雪が降る世界

lemon

第46話 〜解かれた鎖〜 七海said

頭に抱えた爆弾がラッキーなのかアンラッキーなのかは俺にも分からない。もう父さんの思い通りにならなくていい。

あと2年。

いや、時間が経つにつれて、俺は俺じゃなくなっていくだろう。なんせ、脳が侵されるんだから。意識がしっかり保たれている今、やることなんて決まってる。

久しぶりの学校は記憶の中では一番うるさかった。いつの間にか、学年は変わっていて。クラスはほとんど変わってなかったが。人に呑み込まれるようで、少しだけふらついたのは俺だけの秘密。この年になってもまだ、慣れない。
それより、新入生にガンガン来られたのはホントに驚いた。気持ちは分からないでもない。でも頼むから静かにしてくれ。
授業は普通に進んでいてテストまで終わっていたらしい。まぁいいか。所詮、実力をはかるための紙切れだ。
とはいえ、進級出来なかったら卒業は絶対無理だかんな。そこの交渉は今日やっておく。合法的にサボれる。…言い方が悪いな。体調に左右されても大丈夫。
体育ができないのが思ったよりキツイ。体が鉛みたいになってんのに。俺も卓球やりたい。着替えるだけって、成長中の男子には良くねぇよ?
「じゃあ七海君はスコアお願いしてもいい?」
「いいですよ。」
でも俺だって馬鹿じゃない。じっとしなきゃいけないのは大前提。
春瀬が爽快なスマッシュを打っているのを遠目で見て去年を思い出す。あの時、春瀬がゴリ押しで俺に近づいてくれてなかったら、俺はまた中学生の時みたく、独りを貫いていた。体育祭のリレーでは前日に足怪我して調子が出なかった。夏祭りは毎度の事ながら誘拐された。文化祭でよく分からないキャラクターのコスプレをした。クリスマスは、こまに女装させたっけ。
あの3人は、俺の中に常に居るようになっちゃった。らしくもない。
「あっ、やべ、七海!そっちにラケット飛んだ…。」
ん?
「痛ってぇ…。なんで飛んで来るのがラケットなんだよ。普通ボールだろ。」
「すまん、滑った。」
「ピンポイント過ぎて笑えねぇ。」
ちょうど顬に角がヒットし、静かに悶絶している。地味にくらくらするし…。
「保健室行った方がいいんじゃ…。顔色悪くなってる。」
「ここで休んどくから大丈夫。」
もともと青白い顔してんだよ…。脳って凄い…今更ながら。
あのカルテ、見た感じギリギリ寿命が延ばせる所に腫瘍がある。父さんなら、軽々やってのけるだろう。死ぬことに変わりはないが。
それでも何も言わなかったのは、なんでだ?いつもズケズケ言ってくるくせに。
泣いたからか?こまがいたからか?
体育が終わり、次の時間は英語。めんどくせぇし、屋上にでも行っとくかな。

思ったより風が強い…。1人で横になって雲を見ていると、あろう事か、こまが来た。
「あれ、七海授業出ないのか?」
すまんがそれは俺の台詞だ。
「お前こそ…。数学?」
「うん。だるすぎ。」
「相変わらずゴーマイウェイな奴。」
「七海は?」
「英語。いいよ別に。満点くらい普通に取れるから。」
「気色悪。」
ちなみに模試の話だ。あんなの出来なくてどうする。

「なんかさ、4人になってから、見える世界が色付いたんだよね。」
こまは、俺の隣に寝転びながら呟いた。
確かに、俺だってそう思ってる。
「いいよなぁ。春瀬も加衣も、キラキラしててさ。」
「ホントにそうだよ…。七海なんて、裏事情悲惨だしね。」
「はぁ…。もっと長い間、愛されたかった。こんな、死に際で優しくされたって、何も思わねぇし、信じられねぇ。」
それからどれくらい経ったんだろう。しばらくの間、鳥が飛ぶのを見ていた。
「でも…七海だってまだ高校生なんだから。」
「だから?」
「泣きたくなったら、泣いていいんだよ。」



──────────…
「そ、んなこと…。」
そんなこと言われると、思い出すじゃねぇか。あの中学生時代を。
「あ、ホントに泣いてる。」
「うるせぇ…。無神経過ぎ…。」
「こんな時に言うのもアレなんだが、お前、昔に会ったことあるか?」

やっと分かったかこいつ。
「あぁ、あるな。割と命がけだったかも。」
「顔ほとんど隠れてたから、分かんなかった。よく思い出してみればなんか似た髪型してんなって。あとは、その美声?」
「ガッサガサじゃん。」
「そりゃ今は泣いてるから。」
「もう泣いてねぇよ。」
「うわ、止まるの早。」

「こまは…俺までいなくなったら。」
「世界史も日本史も終わったな。」
「そうじゃなくて。」
「気持ちの話?
うーん…。精神的ダメージがデカいだろうな。澪も瑠璃も、七海もいなくなるってことは。俺ってもしかしなくても厄病神かなんか?みんなバタバタ死んでいく。」
「へぇ…。」
こまには申し訳ないが、それが聞けて良かった。俺が死んで、泣いてくれる人はいないんじゃないかって…。きっと、俺の家族は誰も、俺のために泣かない。また、駒が減ったとしか思わない。それだけ薄い存在だから。
「七海、今から小説家とかならないのか?」
「え?そのつもりは…ないことは無いけど。なんで?」
「どんな話になるか、期待しちゃって。」
「そうか…。書くとしたら、俺が経験してみたかった理想の恋愛かな?」
「結構純情な男子…。ミステリーとかあるじゃん。どうせなら、知識と知恵をふんだんに使った方が良くね?」
「トリック考えるのがクソめんどい。」
「あ、そう。で?理想の恋愛とは?」
「んー…。俺さ、父さんにも母さんにも道具としか思われてなかったから…。ちゃんと、人として、いてくれる子がいいなぁ。」
「それはお前の親が例外ってだけなんじゃ…。」
「そうでもねぇよ?こまだって分かる日が来る。モデルやってんだし。所詮、顔で決まるんだよ。」
「あー、それはなんとなく分かるわ。」
「いいか?これだけは釘さしとく。
こまに、無償の優しさを与えられないような女性とは関わるなよ?よくSNSで見る感じの人。」
「…七海は?これからその辺どうすんだ?」
「決まってんだろ。誰とも付き合わない。相手が辛くなるだけ。他人のお前に頼むのも変な話だが…。俺の分まで楽しんでくれよ。」
「未練がましい。」
「そりゃそうじゃん。いくら父さんから解放されたとしても、死んだらそこで終わり。医者はとりあえず置いといて、それ以外の経験をしてみたかった。海外行くとかね。」
「じゃあ…分かった。頑張るわ。」
「?何を?」
「死んでも見とけよ。」
少しだけ口角をあげてこまは言った。結局何を頑張るのかは検討もつかないが。


その後、俺とこまは職員室に呼び出された。

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品