高校生探偵

K

第一章 失くしもの

 1

「はあ……」
 雪平美里(ゆきひらみさと)は机に突っ伏しため息をついた。
「ため息ばっかついてたって誰も来ないぞ」
 隣で椅子に両足を乗せて座りながら何やら小難しいタイトルの本を読んだまま斜六法助(しゃろくほうすけ)が棒読みで言った。蓬髪で華奢。彼は美里の三歳からの幼馴染みだ。
 美里は彼をきっと睨んだ。
「私は充分働いてるわよ! ビラ配りだってポスターだって、朝礼でだってちゃんと人が来るように呼びかけたわよ! それに引き換えあんたは何をしたっていうの? ただ本を読んでるだけじゃない!」
 美里は怒りにまかせて一気にまくし立てた。
 二人は『相談部』の部室にいた。『相談部』というのは美里の考えたネーミングだ。幼い頃から推理小説が好きだった彼女には高校二年生にして探偵になりたいという願望があり、本当は『雪平探偵事務所』もしくはせめて『探偵部』にしたかったのだが、それではさすがに胡散臭くて誰も来ないかと考えた末、無難な『相談部』にしたのだった。
 だがそれでも人が来ない。入学して間もなく生徒会に部の設立を申請し、嫌がる法助を無視して半ば強引に入部させてから一ヶ月が経とうとしているが、まだ一人も相談者は現れていない。
 振り返り壁の時計を見上げると午後五時になろうとしていた。
 ーー今日も誰も来ないのか……。
 もう一度ため息をつき、そろそろ帰ろうかと立ち上がりかけた時だった。
 ガチャリ、とドアノブが回る音がした。
 
 2

 失礼します、と言って現れたのは、長身で引き締まった顔つきの男子生徒だった。目鼻立ちの整った俗に言うイケメンで、はっきり言って美里のタイプだった。
 が、どことなく浮かない表情をしている。
「あ、あの……どちら様でしょうか?」
 美里は鼓動が速くなっているのを自覚しながら尋ねた。自然と体が前のめりになっていた。
「一年の、加瀬優馬です」
 加瀬優馬は透き通った声で答えた。声まで美里のタイプだ。同じ一年生なのに、何故今まで彼のことに気がつかなかったのだろうと彼女は疑問に思った。が、無理もなかった。何せ我が校は各学年に十以上のクラスがあるマンモス校なのだ。
「か、加瀬くん……。それで……どうしてここにいらっしゃったんでしょうか……?」
 美里が訊くと、加瀬優馬は顔を上げた。きょとんとしている。彼と目が合い、美里はさらにドキドキした。
「掲示板を見たんだけど、ここって相談を受け付けてるんじゃないの?」
 美里ははっとした。今まで相談者が一人も来なかったことに加え、突然ドストライクのイケメンが現れたことで、ここが『相談部』だったということをすっかり失念してしまっていた。
「あ、は、はい、そうです! ここは『相談部』と言って、人の相談に乗る活動をしている部活です」
 ぷっ、と隣から嘲るように噴き出すのが聞こえた。美里は加瀬優馬にはバレないように一瞬だけ法助を睨んだ。彼は依然として読書に耽っていた。
 美里は前に向き直った。ドアの手前に用意してあったパイプ椅子を手で示す。
「とりあえず、そこに座って頂けますか?」
 すると加瀬優馬は無言で頷くと、美里の言う通りにパイプ椅子に浅く腰掛けた。
 美里は背筋を伸ばし、改めまして、と言った。
「私は相談部部長の雪平美里です。そしてこちらがーー」
 法助を横目で見る。まだ本を読んでいる。まるでやる気が感じられない。
「……斜六法助です」
 それでも美里は一応部長としての体裁を保った。
 加瀬優馬に顔を戻す。
「それで、今日はどんな相談があって来てくれたんでしょうか?」
 少しドギマギしたが、徐々に美里は彼に慣れてきた。
 少し経ってから、加瀬優馬は俯いたまま重そうな口を開いた。
「じつは、上履きを失くしてしまって……」
 上履き、と呟くように繰り返してから、美里は加瀬優馬の足元を見た。確かに靴下しか履いていなかった。
 咄嗟に彼女の頭の中に、「いじめ」という文字が浮かんだ。
「その、上履きは、いつ、どこで失くしたのか、心当たりはありますか?」
 美里は訊く。
 加瀬優馬は首をゆらゆらと振った。
「朝、下駄箱を見たら、なかった。……だから、失くしたとしたら、その前ってことになるのかな」
「昨日はあったんですか?」
 加瀬優馬は頷く。
「昨日はあった」
「最後に上履きを見たのは、いつだったか覚えていますか?」
「昨日、帰りに下駄箱でローファーに履き替えた時が最後だったかな」
 ということは、失くなったのは、その後から今朝にかけて、ということになる。
「……あの、ちょっと答えづらい質問かもしれないんですが……」
「何?」
「加瀬くんは、最近誰かにいじめられているとか、恨まれるようなことをした覚えはありますか?」
 すると加瀬優馬は、再び俯き少しの間押し黙ってしまった。
「ないよ、いじめられたことは」
 やがて彼は含んだ物言いをした。
「でも、人に恨まれるようなことなら、した覚えはあるかな……」
 加瀬優馬の沈痛な面持ちを胸の痛む気持ちで見つめながら、やっぱり彼はじつはいじめられているんじゃないか、もしくは嫌がらせを受けているのではないかと美里は思わずにはいられなかった。

 3

 加瀬優馬が部室を出て行ったあと、美里は法助を連れて校内にいる教師や生徒に聞き込みをして回った。聞き込みなんてことをするのは初めてで要領が掴めなかったが、何だか自分が本当に探偵になったみたいな気分で楽しくもあった。
 だが時刻はもう六時になろうとしている。残っている者は少なかった。
 そして唯一得られた情報と言えば、「加瀬優馬には友達がいない」ということぐらいだった。
「やっぱり加瀬くん、いじめられてるのかな……」
 帰りの支度をしながら美里は零した。
「どうだろうな。確かに恨みを買いそうな風貌だったけど」
 法助がほとんど何も入っていなさそうな学生鞄の把手を片手で掴み背中に提げながら言った。本当に、こいつは人の気持ちというものを考えない奴だと美里は思いながら部室を出た。
 学校を出て帰路を辿っていると、商店街で前を歩く我が校のブレザーを着た男子生徒二人が歩いているのが目に入った。
「あれって……」
「加瀬優馬じゃないか?」
 法助の言う通り、その後ろ姿は加瀬優馬に思えた。隣を歩く背の低い男子生徒と少し距離が空いているのが美里には少し不思議だった。会話をしている様子も見受けられない。
「友達……なのかな」
 美里は呟いた。
 と、加瀬優馬が背の低い男子生徒に顔を向けて何か言った。かと思うと、その後二人は靴屋に入っていった。
「もしかしてーー」
「ああ、たぶんそうだ。二人は上履きを買おうしているんだ」
 そして美里と法助も二人に気づかれないようにこっそり靴屋に入った。
 死角から二人を見る。二人はそれぞれ自分のサイズに合った学校指定のつま先が緑色の上履きをレジに持って行った。
 えっーー美里は疑問に思った。加瀬優馬だけでなく、何故もう一人の背の低い男子生徒までもが上履きを買う必要があるのだろうか。
 そしてもう一つ驚くことがあった。会計しているところを見ていると、財布を出しているのは加瀬優馬だけのようだった。彼が二人分の代金を支払うらしい。
 会計が済むと、二人はそれぞれの上履きが入ったビニール袋を提げて店を出て行った。
 美里と法助も店を出て二人の跡を追った。だが二人は駅の改札口を通ると、ほんの一言ほど言葉を交わしてから、帰りの方向が違うのか手を挙げ合ってそれきり別れてしまった。
 一体どういうことなのだろうーー加瀬優馬が二人分の上履きを購入した謎を美里は何とか解こうとしたが、結局どれだけ頭を振り絞ってもその日は答えを出すことができなかった。

 4

 翌日。
 美里は昨日の謎が気にかかって眠れずまだぼうっとした頭のまま登校すると、加瀬優馬のクラスを見に行った。
 そして目を疑った。
 加瀬優馬は、昨日一緒に靴屋に行った背の低い男子生徒と机を挟んで楽しそうに話していた。足元を見ると、二人とも新品の上履き履いていた。多分昨日買ったものだろう。
 ーーなんだ、友達いるんじゃない。
 美里は心配して損したと思いながらも、同時にほっとしていた。加瀬優馬が友達もいていじめられてもいないのなら、それに越したことはない。
 でも、と思う。昨日の靴屋での出来事は、一体何だったのだろうかーー。

 5

 美里は『相談部』の部室にいた。もちろん、隣には法助もいる。例によって、また難しいタイトルの分厚い本を読んでいる。
「ねえ、法助」
 美里は法助に声をかけた。
「なんだ?」
  法助はいつも通り本を読んだまま答える。
「昨日のこと、どう思う?」
「どうって?」
「だから……加瀬くんが二人分の靴を買ったこと」
「別に」
 法助は素っ気なく答えた。こいつは何かに気づいているーー美里は直感的にそう思った。
 彼女は席を立ち、法助の肩を掴んで揺らした。
「あんた、何か知ってるんでしょ? 教えなさい!」
「わ、や、やめろって! 俺は何も知らない!」
「私には分かるの! いいから白状しなさいーー」
 ガチャリ、とその時、ドアノブの回る音がした。
「あ、は、はい!」
 美里は瞬時にいつも通りの声音に変えてドアの向こうに言った。ブレザーが乱れた法助に睨まれているような気がするが、気にしない。
「失礼します」
 そう言って入ってきたのは、加瀬優馬だった。
「加瀬くん……」
 美里は呟いていた。
 加瀬優馬は姿勢を正し、両腕を体の横に付けた。
「あの、昨日はお騒がせして、どうもすみませんでした!」
 上半身を折り曲げる。
 美里は両手を彼に伸ばした。
「いや、別に謝らなくていいんだよ。加瀬くんは何も悪いことをしたわけじゃないんだし……顔を上げて?」
 加瀬優馬は上半身を起こした。だが微妙な面持ちをしている。
「上履き、見つかったんだね」
 美里は彼の足元に目を向け、今気がついたように言った。
「あ、ああ、うん……」
 やはり加瀬優馬は歯切れが悪い。新品の上履きに目を落としている。
「謝りに来てくれた、だけ……?」
 美里は訊いた。
「それだったら、大丈夫だよ。加瀬くんの悩みが解決したんだったら、私ーー『相談部』としては、喜ばしいことだし。……それとも、まだ他に何か悩みでもあるの?」
 すると加瀬優馬は気まずそうな顔になった。
「い、いや……別に、もう何もないけど……」
「そう」
 と美里は微笑んでみせた。
「それじゃあ、また」
「う、うん……どうも、ありがとう」
 そう言って、加瀬優馬は身を翻し、ドアを開けて部室を出て行った。
 閉じたドアを見つめながら、美里は余韻に浸っていた。今ひとつ釈然としなかったが、『相談部』として初の仕事をこなし、彼女は満足だった。

 6

 加瀬優馬は帰りの支度を終えると、親友と共に下校した。
「おい、加瀬」
 校門を出たところで誰かに呼び止められた。振り返ると、そこには見覚えのある男子生徒が石の壁に寄りかかっていた。『相談部』の本ばかり読んでいた部員だ。
「な、何だよ……」
 加瀬優馬は嫌な予感がした。
「ちょっと話せるか?」
「いいけど……」
 言って、加瀬優馬は親友に目配せした。すると彼は頷き、先に帰って行った。
「悪いな。別に俺にとってはどうでもいいことなんだけどよ、生憎白黒はっきりさせないと気になって仕方がない性分でな。少し話を聞きたいんだ」
 加瀬優馬は唾をごくりと飲み込み身構えた。
「まず最初に確認したいんだけど、お前がウチの部室に来たのは、最初から悩みを解決してもらう目的じゃなかったんだろ?」
 加瀬優馬はこめかみから汗が流れるのを感じた。
「図星のようだな。と言っても、これは大した推理じゃない。上履きなんてお金があれば誰だって買えるからな。お前が相談しに来た時から、お前に失くなった上履きを探す気がないのは分かってた」
 加瀬優馬は自分の顔が青ざめていくのを感じた。
「じゃあ何故わざわざ相談しに来たのかーーそれは加瀬、お前の贖罪のためじゃないのか?」
 加瀬優馬は項垂れた。最早弁解はできないと思った。
「これも当たりのようだな」
 蓬髪に華奢な男子生徒ーー名前は確か斜六法助ーーが微かに笑って言った。
「お前は誰かーーそれも自分のことをあまり知らない誰かーーに自分の犯した罪を暴いて欲しかった。何故ならお前のことを知っている奴にバレるとお前の評価がダダ下がりになるからだ」
 加瀬優馬はただ呆然と立ち尽くした。
「じゃあお前の犯した罪とは何か? それは『いじめ』だ」
 グサリ、と加瀬優馬は胸に鋭い何かを刺されたような痛みを覚えた。
「お前はある生徒をいじめていたんだ。それも誰にも気づかれないように。その内の一つが、上履きを隠すことだったんだ。誰の上履きを隠したのか、それはもう俺には大体見当がついてる。さっき帰って行った背の低い男だよ。昨日商店街でお前らが靴屋に入って行ったところを見た。二人とも上履きを買っていた。しかも会計では何故かお前が全額払っていた」
 見られていたのかーー加瀬優馬は視界が暗くなっていくような感覚に襲われた。
「何故自分のだけでなくもう一人の分まで払ったのかを俺は考えた。それで分かったんだ。実は上履きを失くしたのはお前じゃなく、もう一人の背の低い男の方だったのかもしれないって」
 彼の言う通りだった。加瀬優馬はさっき帰って行った親友をいじめていた、上履きも隠したーー。
「お前は背の低い男の上履きを捨てた。でもその内に騒ぎが大きくなって、罪悪感を覚え始めた。でも今さらどうすることもできない。そこでお前は思いついた。自分も上履きを失くされた被害者に成りすましたんだ。そうすれば、誰にも自分が犯人だと疑われることはないからな」
 加瀬優馬は押し黙り続けた。
「それでもお前にはまだ人の心が残っていた。自分の地位は守りたい一方で、自分が犯した罪を暴いて欲しいとも思っていた。償いたかったんだ。そこで、『相談部』に来ることを思いついたんじゃないか?」
 こくり、と、ここでようやく加瀬優馬は頷き反応してみせた。
 ふぅ、と、斜六法助は吐息をついた。
「全く、馬鹿なことをしたもんだな」
 加瀬優馬は肩を落とした。
「……ごめん……ありがとう……」
「気にすんな。その背の低い男とも、仲直りできたみたいだしな」
 斜六法助は励ますように言ってくれた。
 が、直後彼は鋭い目つきで加瀬優馬を睨んだ。
「でも忘れるな。お前は本当に大事な物を失くすところだったんだぞ」
 そう言うと、じゃあな、と片手を挙げて斜六法助は去って行った。
 加瀬優馬はしばらくその場にじっと立ち尽くし、彼の言葉を噛み締めていた。

 






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