ヴァリアント〜女神への反抗〜

阿久津 ユウマ

出会い!

 
  馬車に揺られて1人の女性が淀んだ瞳で空を見上げていた。
 馬車はいたって標準的な荷馬車と呼ばれる物で幌もかかっていて雨風は防がれる様だが彼女の服装は汚れが目立っていて至る所が擦り切れていてまるで清潔感から遠い姿であった。
 山の街道を走る馬車は激しく揺れ動き御者は咥えていた唐草がこぼれ落ちて舌打ちをして苦々しく愚痴を吐き捨て、同乗している女達は自分の腰を摩ったり、座り位置を変えたりと思い思いに動いていたが空を見上げている彼女だけは微動だにせず、手足に付いた枷の鎖だけが彼女の引き起こす唯一の音であった。

 御者の仕事は商人で荷台に居る女達はひとえに「商品」と言われる奴隷達で埋め尽くされていた。 
 馬車の中は所狭しと女達が座っていて、御者に近しい場所ほど位の高い奴隷らしく身なりも小綺麗にされていて顔立ちやスタイルは言わずもがな、上級な美貌の持ち主達だったが彼女の居る位置は荷馬車の後ろの出入り口前、位で言うなれば一番低い位置に座らされていた。

 奴隷にも種族によっては人気がある。 
 ヒューマン種の奴隷もいるがここに居る奴隷は皆 デミヒューマン種で亜人や亜人種と呼ばれ生体や外観が異る別種の形態をしている。

狐月こげつ族、群虎ぐんこ族、兎空とくう族、飛檎ひきん族、孤狼ころう族と人気順位も名前を挙げた順になっている。

 いななきと共に馬車が勢いよく止まるが、御者の話し声が少しするとまた馬車が走り始めた、孤狼族の女性は空を見上げていた視界にマントを身に纏いフードを被って目元が見えない人物を意識なく見つめていた。

 しばらくすると再度いななきと共に馬車が止まるが乗員達はまたか……と思うより先に怒号により空気が引き締まり女達が身を固める。

 「止まれ!抵抗するなら容赦しねぇぞ!」

 「ーーひっ!?」

 「囲え!1人も逃すなよ!」

 御者は抵抗する術がないのか早々に両手を上げて冷や汗を流すのみで野盗と見える10人程の輩達が武器を手に強い殺気で馬車の包囲を狭めていった。
 
 「おい、こいつ奴隷商だぞ?積荷は女達だけで護衛は無ぇみてぇだ」
  
 相手は戦力無しでその上 積荷は女性達のみ、野盗にとっては至上の獲物に見えたに違いなく 下衆な想像を早くも醸し出し堪えることなく各々で笑いを上げながら馬車を中を品定めする。

 「ゲヘヘ、オラ!とっとと馬車から降りるんだよ!」

 積荷を全て出して戦利品を確認しようと野盗が声を掛けるが出入り口の一番近い孤狼族の女性は弱っているのか動きは遅く立ち上がろうとするが失敗していた。

 「舐めてんじゃねぇぞ!出やがれ!」

 時間稼ぎと思った野盗は彼女の胸ぐらを掴み強引に馬車の外に放り投げた。

 「ーーうぅ!?」

 放り出されて身を縮める孤狼族の彼女に容赦はされず他の野盗が近ずき蹲る彼女の尻尾を踏みつける。

 「ぎゃああ!!」

 神経の鋭敏な尻尾を強く踏まれ彼女は手足が伸び痺れる感覚に襲われ身体が痙攣する。

 「へへへ、良い声で鳴けるんじゃねえか」
 
「オラ!他もとっとと降りるんだよ!」

 野盗の声に応える様にいそいそと馬車から降りる準備をする中で御者は野党の頭と思われる人物に組み伏されて首には蛮刀と言われる幅広の片刃の剣を押し付けられていた。
 
 「た、助けてくれ!荷は奴隷達だけなんだ!」
 
 「チィ!食糧と酒もあるんだろな~?」

 「か、勘弁してくれ……」

 「まぁ食いもんと女に困らなけりゃ文句もでねぇわな、ガハハ」

 孤狼族の尻尾を踏んでいた男が今度は髪を掴み無理やり持ち上げて顔を近づける

 「オメェもたっぷりと遊んでやるから喜べよぉ?」

 彼女の顔に舌を這わせながら品性の欠片も無い笑みを浮かべる男を淀んだ瞳を更に淀ませて力無くただ呻くだけで諦めていた。

 「いや~それはやめときましょうよ~」

 突然後ろから少し軽薄がかった男の声で思わず野盗は彼女を手放して飛びのいてしまった。 

 「な、なに者だてめぇは!?ヒーロー気取りで助けようってのかぁ?」

 「いやいや、そんな大層なことは考えてませんよー」

 そう言いフードを取りながら孤狼族の彼女と野盗との間に入り込んで野盗と笑顔で対峙していた。

 マントの男は声もさることながら笑顔も軽薄がかったものだが本人はしっかりと笑顔を作ってるつもりで瞳の色も確認できないほど目を細めて口角もしっかり上がってネコの口を思わせるほどの笑顔だったがそれが仇になってるのか嘘っぽさが前面に出てしまっていた。

 肩口まで伸びていそうな茶色い髪の毛を後ろで1つに纏めていてサイドは編み込みの三つ編みを複数作って後ろに流して顔全体をスッキリと出していたが孤狼族の彼女からは後ろ姿を見上げるだけだったので顔は確認できなかったがすぐに思い付く。

 (この方は先ほどの……?)

 馬車で追い越した人物だろうと思い至ると同時に野盗が邪魔された腹いせに男のマントを掴み掛かり怒気を強める。

「ヒーロー気取りじゃ無いにしても痛い目には合いたいみてぇだな!」

 「そんな乱暴なことしないで、ちょっと話し合って食料分け合って解散って方向にはいかないかなぁっと思うんですがどうですかね?」

 マントの男の発言に何も返さず、いや行動で返事をする様に拳を勢いよく顔面へと叩き込もうとしていた。

ーーーだがしかし。

 ヒョイと掴みかかっていた野党の手を捻り上げ後ろに引き込むと野党は身動きも取れずに組み伏される形になり、そのまま首には手を回される。

 「いでででで!」

 「誰かお話しできる方か交渉してくれる方はいないんですかね……よっと」

 掛け声と同時に首に回した手を引き込むとゴギッと聞きなれない音と共に男は痙攣をし始めた。

 「邪魔する様だな、容赦はしねぇから覚悟するんだな」

 お頭と思われる野盗が奥の方から歩いてマントの男の近くまで来ると蛮刀を肩に掛けて見下す様に顔を反らせる。

「話し合いで済ませましょうよ……本当にやり合うんですか?」

短く嘆息しながらマントを翻し腰にかけた剣を少しだけ鞘から刃を出す。

 「やれ!」

 お頭らしき野党は鼻で笑う様に口を歪めて短く告げる。

 これから始まるは大剣戟ーーーにはならずに野盗達の武器は虚しく空を切るかまたは振り下ろされる前に致命的な一撃を喰らい次々と糸の切れた人形の様に地面に崩れ落ちていった。

 残る最後のお頭らしき人物の前に立つマントの男の顔は最初の軽薄なイメージから一変して哀しげな面持ちで立っていた。

 使い古された薄汚れたマントに何の変哲も無いただの鉄の剣を持つ男に気持ち悪い違和感を感じずには居られなかった。

 武器は一般的なただの鉄の剣の筈なのに後ろの部下達が全く動かない屍に変えられている。
 しかも一合も打ち合った音すら聞かせてもらえなかった。
 優位に立っている筈の目の前の男は申し訳なさも感じる様な哀しげな表情で構えもせずにただ立っている。

 悪夢の様な光景に野盗は冷や汗を流しながら一生懸命恐怖に抗っていた。

 (なんなんだこいつは!なんなんだこれは!ありえねぇ!ありえねぇ!)

 (俺はこの後 目一杯飯食って女抱いてぐっすり寝る筈だったんだ!なんでこうなる!なんでこうなるんだ!)

 突如降り注いだ不幸、いや突如降り注いだ選択肢に彼は最悪の答えを欲望を持って答えてしまった。
 回避案は何度も出されたのにも関わらず目の前の獲物に目が昏み直ぐに答えた結果が今なのである。

 哀しい顔を浮かべながらゆっくりと近ずくあり得ない者に野盗は徐々に強くなる恐怖に打ち勝つ様に怒号を叫び蛮刀を振り下ろす。

 振り下ろされた蛮刀は地面に叩きつけられ激しい衝撃音を上げるがお頭らしき人物は既に戦闘からかけ離れた不思議な光景に疑問を持って考えを巡らせていた。

 (あれは俺の体だよな?なんで俺は自分の体を見てるんだ?な……んで……なん……)

 首を落とされた野盗の体はゆっくりと膝から崩れ落ちて それに反して首があった断面からは勢いよく血が吹き出していた。

 剣についた血糊をマントの端で拭き鞘にしまうと先ほどの軽薄そうな笑顔で痛めつけられていた孤狼族の女性に向かい手を差し出した。

 「大丈夫かい?もう安心だよ?立てるかな?」

「あ……あの……あの……」

   ショックが大きかったのか動揺しているのかもしくは恐怖なのからか彼女は差し出された手と軽薄そうな笑顔を交互に見ながら言葉をどもらせていた。

 短気な者なら次の句を吐き捨て終わる時間が過ぎた頃、変わらずに笑顔で手を差し出し続けている男に後ろから声が掛けられる。

 「あ、あんた助かったよ、凄いな 1人で皆殺しにしてしまったのか?」

 引くに引けない差し出した手をしまうとタイミングをくれた人物を見ると先程話した馬車の御者で肩を下ろして項垂れる様な姿勢で近づいてきた。

 「いや、最初のあの人はまだ生きてますよ?」

  首が90度以上曲がって痙攣している野盗を親指で指すと肩の下がっていた御者は勢いよく走り出して野盗に近づいていた。

 「てめぇこの野郎!よくもやってくれたな!このっ!このっ!俺を誰だと思っていやがる!少しだけチビッちまったじゃねぇか!このっ!このっ!このっ!」

 痙攣して動けない野盗に威力のなさそうな蹴りをヨロけながら何度も何度も打ち込んで罵声を上げている御者をよく見て見ると蹴るたびに腹の肉が波打ってて服装も先程組み伏されていたので薄汚れていて股間も濡れていた。

「あはは……それじゃこれで」

 若干顔を引きつらせながら先に進むべく歩を進め馬車を横切ると声を掛けられる。
 
「ア、アンタ本当に助かったよ もう行っちまうのかい?」

 業者側の出入り口から焦った様に身を乗り出してきたのは狐月族の女性で綺麗なストレートの金髪、頭には三角の狐の耳が特徴的で真っ赤な唇に細く強めの目には泣きホクロもあり まさに綺麗な隣のお姉さんであった。

 「ターミヤって街に行く予定なんでそろそろ行っとこうかなと」

 綺麗な女性に声を掛けられ一生懸命照れと焦りを隠そうとしながら後頭部に手を当てる。

 「アタシ等はその手前のバッキャモンて所まで行くんだ、良かったら一緒に行ってくれないかい?」

 「よろしいんですか?さっきは断られちゃいましたけど……」

特に含みを持たずに少しだけ驚いた様に聞き返すと狐月族の女性は痛ましそうな顔で短く嘆息する。

 「さっきは悪かったよ……アンタみたいな強い男に護衛して欲しいのさ……ダメかい?」

 綺麗なお姉さんに困った様に上目遣いで懇願されては断る事も出来ず嬉々として2つ返事で答えてしまった。


 「ワン!」


=================

 先程の野盗の襲撃が終わりまた馬車は山の街道を激しく揺れ動きながら走っていた。
 襲撃の前と幾つかの変化があった。
 1つ目は御者がズボンを履かずに下半身丸出しで馬を操っている事、因みに脱いだズボンは馬の背中にかけられている。
 
若干、馬に元気がない。
 
 2つ目は荷台の後ろの出入り口にある昇降の足場にマントの男が横に腰掛けて激しい揺れに何故か心地良さを見出しているらしく微睡むように首を揺らしてる。

 3つ目は淀んだ瞳で空を見上げていた孤狼族の女性はマントの男と自分の足元を交互に視線を動かしていた。

 孤狼族の女性の瞳もまだ淀はあれどよく動くようになっていた。

 荷台の女性達の緊張も程よく溶けかけた頃、一番奥でクッションに腰掛けていた狐月族の女性が目当ての人物に声を掛けるべく動き出した。
 
 「なぁアンタ、そんな危険な場所じゃなくってさ、奥に来なよ!歓迎するよ」

 心地良い微睡みから突き落とされるように覚醒すると綺麗なお姉さんが出入り口にしゃがみ込んで男を見つめていた。

 「いやーここで十分満足していますよ、
それに護衛役が直ぐに動けないんじゃ問題になりかねないでしょう」

 半ば寝ぼけていても軽薄な笑みは直ぐに出るらしく綺麗なお姉さんに丁寧に対応して見せたが口元にはしっかりと涎が垂れていた。

 「アンタはヒューマンなのに変わってるねぇ~」

 「そうなんですか?それ程変わった会話をした覚えがないんですが……?」

 何かしでかしたか考えを巡らせるため視線を上に向けるが思い至らなく、諦めて視線を戻した時に孤狼族の女性と目があった。

 「君はもう大丈夫なのかな?」

 助けた後からずっと俯向きがちだった女性とようやく目があったのでマントの男はいつもの笑顔で声を掛けるがなかなか返事が来なかった。

 「ちょっとシェリス!アンタいの一番で助けられたんだからちゃんとお礼くらい言わないとダメじゃないかい」

 狐月族の女性が痺れを切らして孤狼族の女性に注意を促した。

 「あ、あの……本当にあり、がとうございました」

 「そっか、シェリスちゃんって言うのか、俺はクラインって言うんだ宜しくね」
 
 尻すぼみの消え去りそうな小さい声で俯向きながらの答えだったが、返事から伺えるのは素直に喜びの感情が見えていて、シェリスが顔を上げればクラインが軽薄そうな笑顔で手を振っていた。

 「アンタは本当に変わってるねぇ…アタシはペギーって言うんだ、宜しくしとくれ」

 ペギーのウインクに少々戸惑いの色がクラインから見て取れたが直ぐにいつもの笑顔で何処と無く流れる景色を見つめ始めた。

 「このまま何事も無く村に着くと嬉しいですね」

 「あ、アンタはなんでそんなフラグ満載なセリフが言えるんだろうねぇ…」

 「まぁ心配しなくてもバッキャモンまではもう少しさ、それまで護衛を頼んだよ」

 そう言いながら片手を振って一番奥のクッションまで戻っていった。
 なにやら御者の男と嬉しそうに話しをしていたがクラインには聴こえるはずも無く、また激しく揺れ動く馬車に本当に
何故か心地良さを覚えて微睡みを始めた。


=================


 「ちょっとクライン!クライン起きなさい!」
 
 「あの……クライン様……起きてください」

 深い意識の底で張りのある艶やかな声と染み込むような澄んだ声に呼ばれた気がしてクラインは声に従って意識を覚まし始めた。

 「あ、あれ?……僕の自慢むにゃむにゃの破城槌は?」

 ぼやける視界の中で辺りを見回すと馬車の昇降台から滑り落ちて身体を縁に掛けた右腕一本で支えてる状態で寝ていることに気付いた。

 「アンタの破城槌がどう自慢なのかは知らないけどねぇ……護衛なんだから熟睡だけはしないでくれると思ってたのに……」

 荷台から降りて外側から声を掛けてくれているの狐月族のペギーと言う美人のお姉さんが腰に手を当てて強い印象の目を鋭く、冷たく締めながらクラインを見ていた。

 「あの……何度か声を掛けたんですが……」

 そう言って俯いてしまうのが孤狼族のシェリスと言う赤みがかったブラウンヘアーで癖っ毛の強い髪で顔を隠してしまう。

 「いやー無事に村についたようですね!良かった良かった~」

 仕事放棄に近い行為に若干の後ろめたさを隠す為に可能な限り明るく答えるがペギーの顔には眉が痙攣する様に耐える声がクラインに最終勧告を告げる。

 「なにか言うことは?」

 「ご、ごめんなさい」

 弁解の余地が一切できない状態なので素直に頭も肩も下げて項垂れていると視界の端に妙なモノを見つける。

 「あの業者のおっさんは何やってるんですか?」

 「ああ……あのバカはホッといて良いからさっさと宿に入ろう」

 業者の男は馬車の横で後頭部を泥の中に突っ込んで身体をくの字に曲げていた。

 所謂、1人キン肉バスター状態であった。

 「今日の宿はアタシ等で奢らせて貰うよ」

 クラインが原因で出入り口が塞がれていて身体を退けると荷馬車の女性達がゾロゾロと馬車から降りて何も掛け声もなく自然と二手に分かれて宿に入っていった。

 クラインは奴隷の差に少し疑問を持っていた、何故なら最初に出てきたシェリスだけは手も足も鎖で繋がれていて、その後に出てきた耳の辺りから側頭部に掛けて鳥の羽根の様な物を生やした女性は手枷だけで済んでいて、その後の猫耳を生やしたグラマラスボディーの女性達は目立つ首輪をしていたが手枷も無く服装も整っていた。

 ペギーと猫耳の女性達は普通に正面の玄関から宿に入って行ったがシェリスや鳥の羽根を生やした女性達は玄関から入らず、宿の後ろに回る様に奥へと消えて行った。

 シェリスに声を掛けるか悩んでいたクラインにペギーから催促の声が掛けられた。

 「アンタはこっちだよ、あとダストン!アンタは体を洗ってから入るんだからね!」

 ダストンと呼ばれた業者の男は苦しそうに曇った声で了解の意を答えた。

 宿の扉に手を掛けて開くとその豪華さに少し驚きを示し声を上げた。

 小さなホールであるがしっかりと赤い絨毯で入口から受付まで伸びていて、入口の左右にはテラスだろうかテーブル席が揃って置いてある。

 調度品に至っては触るなと言わんばかりの仕切りはされている見事な彫像が置いてあり、上を見上げれば二階まで吹き抜けになっていて贅沢にシャンデリアも自慢気に輝いていた。

 「クライン、アンタの部屋は二階だよ。
荷物を置いたら直ぐに飯だから食堂に来ておくれ」

 そう言ってペギーは入口の近くで呆けているクラインに部屋の鍵を放り投げる。
 軽く右手で鍵を受け取ると部屋の番号が書かれていて荷物を置くべく階段を上って行った。

 食堂に着くとペギーがテーブルに座りながら片手を上げて招いてくれていた。
 食堂と言われて簡単な気持ちでいたが来てみれば高級レストランを思わせる豪華さにクラインは少し気圧されてしまうが直ぐにいつもの軽薄さの強い笑顔に切り替わる。
 テーブルに着くとペギーとダストンが先に着いていてグラスには葡萄酒が注がれていた。

 「やっと来たね、さぁ今日はしっかりと食べておくれ今日は奢りだよ」

 そう言いながらペギーは空いているグラスに葡萄酒を注いでクラインに手渡した。

 クラインはグラスを受け取ると2人も合わせてグラスを持ち乾杯の意を示していた。

 「今日の出会いに感謝だね、乾杯!」

 ペギーは笑顔でグラスに口を付けて安心した様に息をつける。

 「クラインには感謝してもしたりないね、あそこで助けられなきゃ今頃は野盗の体の上でナニされてたか分かったもんじゃないからね」

 「ただの巡り合わせですよ。お互い運が良かっただけと思えば十分ですから」

 「お互い?アンタは別に幸運な事なかったろうに?」

 「いえ、こんな豪華な場所で食事をするのは初めてなんでコレだけで充分満足してます」

  クラインがそう答えるとペギーはクラインの服装を見てにこやかに笑い始めた。

 「確かに、こう言う場所に相応しい服装は持ってなかった様だね」

 マントを外し中の鎧を置いて黒い長袖のインナーと濃いクリーム色のズボンそれと皮のブーツと言う普通の旅の服装を指摘された。

 変わってペギーは薄いシルクのドレスで露出してる胸なんかは横から大きさが丸分かりの悩殺的な服装にサンダルと宝石の付いたチョーカーに金のネックレスで彩られていた。

 「そういえば他の子達は?」

 辺りを見回すとテーブルに座っている人物で見知った顔は居なかった。

 「ああ…あの子達は他で食事を摂ってるよ、まぁ身なりも立場もあるからね……」

 そう言ってペギーは少し雰囲気に暗さが掛かるが直ぐに向き直って笑顔に変わる。

 「さぁさぁ、ゆっくり食べようじゃないか」

 そう言って入口の横に並んで立っている給仕の1人に合図を送ると順々に料理が運び込まれて初めての豪華さにクラインは舌鼓を打ちながら笑顔を強めていく。
 こうして食事を始めてから終わりまで終始ペギーは笑顔で料理の説明やこの町の案内などをしてくれたがダストンはずっとふてくされた様な態度で時折クラインを睨む様な仕草すらあった。

 「クラインはいつ頃この町を出るんだい?」

 「明日には出ようかと思ってます。急いでは居ませんが余り厄介にもなれませんし」

 「そうか……早いね。ならとっとと話ちまうかい」

 ペギーは勢いよくグラスを空にするとゆっくり注ぎながら話し始めた。

 「クライン、アンタの報酬の話しなんだけどね。」

 「もう十分戴きましたよ?それに西へ東への根無し草稼業なんで大金は邪魔なだけです」

 そう言いながらグラスを空けるとペギーは頬杖を付きながら片手でクラインのグラスに葡萄酒を注ぎながら会話を続けた。

 「ならさ、シェリスを貰ってくれないかい?」

 「へ?」

 あまりの内容に素っ頓狂な声と驚きの表情で答えてしまったクラインは少し固まって考えを巡らせる。

 (シェリスを貰ってくれってどう言う事だ?ん?結婚?いや普通に奴隷を持てと言われているのか?) 

 「どうだい?悪い話では無いだろう?」

 ニヤニヤしながら頬杖をのまま上目遣いで面白そうに話している間にダストンが遂に我慢できずに声を上げる。

 「どう言うつもりだペギー!奴隷の分際で勝手に他の奴隷を売り渡すなんてできるわけないだろう!」

 「ぶ・ん・ざ・いだぁ~?アタシが大旦那の1番奴隷だってのが分かってての発言なんだろうねぇ」

  これだけ豪華な姿で奴隷商のオーナーの様に振舞っていた、いやクラインが勝手に勘違いしてしまう程の振る舞いで少なくともシェリスと同じ奴隷の身分とは露とも思っておらずクラインは開いた口が全く閉じられずに固まったままペギーとダストンの会話は続いていた。

 「大体ね!、今回の報酬が発生したのはダストンが護衛料をチョロまかして小遣いにしようと考えてなけりゃあんな野盗供に襲われることは無かったんじゃないのかい?!!」

 「し、しかしオレはこいつのせいで散々な目にあわされたんだぜ!?」

 「泥まみれの事なら自業自得じゃないかい!
出来もしなく短い足で飛び蹴りなんかするからああなるんだ!」
 
 「グッ……そ、それに代金はどーするつもりだ!お前は大恩ある大旦那に嘘をついてタダで渡すつもりじゃないだろーな!」

 「大恩あるのはアンタも同じだろう?アンタは既に護衛代を散々チョロまかしてるけどね!」

 ダストンが真っ赤になって言葉に詰まるとトドメの一言をペギーは冷たく放つ。

  「アンタが協力しないなら今回の件とチョロまかしの件を全部話して大旦那に許しを請うさ!アタシは許して貰えるくらいは愛されてるだろうけど……アンタは終わるかもね!」

 ダストンは悔しそうに俯向きながらグラスを力いっぱい握りながら徐々に諦め始めた。

「なぁクライン、悪い話じゃないだろう?」

 ダストンが押し黙るのを確認したペギーは笑顔に切り替えて覗き込む様に聞いてきた。

「先程も言ったように旅をしているので誰かの面倒を見るような事は出来ないんですよ、その日暮らしなんでシェリスちゃんだって困るでしょう」

  「フフフッ やっぱりクラインは知らないのかぁ」

 楽しげに笑いながら何かを確認したように笑顔の質を変えていく。

  「 奴隷を断る場合は種族を示していらんって断るのがあんもくのセオリーなんだよ、その代表例が狐狼族って訳」

 続けてなぜ例文になるのが狐狼族なのか説明をしてくれたペギーだったが理由は言う事は聞かないし、動きも悪い、戦闘でも特殊な技能があるわけでもないと言うなれば扱いづらい、そして暴走や反逆などの例も幾つかか知られていて人気が無いとのこと。

「シェリス自身にも少々問題があってね、それはここじゃなんだから部屋に行こうか」

 ペギーは席を立つと未だに悔しそうに唸っているダストンの方へ向かい肩へ手を添える。

「ダストン……アンタを悪いようにしやしないんだからアタシに任せちゃくれないかい?」

 肩に添えた手をダストンの顎へと優しく上に向く様に導くとまるで母の様に穏やかな声で語りかける。

 「シェリスを部屋に連れてきてちょうだい……良い子だから」

 返事を待たずにペギーは艶かしい後ろ姿で食堂を後にした。

  (このおっさんは笑いの神が舞い降りたのにも関わらず、笑いも起きなきゃ相手にもされてなかったのかぁ……あれ?可笑しいな、目から汗が出てきそうだ。)

 などと目の前の問題から目を逸らして不憫なおっさんへ合掌しているとダストンは叱られた子供から不憫な猛るおっさんへと変貌していった。

 「何やってんだよ!?お前も行くんだよ!!お前だけは迷子になっても絶対にペギーさんの部屋へは連れて行かないからな!!」

 (そう言いながら短い足と重い体で膝が悲鳴を上げながら出て行きましたとさ。(まる)
……あーどうしよっかなぁー)

 今後の展開に憂いながらクラインは頭を掻きながら食堂を後にした。

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