西南 of the dead

プレーリードッグ

鹿児島へ

槍が舞い、馬が翔び、弓が降り注ぐ戦国でもない。徳川が成し遂げた偉業、三百年の天下泰平の世でもない。剣光弾雨、血飛沫ちしぶきで覆われた幕末の激動でもない。

物語は明治時代。西洋の文化、技術、知識を目まぐるしい速度で吸収し、日本という国を、さらに大きな混乱、争いのうねりへと加速させていく、混迷の時代。



《鹿児島へ赴き、西郷隆盛とその周辺の動向を調査せよ》

辻圭一郎へ命令が降ったのは、明治十年の二月だった。

三百年の永きに渡って、日本を統治していた幕府が崩壊し、明治の世になって十年。元号が変わったからといって、すんなり平和な世の中が訪れるわけではない。

「承知しました……」

警視庁の所長室に、圭一郎の力無い声が小さく響いた。

あまり面倒な任務は受けたくないが、上からの命令に逆らうほど、圭一郎の立場は強くない。警察組織とは、どうしようもないくらいに縦社会だ。

「また不平士族達の暴動ですか?」

「簡単に言えばそうなるな。ただの暴動で済めばいいが……」

主に長州藩と薩摩藩によって結成された明治新政府は、江戸時代に武士として生きてきた者達の神経を逆撫でするような法律、制度を次々と定めていった。

それに不満を募らせた武士達(明治の世では『士族』と名前を変えている)が、日本各地で反乱、暴動を起こしているのだ。
西郷隆盛がいる九州地方も例外ではない。むしろ最近では、西郷を慕い、不平士族達がその周辺に続々と集まっているという噂もあるくらいだ。

「維新の英雄、西郷隆盛にも同情しますよ。本人は故郷の温泉で休養中と噂で聞きましたが。僕の予想では、不平士族達が勝手に西郷の元に集まってるように感じます」

「私も西郷が無闇に騒ぎを起こすとは思わん。が、事の真偽は念の為に確かめんとな」

幕府を倒し、新政府を立ち上げた明治維新の立役者として、政府に尽力してきた西郷だったが、時が経つにつれて周囲の者達との衝突が増えていき、次第に政府の中で孤立していった。

新政府に不満を募らせ、故郷である鹿児島へ下野した西郷は、不平士族達にとって、反乱の象徴にするにはうってつけの存在だろう。西郷自身が持つ強烈な魅力、統率力もそれに拍車を掛けているに違いない。

「では署長、いつも通り準備が出来次第出発します」

「うむ。頼むぞ」

圭一郎の警視庁での主な仕事は諜報活動だ。これは幕末時代からの経歴を買われてのことで、今回の様な任務も数え切れない。

警視庁に入った頃は出発の日程、調査内容など、細かい打ち合わせをしたものだが、今では短い命令と返事だけで完了していた。署長が圭一郎の仕事を目の当たりにし、次第に簡略化されていったのだ。
圭一郎の仕事はいつも早く、細かく、文句の付けようがなかった。

圭一郎は踵を返し、署長室を後にしようかというところで、呼び止められた。

「ちょっと待て。今回は何人か同行者がいるのだ。いつもならこのままお前に全て任せてしまうのだが、そういう訳にもいかん」

同行者……? 

「署長、僕は単独の方がやり易いのですが……」

諜報活動をする際には、昔からいつも一人だった。同行者なんて邪魔でしかない。他人のせいで窮地に陥るのも、自分のせいで他人を巻き込むのも勘弁だ。

「私もそれは分かっている。強く反対したんだが、上も頑固でな」

「上、ですか……」

どうしようもなく縦社会だ。圭一郎は心中で大きく溜め息をついた。

「出発は三日後明朝、警視庁前だ。改めてよろしく頼むぞ」

「承知しました……」

圭一郎の声は先程よりも更に小さく、署長の耳に微かに届く程度だった。

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