名も無き英雄と神造迷宮(ダンジョン)

蒼羽 水

覚悟と決意、そして希望

明後日の方向に歩き出した俺の手を、彼女は掴み止めた。急いで職を探したいところだが手を離そうと振ったりしても微塵も離してくれやしない。

「なんだよ」

少々苛立ちながらも要件を聞く。

「あの、お腹空いた」

「は?」

大事な用だったら聞こうと思っていた。
だが、あいつの口から出た言葉は実にくだらない。
お腹が空いただと?神様なら信仰者ぐらいいるだろう。そいつらに食べ物恵んで貰えよ。

「無理。私、自分が誰なのかもすっかり分からないしそれに、信仰者って言うのがどのくらいいるのかも分からない」

「あぁ...記憶喪失だったっけ?ならギルドにでも行って身元調査の依頼でもしたらどうだ?そしたら分かるだろ」

俺は改善案を出す。それで、こいつから解放されるなら良かったのだが生憎とそうはいかなかった。

「場所が分からない。教えてくれると助かる」

「つまりは案内しろと」

「そう」

冗談ではない。俺にとってあそこギルドに行くことは恥知らずでしかないのだ。

「断る。他の奴らに聞いて行けよ」

当然断った。だが、そう返事することを分かっていたかのように納得したような顔を彼女はした。
納得してくれたか。そう思い俺は再び後ろを向いて歩きだそうとした。けれど、彼女が言った次の一言に俺は過剰に反応してしまった。

「逃げるんだ。また。未到達階層である56階層に足を踏み入れた時みたいに」

まるで人が変わったかのように雰囲気も変わる。

「...っ!何言って!」

こいつは知っていた。俺のことを。俺の恥を。俺の後悔を。その全てを。いや、こいつの場合名前を知らなかったということはつまり初め・・・は知らなかったのだ。微塵も。つまり、こいつは俺の心だけではなく記憶を読んだということになる。

「そのままの意味。結局はあの時のトラウマが怖くてギルドにすら行けない。目を背けてただ逃げているだけ」

喧嘩を吹っかけられている。そんなことは分かりきっていた。それでも何も、言い返せなかった。事実だからだ。この女の言っていることは。怖い。周りの人に見られるのが。怖い。蔑んだ言葉をぶつけられるのは。怖い。知り合いに会うのは。

「何にも変わってないね」

ああ...。

「何も変えようとしないね」

ああ...。

「...私が助けてあげよっか?」

ブチン、と。何かが千切れた音がした。

「...助けなんていらねえよ」

その音は俺を支えていた何かが千切れた音だったのかもしれない。または琴線に触れる前触れの音だったのかもしれない。

「帰るわ...もう二度と会うことはないから。お前も、俺を臆病者とでも蔑めばいい。馬鹿にすればいい。それじゃあな」

ここにいてはいけない。これ以上言われると俺は俺を押さえつけれなくなる。だから、この場を立ち去ることを選択する。

そうして俺はこの場から消えた。さっきみたいに止められることもなかった。何かを言われることもなかった。ただ、初対面のこの女に哀れな者を見る目で見られて続けていた。

◇◇◇

先程の会話を思い出していた。
思い出す度にイラつく。そしてそれ以上みっともないと自覚する。苦しく、悲しく、そしてダサい。

ああ...あの頃に戻りたい。事が起きる前に戻りたい。
「助けてあげようか?」その言葉が俺の心を激しく抉る。これは罪なのだ。みっともなく、逃げた俺の。

「コロッケ〜コロッケはいかがですか〜?サクサクふわふわ。ボリューム満点ですよ〜」

ふと、耳に入る客を呼ぶための言葉。
そう言えばあの神はお腹すいてたっけか。そう考えると自分のお腹の方からグーッ、と音が鳴った。

「俺もお腹空いたな」

思えば昨夜から何も食べていなかった。
俺は屋台へと近づく。

「あの、一つ下さい」

「はい。100ゴルになります」

「どうぞ」 

コロッケを手に持つ。熱くそれでいて厚かった。
口に含むと、確かにボリュームがある。サクッとした感触がなんとも言えない美味しさを表現していた。

ここでふと気になって店員に声をかけた。

「あの...自分今仕事ないんです。前の仕事ヘマばかりしちゃって。よければ給料安くてもいいのでここでバイトさせていただけないでしょうか」

「……君はもしかして噂になっている...」

「はい...ご存知の通りだと思います。ですが……」

弁明を言おうとした。だが、店員がそれを手で止める。

「うちは本当に給料が少ない。それでもいいかい?」

ダメ元でしかなかった。ただひたすらに仕事が欲しくて出た一言だった。

俺は頷く。今度こそ失敗しないように覚悟も決めて。冒険者でなくても今の現状では死ぬかもしれないのだ。それはもう決死の覚悟だった。

俺は仕事を手に入れることができた。冒険者にならずにすんだ。

「それじゃあ、今から入れる?」

「はい」

どうせやることもない。一切の迷いなく、俺は返事をした。

◇◇◇

そこから一週間が経過した。
まだ、バイトは続いている。初めは失敗が多かったが店主のおっちゃんが優しく教えてくれた。

そして今も、店番をしている。ただ、今日はいつもとは違う。さっきから影に隠れてチラチラみてる白銀の髪をした少女が見えるのだ。

「いらっしゃいませ〜、美味しいコロッケはいかがてすか〜」

客が来るまでずっと客引きをする。もう喉が痛い。
そうやって日が暮れ、また今日も店番が終わる。
ただ...

「まだいるよ!?なにやってんのあいつ」

まだあいつがいた。
ほっとけば良かったが完全に初対面という訳では無い。飢えた目で見てくるからきっと大した物をあの日から食べてはいないのだろう。
だから...

「ほらよ」

残ったコロッケをあいつに持っていった。もとより残ったら貰っていいことになっているのだ。つまりこれは俺の物。それにこれは膝枕のお礼だ。どうせ心は読まれているのだ。真意は分かるだろう。

「ありがとう...いいの?」

だから良いって言ってんだろ
あっ、言ってはないか。すまん。

「...はむっ」

シャクシャクと、一生懸命にロリ少女はコロッケを頬張る。なんか、絵になるな。俺はそのまま少女の隣に腰をかける。

ふと、少女が俺の方へ顔をあげる。

「なんで、こんなことやってんの?」

聞かなくても分かるくせに

「そういうのは口に出したことを聞かなきゃダメ」

人のトラウマを勝手に見たやつがそれを言うかね。

まぁ...

「そうだな...。仕事だからだよ...。やっとありつけた仕事」

そう言うと少女は呆けた顔をする。

「なんだよ...?」

「でも、給料少ないんでしょ?こんなことするより冒険者して稼いだ方がよっぽど儲かると思うけど」

確かに一理ある。冒険者やってたらこんなに貧乏してないし。

けど...

「けど...俺にはそれが出来ない。記憶を見たんなら知ってると思うが俺にとってあそこダンジョンはトラウマなんだよ」

「よくわかんない」

だろうな。分かってたまるか。記憶や考えていることが分かっても俺の心まで分かってほしくはない。

「食ったらさっさと消えろよ」

「うん」

そう言って俺は立ち上がった。
だが、脳裏に一瞬引っかかった。あの時の言葉を思い出した。

「なぁ、あの時言ったよな」

「なにを?」

「俺を助けてくれるって」

そう。それである。俺を助ける。それが意味するものを知りたい。初対面相手で何故こんなことを言ったのか教えて欲しい。

「うん。言った。でも助けなんていらないって君は言った」

そんなこと言ったっけ?覚えてねぇわ。
でも、そうだな。心変わりした。

「え?」

「心変わりした。俺を助けてくれよ。神様。助けられるのならさ」

仕事が見つかってしかも上手くいっていて気分が高揚してたからかもしれない。受け入れたくなかったその言葉を俺は受け入れた。今、助けを求めてしまった。もう後戻りはできない。覚悟も決めよう。「何も変わってない」その言葉を訂正させてやる。
俺はほくそ笑んだ。傍から見たら口角を上げた俺の表情は気持ち悪いかもしれない。だが、それすらどうでもよかった。

「...わかった。私の名において君を助けることを約束しよう」

「お前、自分の名前覚えてねぇだろ」

笑いながらそう言う。

「なら、決めてよ。君が」

少女も微笑みそう言った。

「俺を助け終わったら付けてやるよ」

「なら、付けてもらう。絶対に。だから君も挫けないでくれよ。トラウマに立ち向かってよ」

「怖いけど...もう覚悟を決めた」

少女の目を真っ直ぐ見る。

「俺はもう逃げない」

俺はそう高々に宣言した。そして、俺に唯一「助けてくれる」と言ったこの少女に一類の希望を抱いた。

俺は、変われるかもしれない。



第二話終わりでーす。いやぁ、疲れましたよ。これ書いてる時熱38度超えてましたからね(汗
書いてみての感想なのですが...話が急に進みすぎた感じがします。まぁ、おいおい直していきますかね。
それじゃあスイでした〜。じゃあまた次回でお会いいたしましょう。じゃねばい


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