相手の頭の中を調べるくらいの事はしないといけないじゃないですか」
「……まあ、そうだな」
俺の言葉に彼は自嘲気味に笑いをこぼした。
「もしかしたら、愛なんてのは自分を甘やかさないと得られないのかもしれないな。……ああ、そうか」
だから俺は自分に赤を与えたのか、とアカさんは誰に言うわけでもなく呟いていた。
Ⅲ
次に向かった先は、幸せに埋め尽くされていた。
綺麗で長い青髪を揺らす女性は、美しさの伴った笑顔で俺に挨拶をしてみせる。
「どうも、初めまして。私の名前は……」
「アオさん、ですか?」
言い終わる前に俺が予想を口にして挟むと、彼女は少し驚いた顔を作ってから、今度はニコッと笑ってみせた。
「正解よ。改めまして、私はアオ。よろしくね」
「あ、こちらこそどうもです」
「あなたは私の前に誰と会ったのかしら?」
アオさんに問われて、俺はシロとアカさんのことを答えた。
「じゃあ私は三番目ってわけね」
「そうですね」
「どうかしら、この世界。気に入ってくれた?」
「まだわからないですね。アオさんは気に入ってるんですか?」
「ええ、そうね。とても気に入っているわ」
「良かったですね。その色を選べたからですか?」
「もちろんそれもあるけれど、私はもともと幸せだったの」
「じゃあ、どうしてこの世界に?」
俺が問いを投げ掛けると、彼女は細い笑みを吐いてから地べたに腰を下ろした。
「あなたも一緒に、座って話をしましょう」
「えっと……はい」俺は頷いてアオさんの隣に座ってみる。
美人の横隣というのはどうにも緊張してしまう。そわそわしながらいると、アオさんが先に口を開いた。
「生まれた時から、私は何も不自由が無かったの。容姿だって万人に認めてもらえて、賢くって、欲しいものは何でも手に入った」
「すごいですね。憧れます」
ふふっと慣れたように笑む彼女は、そのまま続けた。
「だからかしら。きっと、この色を選んだのは、他のものが受け入れられなかったからなのよ」
幸せ以外は何も欲しくなんかないの、とアオさんはまるで自分に言い聞かせるように言った。
Ⅳ
最後に足を運んだのは、強さに満ち溢れていた。
膝に顔を埋めて座り込む黒を纏った少女は、それはまた真っ黒な所にいた。
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。
消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ。
嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。
怒りの感情と、それに伴った辛辣な言葉。
目に見えないナイフが何本も、少女のまわりには散らばっていた。
「…………なに」
こちらに気付いたようだが、どうも挨拶をしてくれるような状態ではないらしいので、俺は仕方なく、先程の美人から習って彼女のそばで腰を落とす。
えっと……多分、名前は……。
「クロ……は、どうしてその色を選んだんだ?」
「…………」
「………………」
「……………………」
長いな……。
問いの後には沈黙が漂い、五秒ほど経ってから答えが帰って来た。
「…………別に、なんでもいいでしょ。気が付いたらこうなってたんだから」
「出来れば、もう少し詳しく」
「しつこいね」
「俺も自分探しで必死なんだよ」少し口角が上がってしまう。
俺が答えると、ようやく彼女は顔をあげてこちらを向いた。
「そんなことして、何か意味あるの?」
「どうかな。行動できてるぶんには満足だけど」
「ふーん」
「それで? クロはなんでこれにしたんだ?」
問い掛けると、彼女は口元だけを膝にうずめて隠す。
「……全部、受け入れたかったから」
「うん」
俺が頷き、クロは続ける。
「強さは正義だったんだよ。あたしの正義が、強さだったんだよ。何もかも諦めて、受け入れて、そしたら汚くなっちゃった」
ここまでは最初に出会った白い少女と似ていた。けれど、
「でも、あたしは強くありたかった。それらを全部受け止めて認めてあげられるくらい強くありたかった。だから、この色で無理やり塗り潰したの」
「強引だな」
「でないと、あたしは強くなれなかったんだよ。すべて抱き抱えられる強さが欲しかった」
「それって、なにか解決してるのか」
「わかんない。辛いし、痛いし、涙も出る」
それならやめてしまえばいいのに。
ただ一色の選択で苦しむくらいなら、また別な色を検討してみせればいいんだ。
俺はそう思ったけれど、クロは首を振った。
「でも……本当に強い人は、なんでも受け入れるんだと思う。どれもこれも取り入れて、気に入らないものはナイフで切り刻んで、それでも足りなかったら、そのまま怒りを腹の中に溜め込むんだよ」
諦めたり、強引に受け入れたり、そんなのはとても苦しそうに思えた。
「……それは、辛かっただろうな」
「それでもいいよ……」
怒りと辛さを抱えながら生きていくことが強さだから、とクロはまたそっぽを向いた。
* * *
「――お気に召した色はありましたか?」
管理人はさぞ楽しそうに聞いてきた。
きっと何人も俺のような奴を見てきたんだろう。
この世界、『パレット』で四人の色に出会った。
一人は「美しさ」を求めた少女だった。
一人は「愛しさ」を欲した青年だった。
一人は「幸せ」に捕らわれた女性。
一人は「強さ」に縛られた少女。
みんな、納得した上でそれらを選択していた。
たとえそれが、自分を偽る選択だとしても、人を疑う選択だとしても、何かを拒絶するような選択だとしても、自分を傷付ける選択だとしても、皆が自分を信じていた。
これが自分だと、理解して割り切っていたのだ。
「さあ、あなたの選択をわたくしに教えて下さい」
それなら、俺も自分を信じることが出来るような色を選ぼう。
後悔できて、疑問を持ちながら、否定しつつ、涙を流せる。そんな選択をしようじゃないか。
「俺は――」
心の世界での選択。
それはきっと、自分だけが理解出来るものなのだろう。
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