ハーフ・ゴースト

島流十次

5 メロン・クリーム・ソーダ

 ルーシーに、僕がハロルドにMMMやその授賞式について軽く説得したことの礼を言われてちょっと経ったころに、授賞式は終わった。授賞式が終わると、舞台の前には先ほどよりも人ごみができていて、参加者の周りを様々な生徒が取り囲む。

 僕もハロルドに一言声をかけようとしたが、当然、彼の周りにも僕が入っていく隙のないくらいに生徒が群がっていた。たくさんの生徒たちの姿からようやくできた隙間から、特別賞のブロンズに輝くメダルを首にかけて自分に話しかける生徒に笑顔で対応するハロルドの姿が一瞬見えた。
 ほんのわずかな時だったのに、ハロルドは僕に気がついてくれたみたいだった。ハロルドと僕は、目が合う。彼は、女の子との小さな会話を自然な形で中断させ、僕のほうへと歩いてくる。

「ああ、アル」

 僕とハロルドは、握手を交わした。僕もハロルドに明るく声をかける。「おめでとう。友達が特別賞だなんて、僕は素直に嬉しいよ」

 実は僕もきみに投票したんだ。きみとルーシーが話していたあのあと、ルーシーから投票用紙をもらってね。
 僕が続けてそう言うと、ハロルドは笑って「ありがとう」と言った。どことなく、安心したような笑みを浮かべて。

「ぼくは、いろんなひとたちに、ハロルド・エヴァンズは得票する価値の生徒だって褒められるのがいやだったんだ。だって、ぼくは、ほかのだれとも変わらない少年Aにしかすぎないから。それなのに、支えてくれようとしてくれる人がいるっていうのが、なんだか申し訳なくって……だからあまり乗り気じゃなかったんだ」
「そんなことない」僕は首をふる。「きみとまだそんなに関わってない僕でもわかる。はじめて見たときから、気づいてた。きみは他のどの生徒よりも魅力のある人間だって」

 ただ、きみは、謙虚すぎたんだ。
 僕がそう言うと、ハロルドはうなずいて、「ああ、そうだったんだと思う。でも、今回で、ちょっと自信がついたよ。アル、きみに背中をおしてもらえてよかった」

「いや、僕は、きみの背中をおすぐらいのことはしていないよ……出たら? って、ちょっと声をかけただけで」
「アル――」

 ハロルドがなにかを言おうとしたところで、「あら、あなたがハロルド・エヴァンズね」と、生意気そうな女の子の声がそれを遮った。
 まさか、と思って横を見ると、そこには準グランプリのメダルを首からさげたレベッカ・ヒルトンの麗しい姿があった。

「あなたが誰なのか、授賞式で思い出したわ」フン、と、相変わらずのぶすっとした態度で自分の金髪をかきあげ、「数年前、あなたのお母様のバースデイパーティにワタシのお父様が呼ばれて、ワタシもついていったことがあるの。そこで、ちらっと見たことがあるわ。一言二言、なにか言葉を交わしたような気がするかも」

「やあ、きみは、レベッカ――ぼくもきみのことを覚えている」

 すっと、ハロルドはレベッカの手をとった。それはなんの違和感もない、むしろほれぼれするような造作だった。

「とてもきれいになったね。昔からかわいらしかったけれど」

 ハロルドに見つめられ、レベッカは顔をむっとさせたままほんのりと赤くさせた。それからハロルドの頭から足先までを確認し、「特別賞がどんなやつなのか心配だったけれど、あなたならまあ、ふさわしいんじゃないかしら? 一年生なのにあなたが推薦されたってとこが、鼻につくけれど。本当はワタシが特別賞がよかったけれど、ま、あなたならしかたがないわ」

「でも」と、僕が割って入る。「きみは準グランプリじゃないか」

 すると、お前はおよびじゃない、とでも言いたげな目でぎろりとにらまれる。それでもレベッカは返事をしてくれるようで、「準グランプリだなんて微妙なの、いらないわ! ワタシが欲しかったのは、ミズ・マグネット――グランプリそのものよ! どうせ準グランプリとかいう中途半端な立ち位置なら、特別賞でうんと目立ちたかったのに!」

「それでもじゅんぶん目立ってると思うけど」

 ハロルドがレベッカの腰に手をまわした。するとレベッカは「う」と小さく声をあげて、あわててハロルドにむかって大声をあげる。

「な、なによ、やさしくしてワタシを口説くの? ワタシはそんなに安い女じゃないんだから。それに準グランプリってことに怒ってるワタシのことなんて誰も落ち着かせられないわよ」
「さあ、どうかな……あと、関係ないけど、ぼく、年上の女の人が好きなんだ」
「一歳しか変わらないけど?」
「きみは魅力的だよ。その素直じゃないところも」

 さすがのレベッカでもハロルドには弱いようだった。
 というか、僕は、安心した。てっきりハロルドは女の子には興味がないんじゃないかと思っていたけれど、この様子を見る限り、うんと綺麗な美女(おまけに年上)には目がないみたいだから。やっぱり、美男が好むのは美女なんだ。
 ハロルドがなだめるようにレベッカの髪にふれたところで、彼女は恥ずかしさをごまかしたいのか僕にいきなり話しかける。「ちょっと、そこのいけすかないあんた! あのときこのワタシがやさしく説明してやったっていうのに、まさかワタシに投票しなかっただなんてことないでしょうね!」

 僕は両手を上げる。「あのときは、MMMの説明をありがとう。でも、残念ながら僕が投票したのは君の目の前にいるステキな男子生徒だ」
「あんたの名前知らないからあだ名を今決めたわ。それはね、ゲイよ」
「レベッカ、落ち着いて」ハロルドが言った。「そう、落ち着いて、ふたりになれるようなところへ行こうか」
「そうだね……ちょっと、落ち着かせてもらったら? 僕は、そろそろ……帰ろうかな」
「あれ、帰っちゃうの? このまま、後夜祭には残らないの」

 ハロルドがきょとんとした顔できいてきたので、僕はハロルドに対してはじめてつっこんだ。「帰っちゃうの? じゃないよ、きみ」

 はは、と、ハロルドはおちゃらけた様子で肩をすくめて笑う。「それに僕がきみたちの邪魔をするのもどうかと思って。ニコラスも今頃どこかの女の子と楽しい会話でもしてるんだろうし、それに僕はもともと後夜祭に参加するつもりはなかったんだ」

「ワタシとしては邪魔してほしいくらいなんだけど」
「いいじゃないか。ハロルドに口説かれるなんておそらく滅多にないぞ」
「ぼくもそう思う」
「ワタシは男性があまり得意じゃないの!」
「だったらきみの名前は今からレズビアンだ」
「このゲイ、最低ね!

 レベッカの言った、男性があまり得意じゃない、というのは嘘か真かわからないが、意外だった。レベッカほどの女の子なら、いろんな男からさんざんアプローチを受けてきて、慣れているだろうから。

「じゃ、あとはたのしんで」と僕は軽く手を振ってハロルドとレベッカに本日のわかれを告げた。

 後ろをむいて帰路へ向かおうとすると、「アル」とハロルドから僕に声がかかる。

 振り返ると、ハロルドは僕に笑顔で言った。「また授業で会おうね」、と。


 どうせ、僕ひとりじゃ後夜祭にこのまま残ってもガールフレンド以前に友達すらもできないだろうから、僕はさっさと帰ることにした。ニコラスがいたらなにか変っていたかもしれないし、それにハロルドがいたらなにか変っていたどころかついでに女の子が釣れたのかもしれないけれど、ニコラスもハロルドでさえももう「仕事」に手をつけはじめてしまったから、しかたがない。それに僕は、対象が男であれ、女であれ、新しい出会いというものには興味が薄れてしまっていた。まだ大学一年生だっていうのに。

 日があっという間に沈んで、生徒の量がMMMが開催されていたときよりも増えた気がする。いや、確実に増えている。きっと、MMMには参加しないで後夜祭に参加するという考えの生徒が今頃どっと大学へと足を運んできたからだった。
 人ごみをどうにか避けつつあるくことになるため、門まで一直線で歩くだけなのに、そこまでの道のりは長かった。現に、まだ門までたどり着いていない。僕が肩と肩の衝突だけは避けたくて神経質になりすぎているだけなのかもしれないが。
 そうしてなるべく他人とのアクシデントを避けようとしていたつもりなのに、僕としたことが、ついに、起こしてしまった。

 ドン、と、 僕の右肩と誰かの左肩が衝突する音がしたところで、僕は反射的に「しまった」と心の中で呟いた。
 僕とぶつかり、その反動でどっと下に尻餅をついたのは女の子だった。

「すみません! だいじょうぶですか?」

 とっさに右手を差し出す。が、女の子の姿に思わず、「ああ、だいじょうぶじゃないな」と僕は声を上げる。

 彼女が右手に持った透明なプラスチックのコップの中身はだいぶ減っていて、彼女の服にべしゃりとその中に入っていたのであろうジュースがかかっている。それに、ジュースの上に乗っていたのであろうバニラのアイスクリームでさえも。コップにほんのわずかに残っている緑の液体を見てそれがなんだったのかすぐにわかった。メロンクリームソーダだ。そういえば、さっき、メロンクリームソーダだとか、そういう飲み物やスイーツを売っている生徒の出店ができていたかも。

 手を差し出すだけじゃだめだとわかった。彼女が尻餅をついたままだと下に彼女がいることに気づかなかった生徒に彼女が蹴られてしまう恐れがあったため、僕は彼女を肩と腰を抱いて立ち上がらせた。

「ごめんなさい」彼女はわずかにメロンソーダで濡れた髪をかきあげた。小さな声で彼女は、落ち込んだ様子で、「こんなもの持ったままぼうっと歩いてたわたしが悪いの。あなたは悪くない」
「いや――ぶつかってこうさせた以上は、僕にも責任がある」

 とにかく、ここをちょっと離れよう。

 そう言って僕は彼女の肩に触れて向こう側のほうへと連れて行こうとしたが、「ううん、ほんとうに、だいじょうぶだから……」
「でもそれじゃあこの後もどうしようもないよ。それになんだか元気がないみたいで、心配だ。いや、僕がそうさせたのかもしれないけどさ」

 僕は彼女の手を引いて、たまたまあいていたそこらへんのベンチに彼女をひとまず座らせた。ポケットから青のハンカチをとりだしてメロンソーダやアイスクリームをふき取ってやろうとするも、彼女は自分でバッグのものからタオルを取り出す。

「じぶんで拭くから、平気」

 笑顔を向けられたものの、それは無理に作られたようなものだった。

「ほんとに、ついてないなあ」

 彼女がぼそっと言った。僕は彼女の横に座る。

「ぼうっとしてたって言ってたけど……なにか嫌なことでもあったの」

 自分の服から視線を離した彼女の緑の瞳が、僕のほうをむいた。目を丸くして、それからへにゃりと笑って、彼女は口をひらく。

「あなた、優しいのね。それに……こんなことで介抱してくれようとするだなんて」
「いや……当たり前のことだよ」
「じゃ、わたし、行くね。迷惑かけてごめんなさい」

 タオルをバッグにしまいながらそう彼女は言ったけれど、僕はひきとめる。

「待って、それで行くの? 行けるの? 服はびしょびしょだし、それに」ハンカチで彼女の髪を拭く。「まだアイスがいろんなところに散ってる」
「でも、もう――」
「B棟に運動部の改装されたばかりできれいなシャワー室があったと思う。それに、僕の記憶が正しければ、この大学からほんの五分歩いたところにK大学女子ご用達の服屋があったかと。まだやってるといいけど」早口で言う。「僕が服を買いに行っているから、よかったらきみがシャワーをあびたり顔をあらえば……」
「でも」

 彼女が僕のことをじっと見たので、僕ははっとした。ここまでくると怪しいだろうか。

「僕――きみと仲良くなりたくてわざとぶつかってジュースをきみにぶちまけさせるような、そんな最低なプレイボーイに見える?」
 すると彼女は笑った。それは子供のもののようで、それに、主人になつく小動物を連想させられた。「ううん。ただのお人よしに見える。……じゃあ、これ」

 バッグからメモを取り出し、急いでそれに彼女は何かを書いた。それは、電話番号と、『ADELIA』というアルファベットの羅列だった。

「わたしの番号。何かあったら、連絡して。わたしもシャワーを浴び終わったら連絡したいから、よかったらあなたのも教えてくれる?」

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