野生でもお嬢様は育ちますか?

石堂雅藍

一つの親子と一人の他人

 銀髪の女性に勧められるが儘に、目の前の椅子に座ろうとよじ登りました。しかしその椅子は、私の体格には少し大き過ぎた様です。

 の……登れない……

 私が背の高い椅子と格闘をしていると、見兼ねたのか女性が「すまんすまん」と笑いながら、私の身体をヒョイっと持ち上げ座らせてくれました。椅子に座るだけなのに誰かの手を借りなくてはいけないなんてすごく恥ずかしいです。きっと、この身体と同程度の精神年齢であれば、恥ずかしい事など無かったのでしょう。しかし残念ながら、身体は子供なのに肝心の中身が高校二年生な私は、顔を耳まで真っ赤にして、なんとか掠れそうな小さな声で「ありがとうございます」と、お礼を言うことが出来ました。

「ママー!チルも抱っこしてー!」
「何じゃ、チルチルは一人でも登れるじゃろ?」
「登れるけどー……チルもお姉ちゃんと同じが良いのー!」
「はぁ……困った甘えん坊さんじゃの」

 そう言いながらも、嬉しそうに女の子を持ち上げる女性を見ていると、あぁ、コレがお母さんなんだなぁと思ってしまいます。私のお母様も生きていてくださったら……こうやって私のことを抱っこしてくれたのでしょうか。仲睦まじい親子のやり取り、この中では私だけが異質な物のように思えてしまいます。

「さぁ、そろったな!早速ご飯にしようか!ふふん、今日は腕に縒りを掛けて作った自慢の肉料理じゃぞ~!」
「わ~い!おにく~!」
「わ……わーい」

 寝起きにお肉料理は少し重いですね……

 恩人に対して、ものすごく失礼なことを考えながらテーブルの上を眺めます。女性が自信満々に言うように、テーブルの上にこれでもかというほどの肉料理?が並んでいます。テーブルの中央に陣取る一番大きなお皿には、丸焼きにされた大きなお肉が乗っていました。

 ひぃ!こ……これは……豚の丸焼きでしょうか?

 初めて見る豚の丸焼きに動揺しながら他のお皿に目を移すと、鳥の丸焼きに鼠に似た生き物の丸焼き、更には確実にこれはカエルでしょう!と思ってしまう程、見事な平泳ぎスタイルの足の丸焼き?がありました。お野菜等の葉物は皆無で、これだけの丸焼きが並ぶ様は、壮観というより畏怖すら覚えます。いっそ清々しくさえ感じてしまいました。

 うわぁ……これは想像以上に来ますね……なんだか全体的に茶色いです

 私が何処かに茶色以外の物はないのかと、テーブルの上を隈なく探していると、視界の片隅に緑色の物を捕らえました。

 そこですぅぅぅぅ!

 その一瞬を見逃さなかった私は、すぐさま首を振りその緑色の物体を、レーザービームでも出そうな視線で射抜きます。そこには、私の熱視線から逃げようと必死に這う緑色の青虫がいました。

 ……あぁ…虚しいです……漸く見つけた色彩が青虫さんだったなんて……

 私が名状しがたい悲壮感にプルプルと打ち震えている横で、女性と女の子は凄まじい勢いで肉を貪っていました。その食べる姿を一言で表すならば、THE野生と言った感じでしょうか。女性の方は、まだ食べる姿にも薄っすら気品を感じさせるのですが、女の子の方は最早飢えた獣といった感じです。あのお人形さんみたいな姿からは想像もできないほどの食べっぷりでした。あまりの光景に開いた口が塞がりません。

「むむ、お主食べておらんではないか!そんなんでは大きくなれぬぞ!ホレ!」
「い…いえ、私は……ああっ!!」

 ……少し食欲が無いんですと断ろうとした矢先に、大きな肉片がドンと私のお皿に盛られてしまいました。

「あっはっは!子供が遠慮なんてするんじゃない!たっぷりと食え!」

 そんな満面の笑みで言われてしまうと、断れる訳ありません。

 ですけど、フォークもナイフも無くてどうやって食べれば……

 そうなのです。ここには、フォークもナイフも無いのです。食器と呼べる物は、お肉が乗っているお皿だけで、周りを見れば手でお肉を掴んで食べている始末。テーブルマナーは一体何処へ。この際、テーブルマナーが何処へ旅に出たのかをきにしている場合ではありませんね。私は意を決し、既にもたれ始めている胃に喝を入れて、両手でお肉を掴んで齧り付き驚愕しました。

「いただきますっ!……むぐっ!?」

 一瞬、時が止まります。

 ……これは……一切味がしない!なんですかこれ!?本当に焼いただけなのですか!?このこってりとした濃厚な脂身と物凄く弾力のあるボリューミーなお肉は、噛み切れること無く口の中にいつまでも残り、噛めば噛むほど溢れ出る肉汁がより一層獣臭さを際立たせています。そうこれは、まるで生乾きの湿ったゴムを食べているかのような……

「うっぷ……あ、あのぉ……大変申し訳無いのですが……」
「む?なんじゃ?」
「いえ!確認したいことがあるのですが、お塩とかソースは無いのですか?」
「ソースとやらは解らぬが、塩ならこの前貰ったのがあるな。しかし塩なんてかけてしまったら、辛くて食べられないんじゃないか?」
「大丈夫です!少しだけでいいので塩を頂けないでしょうか!お願いします!」
「わ、わかった」

 私の必死な訴えを察してくれたのか、女性は塩を取りに足早に何処かへ消えていきました。

 しかし驚きました。まさか適切に下処理のされていないお肉が……こんなにも美味しくないなんて……

 目の前に座っている女の子は、未だこのゴムのようなお肉を美味しそうに食べています。その豪快な食べっぷりを怪訝な顔つきで眺めていると女の子と目が合いました。

「お姉ちゃん!おいしいね~!」
「う…うん」

 パァーッとお日様の様に笑う少女の口の周りは、お肉の汁と脂でギトギトベタベタでした。

 このような無垢な笑顔を向けられてしまっては、美味しくないなんて言える訳がありません!

 困惑しながらもなんとか話を合わせていると小さな壺を抱えた女性が戻ってきました。

「あったぞ。量は少ないが、これが村の者から貰った塩じゃ!これで良いか?」
「ありがとうございます!」

 小壷の蓋を開けてみると、中にはほんのり桃色に色付いお塩が入っていました。私はお塩を指で一摘みしペロリと舐めてみます。

 少し甘みがありますけど、うん!お塩ですね。それにこの色は岩塩でしょうか。あぁ、お塩が体に染み渡ります。

 塩の味を確認し、少しだけお肉にパラパラとかけます。これですこしはマシになるでしょう。案の定、まだお肉に臭みは多少残るものの、食べれないといった代物ではなくなりました。漸く食べ始めた私を見て、女性も安心したのか満足そうな笑みを浮かべ食事を再開しました。








 私の目の前にコトリとコップが置かれます。

「あの、これは?」
「ん?ああ、森で拾ったどんぐりを炒って作った茶じゃな」
「どんぐりのお茶ですか。」

 先程のお肉の丸焼き事件という悲劇を目の当たりにした私ですが、どんぐり茶であれば前の世界にもあったので、飲めない物ではない筈です。私は猫舌なので、フーフーと冷ましながら飲み始めました。一口飲めば身体が温まり、お肉の脂でギトギトになった口の中がさっぱりします。

「さてと、食事も済んだことだし改めて自己紹介といこうかの!ワタシの名はタルフェ、この子は娘のチルチルじゃ!お主、名はなんと申すのじゃ?」
「は、はい!私、清華院露子と申します。あの、この度は見ず知らずの私なんかを助けて下さいまして、ありがとうございました!」
「セイガインツユコか……名はどこからじゃ?」
「姓が清華院で名が露子です」
「ふむ、露子やお主はもしかして貴族の娘か何かか?」
「いえ、確かに普通の家とは少し違いましたが……あ、あの、それがなにか?」
「いやな、姓を持っているのは貴族の者と決まっておってな、あくまで人間の風習じゃが」
「は、はぁ……」
「すまん。話がそれたな。たしかにワタシはお主を助けたが、その前に娘のチルチルがお主に助けられておるんじゃ。だから礼は不要じゃ」
「そうなの!チルはお姉ちゃんに助けられたんだよ!」
「えっ!?で、でもワタシ……チルチルちゃんには先程あったばかりですが……」
「なるほどな。この姿では、初めてじゃな。これチルチル、見せておやり」
「は~い!」

 ムフフと、笑うタルフェさんが号令を飛ばすと、元気な声でチルチルちゃんがピョンと椅子から飛び降りました。

 何を見せてくれるんでしょう?

 気になった私が、屈みながら机の下に視線を移すと、ポフン!何かが小さく爆発する音がしました。

 えっ!?爆発したんですか?

 目をパチクリさせて困惑する私をよそに舞い上がった煙が晴れてきます。そして煙の中から現れたのは、あの時、一緒にいた狼の子供でした。その姿を見た私は、すぐさま椅子から飛び降りて紺色の狼に駆け寄ります。

「あの、この子……」

 じわりと目頭が熱くなるのを感じます。

「良かったです……私はこの子を助けられていたんですね……私だけ……助かってしまったのではないかと……不安だった…んです」

 この目の前の小さな命を助けることが出来ていたことに涙が溢れてきます。嬉しくて泣いていると、チルチルちゃんが心配そうな表情で近寄ってきて、私の手の上にその小さな足をそっと重ねました。

「お姉ちゃん、泣かないで……チルね、お姉ちゃんのおかげで助かったんだよ。あの時ね、チルね……ママに隠れてなさいって言われたんだけど、カラスさんたちにすぐに見つかっちゃってね……引っ掻かれたり、押さえつけられたりして、痛いからやめて!って言ってもやめてくれないし……もうダメ、誰か助けて!って思ったの。そしたらね、お姉ちゃんが来てくれてね……嬉しかったんだよ……」

 また、ポフンという音と共にチルチルちゃんが人の姿に戻りました。片方しか無い大きな目に大粒の涙を溜めながら、私の手の中にあるその小さな手は震えていました。

「だからねお姉ちゃん、あの時助けてくれて……本当にありがとう」
「うん……うん……」

 泣きながらも精一杯の笑顔でお礼を言うチルチルちゃんを、私は思い切り抱きしめて頭を撫でます。どれくらいそうしていたでしょうか。二人して、涙と鼻水で顔をクシャクシャにしているとタルフェさんが手をパンと打ち鳴らしました。

「まったく、いい加減それぐらいにしないか……」

 そう言うタルフェさんも少し泣きそうな顔をしていて、ギュッと私たちを抱きしめてくれました。

「本当に……二人共生きていてくれてありがとう」

 涙を流しながら抱きしめてくれるタルフェさんは、いい香りがしてすごく暖かかったです。





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