野生でもお嬢様は育ちますか?
ペリトとミウイとワイルドボア
「んん~、やっと晴れた!」
緑生い茂る森の中、そこには緑色の肌とルビーを彷彿とさせる赤い瞳を携えた、ゆるくウェーブのかかった金髪の女の子が、ぽかぽかの木漏れ日を浴びて伸びをしている。今日は朝から曇っていたけど、少し前にようやく雨雲が引いて太陽が顔を出した。お日様の光を浴びて、少し蒸されたように苔の匂いが漂う。
「おーいミウイ~、そっちあったか?」
声がした方を見ると、短髪栗毛の男の子が少し高い場所にある木の陰からひょっこり顔を覗かせていた。
「ペリト!ん~ダメ~!こっちには、ないみたい~。」
ペリトに向かって、両腕で大きくばってんのポーズを作り応えると、ヨイショヨイショとペリトが下りてくる。今私たちは、山菜を摂りに集落からほど近い森の中を散策中だ。近頃、山菜の分布が変わったのか採れる量がめっきり減ってしまっている。
「はぁ……今日はこのまま何も見つからないかもね~。どうしよ……畑の方も最近収穫量が落ちてるっていうしこのままじゃ……ん?ペリトあんた何持ってるの?」
「おっ?ニシシ!やっと気が付いたか!」
後ろ手に何かを持ちながら無邪気に笑うペリト。
「なによっ!勿体ぶってないで、早く見せなさいよっ!」
「あ~、わかった!わかったって!慌てんなよまったく。じゃ~ん!」
勿体つけながら、ペリトが沢山の白い球体を見せてくる。
「わぁ!これって、タマゴダケ?しかもこんなに沢山!どうしたの!?」
「すげ~だろ!さっき下の川の辺りを散策してたら、偶然タマゴダケの群生を見つけたんだ!」
「すごいすごい!もっと採りに行こう!」
「だろ?下にまだまだいっぱいあったから、持てるだけ持って帰ろうぜ!」
自信満々に鼻を高くするペリトだが、私は本当にすごいと思った。タマゴダケは、白い卵のような形をしたキノコで、味は名前の通り鳥の卵に似ている。とても栄養価が高くおいしいのだが、それと反比例するかのように見つけるのがすごく難しい。そもそも生態がよく解っていなくて、集落の大人に聞いても「たまに手に入れられれば幸運だぞ!」って言われていた。そんなタマゴダケの群生地を見つけたとあればもう。二人で興奮しながら川の方に降りてみると、そこには群生地の名にふさわしい程のタマゴダケが木の根元からポコポコと沢山生えていた。
「すごーい!こんなに生えてるの初めて見たよ!」
「へへーん!見つけたのは俺だからな!いつもはミウイの方が見つけるの上手いけど、今日は俺の勝ちぃ~!」
「むぅ~!でも、今日ばかりは私の負けね!ペリトすごい!えらい!」
「はっはっは!もっと褒めてくれたまえ!」
褒められて調子に乗ったペリトと二人で、ワイワイキャッキャしながら採集籠からナイフを取り出し準備をする。タマゴダケの採集は少しコツがいり、下の部分が木の根に張り付いているので綺麗に剥がさないと、本体が破けて中実がこぼれてしまうのだ。まぁしかし、ゴブリン族は森に長いこと住んでいるし、大人達にもいろいろな採集方法を教わっているため大丈夫でしょ!少し、ペリトは心配だけどね。そうして、二人してウサギの様にぴょんぴょん跳ねながら、タマゴダケを摂っていく。
「あちゃ~、また失敗した。」
「気をつけなさいよ!もっとこう根元の部分から剥がさないと!あっ!そんなところ切っちゃ……」
ペリトがナイフで切ると中身がこぼれ出し、タマゴダケはへにゃっとしてしまう。
「ああ~もう!もっと下だってば!」
「うう~、難しいな~。やっぱり、こういうところはミウイには勝てないな。」
「はいはい。もういいから。採ったタマゴダケを籠に入れてきてくれる?」
「おお!まかしとけ!全部籠に入れて持って帰ろうぜ!」
「ダメよ!全部取ったら、タマゴダケがなくなっちゃうわ!必要な分採ったら帰るわよ!」
「ちぇ~、まぁでもなくなっちまったら大変だな。よ~し!必要な分採ったら帰るぞっ!ミウイ!」
「それさっき私が言ったじゃない!ったく、本当に調子がいいんだから!」
へへへと笑うペリトにタマゴダケを運んでもらい、私は黙々と採集をする。タマゴダケと木の根の間すれすれにナイフの刃を当て、ピッっと切れ込みを入れる。卵部分を優しくつまみ、木の根に沿ってスッっとナイフを走らせる。
「ふぅ!これで百個くらい採れたかな?」
「おう!二つの籠がいっぱいになったから百個くらいあるぜ!きっと!」
結構採ったが、この群生地にはまだまだ沢山のタマゴダケが自生していて、全体の三分の一程度採ったところで、そろそろお昼を食べに帰るかと帰り支度を始める。二人で今日の群生地発見について話しながら片づけをしていると、急にペリトが振り返り森の奥を見つめだした。
「何か来る。」
「えっ?何かって?」
「わからないけど、すごく大きいやつだ。ミウイ急いでここを離れるぞ!」
真剣な顔でここは危険だと言うペリトに、いつもこうならかっこいいのにと思ってしまった。まぁ、そんなところも好きなんだけどね。いそいそと片づけを済ませて、すぐにその場を立ち去ろうとした時、森の奥からそいつが姿を見せた。毛むくじゃらで巨大な体躯、これまた大きな二本の牙を持つまだら模様の大猪だ。一目見ただけで頭が理解してしまう。あれは……
「ひっ!ワイルドボア!」
私は情けない声をだしてへたりとしゃがみこんでしまった。ワイルドボアは、見た目こそ猪だがその巨体とパワーは、ただの猪と比較にならないほど強く雑食性の凶暴な魔物で、森の殺し屋とも呼ばれている。主に身体強化の魔法を駆使し、その強さは単体でC級、群れだとA級討伐対象に指定されることもあるらしい。そんなものがまさか私たちの前に現れるとは、思ってもみなかった。
「シィッ!まだ気づかれてはいないな。ミウイ!川まで走るぞっ!でもまさか、ワイルドボアとはな。この辺にはいないはずなのに。」
「ペリト待って!今動いたら、見つかるわ。少し様子を見ましょ。」
見つかることを危惧し、二人して木陰に隠れて様子を伺う。ワイルドボアは、タマゴダケの群生地まで降りてきてフゴフゴと辺りの匂いを確認する。敵がいないと分かったのか、ワイルドボアが徐にタマゴダケに噛り付き貪り食っていく。
「ああ~……俺たちのタマゴダケが……あんな変な猪野郎にぃ……」
「静かにっ。私たちだけのタマゴダケじゃないわよっ。でも確かに変よね。」
「変って何がだよ?」
私は声のトーンを抑えながら疑問を口にした。
「だって、この辺でワイルドボアを見たなんて聞いたことないし、そもそもワイルドボアって群れで行動するんじゃなかったっけ?」
「確かにそうだな。一匹しかいないのは妙だぜ。てことは、流れか!」
「そうね。流れのワイルドボアなら一匹しかいないのも頷けるわ。それに、最近この辺りの山菜の数が減っていたじゃない?もしかすると……」
「あいつの仕業か!ゆるせねぇ!」
「だから静かにっ。しぃ~っ」
私の疑問にペリトが返し、的を射たと肩を怒らせ憤慨し始める。と同時に、パキッと勢いよく小枝を踏み抜いた。
「「あっ」やべっ……」
苦笑いをしながら舌を出すペリト。と、その瞬間ムシャムシャとおいしそうにタマゴダケを食べていたワイルドボアが私たちの方へ振り向き目が合う。
「「……」」
無言の空気が流れる。
「プゴォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
怒り狂ったように目を血走らせたワイルドボアが、雄たけびを上げて猛烈に突進してくる。
「きゃぁぁぁぁ!」
「走れミウイ!川の方だっ!」
「でも、ペリトは!?」
逃げろと命令しておいて自分は逃げようとしないペリトに焦りを感じた。まさか囮になる気じゃ。
「風の魔法で時間を稼ぐ!いいから行けっ!【我は命じる。一陣の風よ。我が矢となり敵を貫け!】エアリアルアロー!!」
真剣な顔で囮になると言うペリトに、有無を言わさず木陰からドンっと押し出され、風の集まる音と共に私は川に向かって走りだす。最後に見たペリトの雄姿は、風の矢を放っていて、不謹慎ながら少しキュンっとしてしまった。あの歳であれだけの魔法を使えるペリトはやはり天才だ。私はペリトの無事を願いながら全力で走る。
「ペリト……お願い。どうか無事でいて……」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!無事だけどやっぱり無理ムリむりぃぃぃ!普通に魔法弾かれたぁぁぁぁ!アイツ硬すぎィ!喰われるぅぅぅ!」
「……」
「おい!なんだその目はぁぁぁぁ!子供の魔力だぞ!無理だろあんなの!」
叫びながら、全速力で並走してくるペリトを真顔で見つめる私だが、今はそんなことをしている場合じゃない!地響きと共にワイルドボアがすごい勢いで距離を縮めてくる。
「プゴォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
「ひぃぃぃぃ!追いつかれるぅぅぅ!」
「あんたさっき「俺が囮になる!」ってかっこよく言ってたじゃない!」
「言ってません~!時間を稼ぐって言っただけですぅ!」
二人して、そんなどうでもいい言い争いをしながら振り返ると、すぐ後ろに涎をダラダラ垂らす狂った鬼のような形相のワイルドボアが迫っていた。あれ?なんか泣きそうなんですけど。
「うぉぉぉぉぉ!怖えぇぇぇぇぇ!」
「いやぁぁぁ!本当にムリぃ!もうこれ以上走れないよ~!」
捕まりたくないと泣きべそをかきながら全力で走る私たち。
「見えたぞ川だ!ミウイ飛び込め!」
その言葉を合図に間一髪、二人して川に飛び込むことに成功する。飛び込んだ瞬間、ズザザーッと地面を擦りながらワイルドボアが減速したのが解った。
「ぷはっ!なに!?どうなったの!?私たち助かったの?」
「ごほっごほっ!みたいだな。」
ブクブクと川の中から顔を出すと、眼前の川岸に今だ興奮したワイルドボアがいたが、川には入ろうせず辺りをウロウロしていた。
「確かワイルドボアって水が苦手なんだよ。だから、川の中までは入ってこれない筈。やーい!バーカバーカ!」
「へぇ~よく知ってるわね。って、ペリト!やめなさいよ!怒って、もしも川に入ってきたらどうするの?」
「うっ……それはまずいな。やめておこう。」
それから暫くの間睨み合いが続き、やっと諦めたのか去っていくワイルドボアを見送って、漸く私たちはホッと胸を撫で下ろした。
「やっといなくなったわね……」
「ああ……やっとだな。ったくしつこ過ぎるぜ。」
「同感。まぁ。命が助かっただけでも……って、タマゴダケ……ごめんなさい。私、持ってくるを忘れちゃったわ……」
今更ながら、採取したタマゴダケを籠ごと忘れてきたことに愕然とする。せっかく沢山採ったのに……とシュンとしていると。
「ん?あ~!タマゴダケなら持ってきたぞ!ミウイは、これ忘れたら凹むだろうなと思ってさ!」
ペリトはそう言うなり、川の中から籠を二つ引き上げた。
「逃げてる最中に少し落ちちまったけど、まだ沢山入ってるだろ?」
どうやらペリトは、逃げることしかできなかった私の為に、籠を拾ってくれていたようだった。しかも、二つともだ。本当にペリトはかっこいい。大好き。じんわりと胸の中が熱くなる。
「ペリトすごいよ!えらい!よく籠を二個も持って走れたわね!よっこの体力馬鹿!それに比べて……私は……」
「ニシシ!なんだか最後のは褒められてる感じはしないけど、俺にとっちゃこんなの朝飯前よ!っておい泣くなよ!」
「ペリト……本当にありがとう。」
感謝の言葉を口にし泣く私の手をペリトは優しく引いて、そろそろ帰るかと言った。暫くして、泣き止んだ私とペリトはワイルドボアがいる森を少し遠回りして帰ることにした。色々な話をしながら。
緑生い茂る森の中、そこには緑色の肌とルビーを彷彿とさせる赤い瞳を携えた、ゆるくウェーブのかかった金髪の女の子が、ぽかぽかの木漏れ日を浴びて伸びをしている。今日は朝から曇っていたけど、少し前にようやく雨雲が引いて太陽が顔を出した。お日様の光を浴びて、少し蒸されたように苔の匂いが漂う。
「おーいミウイ~、そっちあったか?」
声がした方を見ると、短髪栗毛の男の子が少し高い場所にある木の陰からひょっこり顔を覗かせていた。
「ペリト!ん~ダメ~!こっちには、ないみたい~。」
ペリトに向かって、両腕で大きくばってんのポーズを作り応えると、ヨイショヨイショとペリトが下りてくる。今私たちは、山菜を摂りに集落からほど近い森の中を散策中だ。近頃、山菜の分布が変わったのか採れる量がめっきり減ってしまっている。
「はぁ……今日はこのまま何も見つからないかもね~。どうしよ……畑の方も最近収穫量が落ちてるっていうしこのままじゃ……ん?ペリトあんた何持ってるの?」
「おっ?ニシシ!やっと気が付いたか!」
後ろ手に何かを持ちながら無邪気に笑うペリト。
「なによっ!勿体ぶってないで、早く見せなさいよっ!」
「あ~、わかった!わかったって!慌てんなよまったく。じゃ~ん!」
勿体つけながら、ペリトが沢山の白い球体を見せてくる。
「わぁ!これって、タマゴダケ?しかもこんなに沢山!どうしたの!?」
「すげ~だろ!さっき下の川の辺りを散策してたら、偶然タマゴダケの群生を見つけたんだ!」
「すごいすごい!もっと採りに行こう!」
「だろ?下にまだまだいっぱいあったから、持てるだけ持って帰ろうぜ!」
自信満々に鼻を高くするペリトだが、私は本当にすごいと思った。タマゴダケは、白い卵のような形をしたキノコで、味は名前の通り鳥の卵に似ている。とても栄養価が高くおいしいのだが、それと反比例するかのように見つけるのがすごく難しい。そもそも生態がよく解っていなくて、集落の大人に聞いても「たまに手に入れられれば幸運だぞ!」って言われていた。そんなタマゴダケの群生地を見つけたとあればもう。二人で興奮しながら川の方に降りてみると、そこには群生地の名にふさわしい程のタマゴダケが木の根元からポコポコと沢山生えていた。
「すごーい!こんなに生えてるの初めて見たよ!」
「へへーん!見つけたのは俺だからな!いつもはミウイの方が見つけるの上手いけど、今日は俺の勝ちぃ~!」
「むぅ~!でも、今日ばかりは私の負けね!ペリトすごい!えらい!」
「はっはっは!もっと褒めてくれたまえ!」
褒められて調子に乗ったペリトと二人で、ワイワイキャッキャしながら採集籠からナイフを取り出し準備をする。タマゴダケの採集は少しコツがいり、下の部分が木の根に張り付いているので綺麗に剥がさないと、本体が破けて中実がこぼれてしまうのだ。まぁしかし、ゴブリン族は森に長いこと住んでいるし、大人達にもいろいろな採集方法を教わっているため大丈夫でしょ!少し、ペリトは心配だけどね。そうして、二人してウサギの様にぴょんぴょん跳ねながら、タマゴダケを摂っていく。
「あちゃ~、また失敗した。」
「気をつけなさいよ!もっとこう根元の部分から剥がさないと!あっ!そんなところ切っちゃ……」
ペリトがナイフで切ると中身がこぼれ出し、タマゴダケはへにゃっとしてしまう。
「ああ~もう!もっと下だってば!」
「うう~、難しいな~。やっぱり、こういうところはミウイには勝てないな。」
「はいはい。もういいから。採ったタマゴダケを籠に入れてきてくれる?」
「おお!まかしとけ!全部籠に入れて持って帰ろうぜ!」
「ダメよ!全部取ったら、タマゴダケがなくなっちゃうわ!必要な分採ったら帰るわよ!」
「ちぇ~、まぁでもなくなっちまったら大変だな。よ~し!必要な分採ったら帰るぞっ!ミウイ!」
「それさっき私が言ったじゃない!ったく、本当に調子がいいんだから!」
へへへと笑うペリトにタマゴダケを運んでもらい、私は黙々と採集をする。タマゴダケと木の根の間すれすれにナイフの刃を当て、ピッっと切れ込みを入れる。卵部分を優しくつまみ、木の根に沿ってスッっとナイフを走らせる。
「ふぅ!これで百個くらい採れたかな?」
「おう!二つの籠がいっぱいになったから百個くらいあるぜ!きっと!」
結構採ったが、この群生地にはまだまだ沢山のタマゴダケが自生していて、全体の三分の一程度採ったところで、そろそろお昼を食べに帰るかと帰り支度を始める。二人で今日の群生地発見について話しながら片づけをしていると、急にペリトが振り返り森の奥を見つめだした。
「何か来る。」
「えっ?何かって?」
「わからないけど、すごく大きいやつだ。ミウイ急いでここを離れるぞ!」
真剣な顔でここは危険だと言うペリトに、いつもこうならかっこいいのにと思ってしまった。まぁ、そんなところも好きなんだけどね。いそいそと片づけを済ませて、すぐにその場を立ち去ろうとした時、森の奥からそいつが姿を見せた。毛むくじゃらで巨大な体躯、これまた大きな二本の牙を持つまだら模様の大猪だ。一目見ただけで頭が理解してしまう。あれは……
「ひっ!ワイルドボア!」
私は情けない声をだしてへたりとしゃがみこんでしまった。ワイルドボアは、見た目こそ猪だがその巨体とパワーは、ただの猪と比較にならないほど強く雑食性の凶暴な魔物で、森の殺し屋とも呼ばれている。主に身体強化の魔法を駆使し、その強さは単体でC級、群れだとA級討伐対象に指定されることもあるらしい。そんなものがまさか私たちの前に現れるとは、思ってもみなかった。
「シィッ!まだ気づかれてはいないな。ミウイ!川まで走るぞっ!でもまさか、ワイルドボアとはな。この辺にはいないはずなのに。」
「ペリト待って!今動いたら、見つかるわ。少し様子を見ましょ。」
見つかることを危惧し、二人して木陰に隠れて様子を伺う。ワイルドボアは、タマゴダケの群生地まで降りてきてフゴフゴと辺りの匂いを確認する。敵がいないと分かったのか、ワイルドボアが徐にタマゴダケに噛り付き貪り食っていく。
「ああ~……俺たちのタマゴダケが……あんな変な猪野郎にぃ……」
「静かにっ。私たちだけのタマゴダケじゃないわよっ。でも確かに変よね。」
「変って何がだよ?」
私は声のトーンを抑えながら疑問を口にした。
「だって、この辺でワイルドボアを見たなんて聞いたことないし、そもそもワイルドボアって群れで行動するんじゃなかったっけ?」
「確かにそうだな。一匹しかいないのは妙だぜ。てことは、流れか!」
「そうね。流れのワイルドボアなら一匹しかいないのも頷けるわ。それに、最近この辺りの山菜の数が減っていたじゃない?もしかすると……」
「あいつの仕業か!ゆるせねぇ!」
「だから静かにっ。しぃ~っ」
私の疑問にペリトが返し、的を射たと肩を怒らせ憤慨し始める。と同時に、パキッと勢いよく小枝を踏み抜いた。
「「あっ」やべっ……」
苦笑いをしながら舌を出すペリト。と、その瞬間ムシャムシャとおいしそうにタマゴダケを食べていたワイルドボアが私たちの方へ振り向き目が合う。
「「……」」
無言の空気が流れる。
「プゴォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
怒り狂ったように目を血走らせたワイルドボアが、雄たけびを上げて猛烈に突進してくる。
「きゃぁぁぁぁ!」
「走れミウイ!川の方だっ!」
「でも、ペリトは!?」
逃げろと命令しておいて自分は逃げようとしないペリトに焦りを感じた。まさか囮になる気じゃ。
「風の魔法で時間を稼ぐ!いいから行けっ!【我は命じる。一陣の風よ。我が矢となり敵を貫け!】エアリアルアロー!!」
真剣な顔で囮になると言うペリトに、有無を言わさず木陰からドンっと押し出され、風の集まる音と共に私は川に向かって走りだす。最後に見たペリトの雄姿は、風の矢を放っていて、不謹慎ながら少しキュンっとしてしまった。あの歳であれだけの魔法を使えるペリトはやはり天才だ。私はペリトの無事を願いながら全力で走る。
「ペリト……お願い。どうか無事でいて……」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!無事だけどやっぱり無理ムリむりぃぃぃ!普通に魔法弾かれたぁぁぁぁ!アイツ硬すぎィ!喰われるぅぅぅ!」
「……」
「おい!なんだその目はぁぁぁぁ!子供の魔力だぞ!無理だろあんなの!」
叫びながら、全速力で並走してくるペリトを真顔で見つめる私だが、今はそんなことをしている場合じゃない!地響きと共にワイルドボアがすごい勢いで距離を縮めてくる。
「プゴォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
「ひぃぃぃぃ!追いつかれるぅぅぅ!」
「あんたさっき「俺が囮になる!」ってかっこよく言ってたじゃない!」
「言ってません~!時間を稼ぐって言っただけですぅ!」
二人して、そんなどうでもいい言い争いをしながら振り返ると、すぐ後ろに涎をダラダラ垂らす狂った鬼のような形相のワイルドボアが迫っていた。あれ?なんか泣きそうなんですけど。
「うぉぉぉぉぉ!怖えぇぇぇぇぇ!」
「いやぁぁぁ!本当にムリぃ!もうこれ以上走れないよ~!」
捕まりたくないと泣きべそをかきながら全力で走る私たち。
「見えたぞ川だ!ミウイ飛び込め!」
その言葉を合図に間一髪、二人して川に飛び込むことに成功する。飛び込んだ瞬間、ズザザーッと地面を擦りながらワイルドボアが減速したのが解った。
「ぷはっ!なに!?どうなったの!?私たち助かったの?」
「ごほっごほっ!みたいだな。」
ブクブクと川の中から顔を出すと、眼前の川岸に今だ興奮したワイルドボアがいたが、川には入ろうせず辺りをウロウロしていた。
「確かワイルドボアって水が苦手なんだよ。だから、川の中までは入ってこれない筈。やーい!バーカバーカ!」
「へぇ~よく知ってるわね。って、ペリト!やめなさいよ!怒って、もしも川に入ってきたらどうするの?」
「うっ……それはまずいな。やめておこう。」
それから暫くの間睨み合いが続き、やっと諦めたのか去っていくワイルドボアを見送って、漸く私たちはホッと胸を撫で下ろした。
「やっといなくなったわね……」
「ああ……やっとだな。ったくしつこ過ぎるぜ。」
「同感。まぁ。命が助かっただけでも……って、タマゴダケ……ごめんなさい。私、持ってくるを忘れちゃったわ……」
今更ながら、採取したタマゴダケを籠ごと忘れてきたことに愕然とする。せっかく沢山採ったのに……とシュンとしていると。
「ん?あ~!タマゴダケなら持ってきたぞ!ミウイは、これ忘れたら凹むだろうなと思ってさ!」
ペリトはそう言うなり、川の中から籠を二つ引き上げた。
「逃げてる最中に少し落ちちまったけど、まだ沢山入ってるだろ?」
どうやらペリトは、逃げることしかできなかった私の為に、籠を拾ってくれていたようだった。しかも、二つともだ。本当にペリトはかっこいい。大好き。じんわりと胸の中が熱くなる。
「ペリトすごいよ!えらい!よく籠を二個も持って走れたわね!よっこの体力馬鹿!それに比べて……私は……」
「ニシシ!なんだか最後のは褒められてる感じはしないけど、俺にとっちゃこんなの朝飯前よ!っておい泣くなよ!」
「ペリト……本当にありがとう。」
感謝の言葉を口にし泣く私の手をペリトは優しく引いて、そろそろ帰るかと言った。暫くして、泣き止んだ私とペリトはワイルドボアがいる森を少し遠回りして帰ることにした。色々な話をしながら。
コメント