ヴァリアント〜女神への反抗〜

阿久津 ユウマ

隷属契約と1番奴隷

 
 宿場町バッキャモン、王都と商業都市の中間点にあり隣国とも繋がる街道が交差しながら続く旅人の憩いの宿場町。

 町の規模は指して大きくなくとも、その町に根付く商会は有名所が名を連ねる。

 その1つにサンダース商会と言う大商会があり、骨董品、調度品、食糧品、冒険アイテム、魔法アイテム、奴隷、魔獣、ペットetc

 取り扱う品から多くの範囲の販売層を受け持っている実力確かな大商会。

 三代目サンダース商会主ベルダ・サンダース
 生まれた時から大商人一家の背中を見続けたベルダは非凡な才能を惜しみなく仕事に注ぎ今や各国に名が知れ渡っている程。

 そんなベルタの1番奴隷がバッキャモンの宿屋の一室で1人の異性に関心を抱いていた。

 複数の燭台が照らす部屋は一見しただけで豪華さを感じさせる整った場所。

 クィーンサイズのベットに毛足の長い絨毯、棚には備え付けの酒や趣向品の数々、中央よりややベットに近しい場所には重厚なテーブルに装飾を合わせた椅子が4つ。

 1番奴隷が主人の力を見せるには充分過ぎるほどの資金力を感じさせる。

 奴隷の名はペギー、狐月族の女性で金髪が背中を覆い隠すほどの長さのストレートで頭にはキツネ特有の三角耳。
 腰からは髪と同じ質感の尻尾が垂れ下がっていて腰に合わせて左右に揺れる。 
目は細く切れ長な目から強さを感じさせ、左の泣きホクロが色香を漂わせ、紅い唇が大人の女性を強調させつつしっかり表してくれる表情がその年齢を惑わせる。

 透かせば中まで見えてしまう様なシルクのドレスに身を包んだ女性が着席と同時にグラスを手に酒を勧めてくる。

 「あんまし強くないと助かります」

 情けない表情と共に言葉を返す人物こそペギーが関心を集めた男。
 髪は茶色く長いが後ろで纏めてサイドも民族的な編み込みで一緒に後ろへ流しているのでスッキリと顔が見て取れる。

 爽やかな顔の作りでアクが無く表情も物腰も柔らか過ぎる印象だがペギーが感じるのは時折見せる瞳の中の哀しみが深そうな輝きだった。

 今は部屋の主からの話を待つべく少々困った印象でグラスを手に取り傾けて時間を過ごしている。

 「シェリスの事なんだけどね、頼まれてくれないかい?」

 「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 柔和な表情から真意を感じ取りたいペギーは相手に悟られない様に探るが拒否感や下卑た欲望も感じ取ることはできず、瞳から放たれる輝きを見るたびに自身の直感に正しさを信じて話を続けた。

 「孤狼族のあの娘はね、現状で先が無いんだよ。人気の無い種族だからね、運良く買い手があっても大事にされないだろうし、娼館に連れて行こうにも前評判が悪過ぎるからね。捨て値で身体を売ってくしかないだろうし」

 「採掘場で男共と一緒にさせても……ね」

 ペギーが苦悩の表情で含みのある様に説明を終えると想像してしまったのだろうか自分の肩を撫でながら慰める様に息を吐く。

 「今まではどうしてたんです?」

 「商会の農業の仕事をさせてたんだけど潰しちまってね。経営の話だからアタシも多くは聞けなかったし言えないんだけど、比較的安全な場所を考えてたんだけどね。次がなかなか決まらずに取り敢えず他の子と一緒に娼館に連れて行く最中だったのさ」

 「なぜ僕に話を持ちかけたんでしょう?」

 人を養うというのは様々な力が必要になるし責任も生じる、案に易々と応えるにはクラインの現状出来る訳がなかった。

 「シェリスが意識してくれたからねぇ、アンタが助ける前まで殆ど心を閉ざしてたからお礼を口にした時は嬉しかったもんさ。それにアンタはヒューマン族なのにアタシ達、亜人を見下す様な素振りもなかったしね、少し聞いておきたいんだけど良いかい?」

 シェリスの状況に絶句しそうになるものの差し出された酒を煽り溜飲する事で多少の冷静になる様に思考を直しながらペギーの返事を視線だけで返事をした。

 「クラインは冒険者だろう?1人で行動してるのかい?」

 「いえ、冒険者って職業には着いてないですよ?先程も言った通り西へ東へと色々旅をしている最中なんですよ」

 あっけらかんと返事をするクラインに想像と違った事に驚きが隠せなかったが嘆息を1つする事で冷静になる事ができた。

 「そうかい……てっきり冒険者だと思ってたのに勘が外れちまったね。クラインは旅の前は何してたんだい?生まれた時から旅人って訳じゃないんだろう?」

 少し答えにくそうに俯向きながら頭をかくがゆっくりとペギーの眼を見て答え始めた。

 「……戦争を……兵士として戦ってました。戦争が無くなってからのこの1年はターミヤを目指しながら旅をしてました。」

 戦争と言うキーワードにペギーは目を細めて表情を強張らせた。

 「アンタ、シェリスを戦場へ連れたりはしないだろうね……」

 「いえ!僕自身としても戦場へ戻ることは無いと決めて旅に出てますので……あんな場所に女の子を連れて行く程……勇気、ありませんから」

 ペギーの変化に驚きつつもしっかりと答えていたが何かを思い出したのか後半は肩も落ちて居づらそうな佇まいになってしまった。

 「そ、それにまだシェリスちゃんと供にするとは決めて無いですから!」

 「プッ、アハハハッ!『供に』って、クラインそれは奴隷に使うセリフじゃ無いよー!」

 奴隷は道具や装備品、良く言って持ち主を栄えさせるステータスぐらいにしか見てなく同行者、仲間と言った人扱いは特例を除いてまず無いらしい。

 そんな特例を知らずに示してくるクラインに笑いが堪え切れず嬉しそうに顔を破顔する。

 「ハーーッ!楽しい、やっぱり貰っとくれよ、その方がシェリスの為になると思うさ」

 「そうは思えませんが……ん~……」

 「正直に言うとね……シェリスは知った子なんだよ。孤狼族の長の娘だったんだけど、ウチの商会と取引で何度か会っててね。良く笑う可愛い子だったんだけど気づいたら奴隷になっててね、笑顔も無くなって心が痛んだもんだよ」

 「なぜ奴隷になってしまったんです?」

 「なんでも貴族を森で迷ってた所を助けたらしいよ、その時の善意に気に入られて養女として向かい入れられたって話が最初らしいんだけど。亜人とヒューマン族の確執は深いからね、親は手放すつもりもなく断ってたらしいんだけどそれが癇に障ったんだろうね、嫌がらせが始まって集落の存続すら危ぶまれる程の奴隷狩りがやられたらしいんだ」

 自分勝手な思想に、実行できてしまう実力が伴うと種族そのものが滅んでしまう可能性に驚愕するも、そんな思想を持つ人物に少しづつ怒りを感じ取り、無意識に握り締めた拳をゆっくりと紐解ながらペギーの話を聞いていた。

 「小さいながらも責任感じちゃったんだろうね、シェリスは自分から名乗り出たらしいんだ……けど、その貴族はシェリスを奴隷にしちまったのさ。元からそのつもりだったのか、見せしめなのかわからないけどね……最低な奴さ」

 「ただ……多少の運もあった様なんだよ、貴族の奴はかなり強引に乱獲してたらしくてね。いろんな種族から報復で襲われたらしく屋敷に行く前に他の奴隷商人に引き取られて点々としていたらしいね。再度あった時にはもうあんな感じで目も変わっちゃっててどうしたもんかと色々手を尽くしたもんさ」

 淡々と話すペギーの姿に感情を殺して説明に徹してる事に気付き、ペギーの手がいつから拳になっているのかにも気付いていた。

 「事情は判りましたが、判ったら爆弾って事に気付いてしまったんですが……あはは……」

 戯ける様に作り笑いで誤魔化すが余り良い精神状態では無い事と恐らくヒューマンを憎んでいる所もありそうで同行するには少々難がありそうで前向きには捉えられなかった。

 「そいつは残念だね~……しかしそうなるとお礼は今夜あたりに身体で返すしか無いかもしれないね」

 そう言いながら両手を首の後ろで組んで肘を頭上まで上げると白くしなやかな二の腕から脇にかけて色っぽさが視覚できるくらい魅惑的な格好でシルクに包まれた双丘が瑞々しく揺れる。

 「おお~!!」

 ペギーの誘いに目を輝かせテーブルから飛び出しそうな位に前のめりになる。

 その姿にペギーは瞳の奥で落胆、諦め、失望、そして軽蔑と心の色を変えていった。

 (まぁヒューマン族に期待してもこんなもんなんだよね……だから最高のご主人様ってやつでもやっぱりね……)

 ペギーの関心が萎んでいく中、扉を叩く音に気づき、中に入る様に促す。

 「ペギーさん、お待たせいたしました」

 恭しく中に入って来たのは先程の哀れなおっさん事、ダストンと四肢を枷で繋がれたシェリスが入って来た。

 「来たね、ーーーなんだいダストン!お客様にお渡しするんなら綺麗にしてやんないかい!!アンタ本当に商売をする気があるんかい!?」

 シェリスは先程の状態となんら変わらず、ボサボサの髪に薄汚れた白いチェニックと深緑色の長いスカート姿で俯いていた。

 「だ、だって!タダで渡すもんだからそのままで構わないと思いまして……」

 「バカ!これはお礼だよ?商売以上の価値を見出さないか!ったく!!」

 最後の望み、小綺麗にさせたシェリスを見せての交渉を考えてたペギーだったが何も察しないダストンに怒りを覚えて今回の話は全て終わったと悟った。

 ペギーの怒りにシェリスも肩をビクつかせ、何かに頼るべく手を強く握り締め耐えるシェリスにクラインはいつもの軽薄そうな笑顔でゆっくりと近づく。

 「ごめんな、ペギーさんのお勧めでシェリスちゃんの身請けの話をしてたんだけど、僕もあまり余裕のある生活をしてるわけじゃ無いんだ。残念だけど、ちゃんと住める場所がある方が良いと思うんだ、だから……ごめんな」

 俯いた頭を優しく撫で上げるとシェリスの尻尾が一度だけ左右に揺れた、その光景をペギーは見逃さずに軽蔑していた男に関心の灯火が再度燃え上がるのを感じた。

 「シェリス、アンタはそれで良いかい?アタシとしてはとても良い人だと思ったからアンタを推しだんたけどね」

 奴隷に選択権は無い、主人を選べなければ、命令も拒否できない、死ねと言われても死ぬことはないが抜け道は幾つでもある。

 奴隷になってから選ぶことがなかった人生の中で唐突に彼女に選択肢が突き出される。
 
 普段であれば声を発する事無く、俯向き時間だけが過ぎるのを待つだけの人生であったが撫でられた頭に尻尾が動き感情が芽生えた。

 「……て……くだ……。」

 静寂な部屋の中でも聞き逃してしまえる程の声だったが、目の前にいたクラインはシェリスが何かを喋った事だけは判ったので顔を近づけてシェリスの顔を覗き込む。

 「連れて行って……下さい!な、何でも……します。お願いし……ます」

 淀んだ薄暗い瞳でクラインの目を見て意思を伝えた、彼女の瞳は震える様に視点がブレていたがクラインは誤魔化さず真摯に受け止めた。

  「余裕がないから、野宿とか普通にするから女の子には大変だよ?」

 「大……丈夫、です」

 「一応僕は男なんだけど……?」

 「大……丈夫です」

 「仕事してないからあんましお金持ってないよ?」
 
 「大……丈夫?です?」

 最後のはやはり彼女にとっても不安要素らしく答えは不安げだったので流石に男のクラインも苦笑いしかできなかった。

 「お、お願いしま……す」

  シェリスの最後の一言で覚悟を決めて大きく頷く、クラインを見つめ続けるシェリスにゆっくりと手を伸ばすと少し肩が震えるが掌が頭に着くと安心したように目を瞑りクラインの手に自ら擦るように頭を動かす。

 「ペギーさんごめん、やっぱりこの娘引き取ります。」

 笑顔で振り向くとペギーもこの結末を予期していたのか既に席から立ち柔らかな笑顔で2人を見ていた。

 「そう言ってくれると信じてたよ。シェリス、頑張るんだよ」

 ペギーの激励に唇を締めてしっかりと頷いて返すとクラインの上着の裾を掴んで隠れるように寄り添う。

 「プッ!早速懐かれるとは流石、色男だね」
 
 ペギーのからかいに照れ笑いで答えるクラインだがまんざらでも無く、優しくシェリスの頭を撫でる。

 「さて、身請けも決まったし料金の話だね。
今回はお礼って事で格安にして金貨3枚で話を決めようと思うんだが、ダストンどうだい?」

 人気のある群虎族で娼館に売れば金貨で30枚以上は確定している、その10分の1とはいえ狐狼族が売り出されると100分の1で大銀貨3枚が妥当な処、はっきり言ってぼったくりである提案にすぐさまダストンは悪い笑みで肯定する。

 「孤狼族とは言え、素材が良いですからね!それぐらいが妥当な所かと思います。とは言えお礼の品ですから、オプションを付けるのも良いかと思います」

 先程の失態を返上すべく上手い口上を並べて相手に損な感情を生ませない商談に持ち込もうと淡々とそして少々勝ち誇った感情を醸し出して答えて言った。

 クラインはほぼ無料だと思ってた故にこの会話は寝耳に水の状態で困惑な表情に変わりながら「うへぇ」と嘆くがカッコつけた手前決めた覚悟が揺らがないように自分の胸を掴んでいた。

 「良い答えだよダストン!やっぱりお客様には損をさせちゃイケないからね、隷属の契約も早めにやってしまおうか?」

 「お任せ下さい!このダストン、見習いとは言え立派な奴隷商です、今すぐにでも出来るよう準備は整っております。」

 恭しく貴族のような礼をしながらペギーへアイコンタクトを送る、ペギーも満足気に頷くのを確認すると久しぶりに褒められたせいかたるんだ胸を張って勝利の感慨に浸っていた。

 「やれば出来るじゃないかい!ダストン見直したよ!ならとっとと金を払いな」

 ペギーが勢いよく出した右手の先がクラインでなくダストンである事に気付くまで少々時間を要したが、三度見をする事で支払いがダストンであるとようやく理解した。

 「ぺ、ペギーさん!?な、なぜオレが支払いを?買うのはヤツですぜ?」

 「アンタ自分で言ったじゃないか!『お礼の品』だって、命の恩人のお礼に代金貰うバカはサンダース商会に要らないよ!」

 嘘や冗談で無く、心臓を掴まれている様な錯覚に見舞われてしまう程の眼力にダストンは口をパクパクさせるだけで流し続ける冷や汗がどれ程の圧力になっているかは第三者からも顕著に表れていた。

 「今までに散々小遣い稼ぎした分があるんだろう?足りないならツケてやるから有り金全部だしな!」

 「し、しかし金貨で3枚なんて!?」

 「耳かっぽじってよ~くお聞き!サンダース商会は命の恩人に対して孤狼族のシェリスを贈ると、大商人ベリル・サンダースの1番奴隷の分際で勝手に決めさせて貰った!なら、アンタは命の恩人になんのお礼をする?悪いが此処で金を出し惜しみするなら即刻クビにするからね!奴隷の分際でもそれくらいの権限はご主人様から戴いてる事を忘れちゃないだろうね!」

 もはや何も言い返せず目にいっぱいの涙を溜めながら小袋の中から金貨3枚が出てきてゆっくりとペギーへ手が伸ばされる。

 「ほら!とっとと準備を始めな!」

 差し出された金貨を攫う様に取るとダストンへ指示が飛ばされる。

 苛立つ様にダストンを睨んでいたがシェリスに近寄ると優しく包み込む様に抱擁した。

 「奴隷紋の書き換えはだいぶ痛いけど頑張っておくれ、これが最後だとアタシも信じてるから」

 子供をあやす様に撫でる姿を見つめるクラインはシェリスも感極まっている事に気付き自分の判断を肯定しながら2人を見ていた。

 「血"を"く"れ"よ"」

 怨娑の念に満ち満ちた冥界の底から呼びかけられる様な声にクラインは何事かと振り返るが、そこには怨霊……では無く叱られた泣いているおっさんがしょんぼりと立っていた。

 「血をくれって言ったんだ」

 液体の入った小瓶を突き出して血をよこせと促していたがなんのことやら分からずにクラインは小瓶を受け取り覗いていた。

 「奴隷紋を書くのに契約者の血が必要なんだよ、すまないが指先からで良いから血を入れてくれるかい?」

 ペギーがシェリスを抱きながら振り向いて補足を入れてくれたのでダストンからナイフを借りて指先に一筋の傷を付けた。

 黒い液体の入った小瓶は血が入ると黒く発光してゆっくりと赤い色に変化していった。

 「さぁシェリス、奴隷紋を書き換えるから服を脱ぎな」

  ゆっくりと促すペギーだったがシェリスはあまり抵抗なくスルスルと上着を脱ぎ始めた。

 若い女性が上半身を露わにしたのをクラインは一瞬凝視してしまうがすぐさま回れ右をして姿を見ない様に努めていた。

 「クライン、アンタなんて初心な反応してんのさ、まさか女性経験が無いなんて言わないだろうね……」

 「ええ!?そ、そんな事は無いんですけどね、やっぱり女の子の姿によっては照れますよ!?」

 ペギーが若干呆れながら冷やかしてきたがそれにうまく反応できずに上ずった反応しかできず、二重の意味で顔が赤く染まっていった。

 「おい!始めるけどお前は見てないで良いのか?」

 怒りの対象が情けない姿で背中を丸くしてるのが気に入らないのか、先程までの泣きべそは止み、若干平静を取り戻していたが、ペギーの一声一声にはビクついていた。

 「お、お気になさらず進めてください……」

 情けない返事からペギーが呆れた声で見る様に促してきた。

 渋々、振り返ってシェリスの姿を見たが上半身を全体的に赤いインクで覆い呪文が所々に書き込まれている。

 お腹の上あたりで両手を握り締めている姿が弱々しいイメージを払拭してシェリスの覚悟を感じさせる一枚絵になったが彼女の肢体に目が泳ぎ始める。

 (細い線してるなぁ……腕も腰も折れそうな位だよなぁ……少しだけ肋骨が分かるのはやっぱし食事の事情なのか?けどちゃんとしたおっp……ダメだ!!)

 邪な考えが徐々に侵食していく脳内を一喝して俯いて過ごす事を決めたクラインだったが、ペギーはその姿を見て一安心したのかニヤニヤしながら情けない姿を横目で品定めしていた。

 「おい!制約はどうするんだ!?全部つけるので構わないのか!?」

 もはや怒号に近い言葉使いで契約者との制約を聞いてくるダストンだったがクラインにはなんのことか分からずに戸惑うばかりだった。

 「制約!?なにそれ?」

 ダストンを見て返事をしたかったがシェリスの真横に居る為、普通に見たらおっp……もとい、女性の包み隠さない肢体が目に入る為、両手で目を塞ぎながらダストンの方向に向いた。

 「凶器を向けたら指が飛ぶとか!嘘を吐いたら失血するとかあるだろうが!基本殺意を持つと死ぬとかあるだろう!」

 「なにそれ!?怖いんですけど!?」

 隷属の制約に多少の恐怖感が生まれるが、よく考えれば「それがなきゃ誰も言う事聞かないし、奴隷の意味もないか……」と簡単に納得してしまっていた。
  
 「怖えーのはお前のウブさだよ!亜人の裸で欲情するな童貞!」

 「ど、童貞ちゃうし!!」

 「良いから決めろ!無ければ全部付けるんで問題ないか!?」

 「全部付けたらどうなるの?」

 「簡単な肉人形と思えば分かりやすいだろう?」

 「だろうじゃねーよ!ダメ過ぎるでしょうそんなの!バカなの?!」

 苛々しながら地団駄を踏むダストンと両手で視界を閉じているクラインの馬鹿な漫才をペギーが笑いを堪えながら見ていたが、潮時と感じて案を出す。

 「不義鉄槌の縛りで構わないだろう?罰はハンマーでぶん殴られるくらいだから死にはしないし」

 「それも怖いんですけど!!」

 奴隷の扱いでここまでの感覚の差があるとは露知らずもペギーがシェリスに不利なこと言わないだろうと判断して説得に応じる形で隷属の縛りをそれに決めた。

  儀式はあまり捗らず、ダストンが6回程呪文を噛んで失敗して、ペギーが冷たい視線で「ご主人様に儀式の失敗はちゃんと伝えておくからね」とトドメを刺されていた。

 儀式が始まるとシェリスの身体に書かれた呪文が少しずつ発光して悶える様な仕草で呻くがペギーが言うには古典的な奴隷紋の書き換えはかなりの痛みを伴うらしく最近はアイテムによる首輪などでの制約を行なっているらしい、なぜシェリスが古典的な奴隷紋なのかは問題の貴族の嫌がらせや金銭的な問題らしい。後半は呪文が発光した順番から体の中に染み込む様に消えていった。

 儀式が終わるとシェリスが疲れ果ててへたり込む、ダストンはとっとと儀式で使用した道具をしまい始め、ペギーは脱いでいる上着をクラインに手渡し手助けする様に促す。

 「シェリスちゃん大丈夫か?」

 「ご…主人様……よろしくお……願いします」

 疲れ果てて息も絶え絶えながらしっかりと伝えてきたので肩を摩る様に労わる。

 「こちらこそ宜しくお願いします。疲れただろう?今日はもう休もう、ふ、服も早く着てくれると助かる……」

 「ダストンの手違いで身なりも良くないからね、今日は取り敢えず下宿の方で休んで貰って、明日から付くって事で良いかい?」

 ペギーがゆっくりと近づきながら説明をして、すでに片付けが終わり直ぐにでも退室したい気持ちが前面に表れているダストンに一瞥して声をかける。

 「ダストン、分かってるね!シェリスはもうお客様なんだから相応の部屋にお通ししな!」

  勢いよく返事をするダストンは丸まった背中を引き延ばし扉を開けてシェリスを退室させる様に礼を持って促す。

 「あ……あの……」

 「シェリス、アンタも多少なりとも綺麗になってからのがご主人様と話しやすいだろう?」

 なにか伝えたいことがあるのかシェリスは止まったまま俯いていた。

 「シェリスちゃん、明日から宜しく頼みたいから今日はゆっくりと休んでくれないかな?儀式が余りにも辛そうに見えたからさ」

 優しく頭を撫でながら話すと少しだけ尻尾が動いた様に見えたので顔が上がるまで頭を撫で続けた。

  「……はい」

 顔は上がらなかったがそのまま頷いて扉へと移動してくれたので安心しながらシェリスの背中を見守った。

 再度、部屋にペギーと2人になると幾ばくかの静寂に包まれていく。

 「クライン様、本日は当奴隷をお引き頂き誠にありがとうございました」

 最初に静寂を破ったのはペギーだったがその破り方は今までの姉御的な存在では無く、商人の顔だった。

 「クライン様のお陰により、私共々1人とて欠ける事なく事件が治りました事、重ねて御礼申し上げさせて頂きます」

 急に違う顔を覗かせられ困惑の塊になってしまったクラインは忙しなくお辞儀を繰り返すしかできなかった。

 「ペギーさんお止め下さい、正直そんな対応されると辛いです……」

 なんとか対応してみようと試みるが経験の質も力量の差も感じて早々に白旗を上げて負けを認めるクラインを満面の笑顔で応える。

 「いやー、ケジメというか一回くらい真面目にお礼言っとかないとね、アタシのご主人様の顔もあるからね」

 「流石ペギーさんですね、とても敵いそうにないと実感させられました」

 「あら!嬉しい事言ってくれるね。正直アンタ程の実力を持ってる男にそんな事言われると悪い気はしないね。なんならもう1つのお礼も今からしとくかい?」

 そう言いながら前屈みで豊かな双丘を寄せ上げると艶やかな笑みで誘い始めた。

 「いえいえ、ペギーさんにそんな事されてしまったら盗賊団を5、6個壊滅させる位働かないと御返しになりそうに無いのでご遠慮しときます。」

 困った様に戯けるとお互いに良く笑い、和やかな空気に変わる。

 「後はこれを渡して終わりだね」

 そう言って握らせる様に手渡して来たモノを見て少々驚く声が上がる。

 「こ、これはさっきの代金の金貨じゃないですか!これが無かったらご主人に立つ瀬が無くなるのでは!?」

  「アタシは元からご主人様に嘘を申し上げる訳にいかないの。あっ!隷属の縛りとかじゃないから。ご主人様はアタシを縛らないからアタシが自分で決めた事なんだよ」

 「ご主人とは良好な関係……、信じておられるのですね」

 ペギーの在り方に仕えてる相手と良好な関係と疑わず、軽薄そうな笑顔で笑いかけるが答えられたペギーは浮かばない表情で、受け止められない様な印象で腕を抱いて顔を背けてしまう。

 「……そんな事無い、アタシは……ご主人様を裏切り続けてる様なもんだから」

 女性の消え去りそうな声に慣れないクラインはただ黙ってペギーの表情を伺っていた。

 「クライン、ヒューマン族と亜人族の関係にちゃんとした愛はあると思えるかい?」

 言われた内容で瞬時にご主人との間柄の事と判断できたクラインは笑顔を変えずゆっくりと答えた。

 「お相手の人柄などは分からないので上手い事言えませんが……信じてみないことには始まらないのでは無いでしょうか?」

 そう言いながらペギーの表情を伺ったが何か思う所もありそうだったので部屋を後にしようとする。

 「僕もこれで休ませて頂きますね。今日は本当にありがとうございました」

 扉を開けて一礼すると気の無い返事で返って来たが気にせず部屋を後にし、静寂を取り戻した部屋の主人はゆっくりとテーブルの上に腰掛ける。

 燭台の灯火からの揺らめく灯りが妙齢の女性の表情を艶やかに煌めかせる。

 来客前の部屋と後の違いはテーブルの上にあるグラスだけであったが、部屋の主人の心境は大きな変化を迎えていた。

 自身の抱えていた問題が一気に解決に向かう兆しに様々な感情が入り乱れているのを感じるとペギーは酒を煽って気持ちを1つの方向に向けようとした。

背中を押してくれた男のグラスで、勇気を貰う様に勢いよく、そして言葉が身体に染み込む様にゆっくりと。

 「信じてみなきゃ始まらない……か……」

 その言葉を最後に部屋には一切の言葉無く夜を明かす。


 

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