星はペンを走らせる

せきいち

一の罪『傲慢』


ドンッ!
テーブルを叩く音が響いた。ジャラッと縦に積まれていたチップの山が崩れる音がした。それに続く怒号。銀髪を逆立てさせた男は周りの視線を一身に浴びる。

「オイオイ、俺の主人がイカサマなんてすると思ってんのか?」

叩かれたテーブルをこの銀髪の男、主人と呼ばれる者、その他にパトロンが数人が取り囲んでいた。
銀髪の男の豪然たる態度にパトロンらは皆眉間にしわを寄せ始めていた。その粗暴さに迷惑をしている、という様子にも見えるがそれは少し違った。パトロンらの視線はその横を見ている。

「おやめなさい、エルガー」

ふわふわとした白髪。隠れた右目。左耳の後ろのみ三回ほど三つ編みを施してあり、頬には逆三角のペイント。睨み続けるエルガーを制したのは先ほど、主人と呼ばれた男だった。

「バカにされたまま帰るつもりかキング」

キングはふふ、と笑った。
まるで芝居がかかったように笑ったのだ。

「そうですねえ、私とゲームをして勝ったなら見逃して差し上げましょう」

細長い目でパトロンを見る。イカサマだと宣戦布告をしてきたのはそちらだと示すようにゆっくりと見つめ、微笑んだ。不意に、誰かの漏らした声が耳に入ってくる。

傲慢の・・・と誰かが言った。その言葉だけで異様なまでに恐怖という印象を残すのには十分だった。その場にいる者にとって、あまりにも聞き覚えのあり知っている言葉だったからだ。
この男達の正体を理解してしまったパトロンらは既に熱も怒りも冷えた様子だった。その場の誰もが次の言葉を、予想できた。

「さあ、王様とゲームを始めましょう」

波一つない水面に一滴の水を落としたように囁いた。その一言は落ちた先から水の輪が広がっていくように、じわじわとパトロンの不安を押し広げていった。







腕に通した紐に提げられている袋がジャラジャラと音を鳴らす。はちきれそうなほど膨らんだその袋は硬質な内容物に押し広げられボコボコと形が歪んでいた。
コインを数え終わると次に紙束を手にする。いち、に、さん、し、と手早く数え上げ、何枚かを小分けの束にする。それを一纏めに括りあげて

「オーケー、これで全部だな」

エルガーの声は先ほどまでと違いワントーン高く、ふふんと鼻を鳴らし上機嫌を表していた。どうやら戦利金品を勘定していたようだ。
コイン一枚の間違いもなく差し出された金品を袋に詰めるエルガーをキングはただニコニコと笑って眺めている。
喧嘩を吹っ掛けたパトロンは持っていたカジノチップどころか財布に留まらず、着飾りの指輪や時計まで金になるものは全て奪い取られることになった。
いや、自ら差し出すのだ。
このパトロンはそうするしかない。ただただ喧嘩を売った相手が悪かった。

「『傲慢な王様』め・・・」

そうパトロンが漏らしたのをエルガーは聞き逃さない。エルガーはただの人間よりも耳がいいのだ。

「ほォ、こいつまだ喧嘩売るつもりらしいぜ?」
「ひっ・・・!」
「お前が誰様に喧嘩売ったのか、分かってんだろ?だったらその口閉じといたほうがいいぜ?」

震え上がりながらも、悔しそうに言い足りない様子のパトロンにエルガーは最後の警告を下した。

「次は命取られンぞ?」

挑発的に笑うエルガーに対し、パトロンは凍りついた。

「ぁ、・・・」

命は惜しい。賭けに負けたままでは帰れないというプライドが邪魔する。
しかしキング相手では〝ただの賭け″とはワケが違う。悔しさに奥歯をギリッと鳴らすも、ここは引き下がるしかなかった。

「ふふ、脅しすぎですよエルガー」

キングはクスクスと面白がるように笑った。

「それに私・・・負けた者にその名で呼ばれることは嫌いではありませんから」







キングとエルガーはこの街で一番大きなカジノを出た。元々少し遊びに来るようなつもりで出向いた街だった。たまに街に出てはカジノを何軒もはしごし稼ぐだけではなく、パトロンからも巻き上げるのだ。
目的の金額を越えたことで、二人は帰路へとつくことにした。

街を外れ、門を出て数キロ先。既に道は無くなりかけていた。ザリザリと乾いた土を歩く音。その音に合わせて布ははためいていた。エルガーは先を行く主人を見やる。
音の正体はマントだ。真っ赤な布地の端には白いモコモコとしたファーが施されている、物語の王様が身に付けているような物。
そんなものを大の大人が恥ずかしげもなく身に付けているのかと誰もが思うだろう。


キングは真っ赤な王様マントを肩に掛け、堂々と歩いていた。

「暑いのによくそんな格好してられンなぁ」

呆れたようにエルガーが言うと、キングは口元を少し緩めて

「貴方のようにいつもカッカしてませんからねえ」

挑発に笑った。
人を煽るような馬鹿にするような態度はこの男のデフォルトである。キングとは長年の付き合いになるエルガーには最早通用しない態度だった。

「そーかよ」

だらだらと歩きながら流すように返事をする。キングの言うこと一つ一つ、いちいち相手にしない方がいいことは知っていた。
エルガーとキングは仲は悪くないものの、それは立場上の関係でエルガーがあまり噛み付かないからこそだった。本来エルガーは怒りっぽい。

「あーー帰り道ってなんでこう長く感じンだろうなァ」
「帰宅後に何か楽しみでも作れば、貴方くらい単純であれば上機嫌に帰れるのでは?」
「今単純っつったな」
「おや、間違いではないでしょう?」
「楽しみ、なぁ・・・」

必ずどちらかが会話を途切れさせ、一向に弾まない。しばしば無言が続きながら、二人は自分たちの住む屋敷へ歩き進めていった。



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