ハーフ・ゴースト

島流十次

ぼく/??? 2:「魂」

 そこからつながっていた部屋は、部屋というよりはまるでだだっ広い倉庫のようで、その部屋には青い光を放つ照明が天井と床にぽつらぽつらとあるのみだ……全体的に薄暗い。なおかつ、そのせいで薄気味悪い雰囲気を醸していた。ここは闇そのものだった。

「ここが我がアペアスポイル社の研究所そのものであり、本部だ」

 本部というよりは裏側と言ったほうが正しいがね。

 唖然としているぼくを振り返って、社長がそう言った。ぼくがテレビで見たりして知っていたアペアスポイルの本部、そして研究所とはだいぶかけ離れている。大人数で、たくさんの機械/道具を使って多々なる実験・研究をしていた未来を輝かせる明るい現場ではない。それに、ぼくの知っていた所はごちゃごちゃとしていたものの洗練された場だったが、ここはどこまでも無に近く、そして洗練されすぎているせいで神経が無理矢理研ぎ澄まされてしまうような鋭利な空気の場だ。

「ここに入れる者は当然少ないが――その少ない人数で――我々はここで研究している。そう、思考と、頭脳の一致する我々がね」

 社長が、こちらへ来るようにとでも言っているような視線でぼくを一瞥したので、部屋の中を真っ直ぐ目の前へと歩き始めた社長についていく。 ぼくとそれから社長の目の前にあるのは、丁度ぼくの胸と腹のあいだほどの高さの白い台の上に乗った――いや浮いている――『青白く光る球体』だった。いや、球体というよりは、むしろ光そのものにふさわしい。それは部屋の照明よりも明るく輝いており、強い生命力を感じさせる。

「君は、『死者蘇生』を信じても良いと、そう言ったね?」「ええ……」光を凝視したままのぼくの口から出た返事は、譫言のようだった。「ならば君は今すぐに信じることになるだろう」

 社長は、ぼくの肩に優しく触れ、そして子を諭す大人のような柔らかい表情でぼくを見た。

「これが我々の研究、『死者蘇生』の、そのものだ」「そのもの、というと?」「ハル、これはただの光なんかじゃあない」

 魂だ。

 社長が笑った。

「あまりにも美しいだろう……引き込まれるだろう」
「ええ、とても……《魂》……と言いますと、それは」
「ハロルド・エヴァンズ君」

 ぼくの台詞を遮って、更に社長は続ける。

「君は、人間はどうやって生きていると思う? なぜ生きていると思う? いや、この問いは、多少半端で複雑だな。問いかけるのは止めにしよう。
 人はどうやって死ぬのか。たとえば、毒を盛られれば死ぬし、首を絞められれば死ぬし、酒を大量に一気飲みすれば死ぬこともあるだろうし、腹を深く突き刺されても死ぬし、自由の女神の頭から飛び降りたら確実に死ぬだろう。この世で生きる以上、人間には死のレシピが無限大に用意されているね。そして人間はそのレシピをもってすれば確実に死ぬのだ。そして生き返ることなど不可能だ。たとえどんな神を信じていようが、科学的に言ってしまえば人は死んだら何も無い所にぶちこまれるのが事実だ。

 さて、話題を変え、簡単な事を挙げていこう。人のすべてを司っているのは脳である、という考えのことを君は知っているね。その為、脳のすべての機能が回復不能と判断されるくらいに低下し、そして回復不能だと認められればいくら身体の機能が安定していてもその時点で死んだと判断することを脳死と言う。ということは単純に言ってしまえば――はじめに戻り――たしかに人間の基盤は脳なのだ。

 しかし、実際は人間の基盤は脳ではない/脳でなくてもいいのではと、私はそう思ったのだよ」

 社長は光のほうを見つめる。

「そこで、《魂》に行きつく。 人間は死ぬと21グラムだけ体重が軽くなるという話はひょっとしたら君も既にきいたことがあるかもしれない。現実的に言ってしまえば、人間はそりゃあ死んだら体内の水分が蒸発したりだなんてことがあってそれくらいの重さが減るのであって、その21グラムが《魂》だとされていたのは遠い昔の話だし、寧ろ21グラム減る、というのも最近までは都市伝説のような曖昧な話だった。

 残念だが、我々はその21グラムの魂を人間の肉体から見つけたわけではない。
 しかし、21グラムの魂を作ることには成功した。それがこれだ」

 正確に言うと、これはまだ未完成だがね。光を見て、自嘲するかのようにそう言った社長だが、どこか彼は得意げで、自信に満ち溢れていた。

「ということは」ぼくは言う。「この魂を使用すれば、もし人間がどのように死に、人間の根幹である脳がどのような状態だとしても、また生き返る……」
「そういうことだ。我々は今まさに脳に代わる人間の根幹を作り上げてみせようとしているのだ」

 ぼくは魂であるその光を見る。彼の言う通り、それは美しく、引き込まれる。ぼくがこいつをはじめに見て感じた生命力は、本物だったのだ。なぜなら、こいつそのものが生命なのだから。

 ずっと見ていると、まるで眠りへと誘われているようで、だんだんと体が軽くなり、意識が現実と夢の境目にゆっくりと落ちていくような不思議な感覚になっていく。ここまで来て、社長にとんでも無いことを言われ、説明され、見せられ、ぼくは疲れてしまったのだろうか。いや、そんなことは有り得ない。この現実に興奮しきっているぼくがこんな所でうっかり立ちながら睡眠をとるだなんて。となると、ぼくを誘惑しているのは疲労ではなく間違いなくこいつ――魂だ。

「ハル、これはあまり見つめてはならない」

 社長の戒める言葉で、ぼくはハッと我に返った。目を擦って、すぐに光から顔を背ける。すると一気に眠気が引いていく。

「魂は見つめるものを魅了し、意識を吸い込み、精神を犯す。これを生み出しているとき、私は何度も意識を失い、悪夢の中を彷徨うことになった。君は悪夢を自ら見たいと願うようなマゾヒストではないだろう?」

 物好きではあるのだろうが、と彼がつけたしたので、「まあ、そうではありますが」とぼくはニコリとほほ笑む。

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