野生でもお嬢様は育ちますか?

石堂雅藍

出会いⅡ

 何故だ!
 ワタシは今、とても焦っている。奴らを何匹殺しても一向に立ち去ろうとしないのだ。おかしい……カラスどもとて其れなりに頭が切れる連中だ。只の獲物を狩るだけなら、もう既に損害の方が上回っている筈なのに、何故まだ向かって来る。考えろ!きっと普段のカラスどもと何かが違う。

「何度向かってきても、無駄じゃ!」

 幾度となく放った落雷の魔法で、カラスたちは呆気なく翼を捥がれ大地に転がる。作業のような攻撃を繰り返しながらも、この違和感がなんなのかを思考しながら、三十羽目のカラスを落としたところではたと気付いてしまった。気付いてから、なんと残酷な事実なのだろうかと心臓がこ凍りつくのを実感する。まさか、いやそんなまさか……あるはずが無い。一匹の小さな狼ごときを喰らうため、たったそれだけの為にこれだけの数の仲間を犠牲にしたというのか。

 まずいまずいまずい!!
 娘から離れ過ぎている。ちぃっ!これが狙いじゃったか!今し方、カラスを葬った場所から、踵を返し全速力で娘が身を潜めた場所まで駆ける。自分たちの思惑に気付かれたカラスたちも、行く手を阻むかのようにタルフェの前に躍り出る。

「このぉ羽虫どもぉぉ!邪魔じゃ退けぇ!」

 渾身の魔力を込め放った特大の落雷が一帯を白く染め上げ、タルフェは速度を緩める事なくその中に突っ込む。この規模の魔法を受けて存在している者などある筈もなく一帯は焼け野原と化した。魔法を放ったタルフェ自身も例外なく火傷を全身に負うものの、今踏ん張らねば娘が危ないと走った。

 もうすぐだ。もうすぐで娘のいる所に辿り着く。思うと随分と引き離されていたのだな。草原を貫く一陣の風の如く疾走し、そしてついにソレを捉える。いや、捉えてしまった。この身の驚異的な嗅覚が夥しいほどの血の匂いを知覚し、この先の結末を見たくないと脚が止まりそうになる。

「お願いだ。どうか無事でいてくれ。」

 タルフェは必死に冀う。だが、無情にも目の前に広がるのは、緑の草原に紅い華が咲き乱れたかの様な血溜まりに無数のカラスが群がる光景であった。あの夥しい程の血の量では生きてはいないと、すぐにわかった。あぁ、忌々しい。憎らしくて堪らない。愛する我が子をこんなカラスどもの糧にしてしまった自分が。もう何も考えまい。守るものを失い、愛する者は霧の様に霧散してしまった。もう良い…もう沢山だ……。ハエどもめ、全て消えて無くなれ。その後は、タルフェによるカラスの虐殺が始まる。タルフェの咆哮を皮切りに落雷の魔法を放つ。

 カラスたちの抵抗虚しく、半刻と時を置かずして決着がつき、最後の一羽はタルフェの牙によって頭と胴体が切り離された。

「全て終わったぞ、チルチルよ。愚かな母を許しておくれ。」

 独り立つ戦場で涙を流し、血溜まりへと歩を進める。見れば見るほど地獄の様な有様だった。赤々とした草むらにカラスどもの死骸、最後に一矢報いたのだなと血溜まりの中心にある我が子の亡骸に目をやる。しかしそこに我が子はおらず、全身を血だらけにした人の子が横たわっていた。我が子だと思っていたソレが人の子だった事に驚きを隠せず、恐る恐る人の子を転がしてみる。

「うぐぅ……」

 驚いた、まだ生きているのか。身体中の傷は見るからに酷く、生きているのが不思議なくらいなのに、呻いたぞ。どれ顔を拝んでみるかと好奇心から覗きこんで、ゾッとした。そこに在るべき二つの目の片方が抉られていて無かったのだ。

「真に悪趣味な。これは酷いな……カラス共の仕業か……」

 これでは、どのみち永くは生きられないだろうに。
 きっと生きたまま目を啄まれたのだろう。カラス共のやりそうな事だ。本来カラスは、屍肉をくらう。たまに狩りもするが、奴らには獲物に対する敬意などというものは微塵も存在しない。可哀想ではあるが、ただの慰みにされたのだ。しかし人の子がなぜこんな所に居るのだ?このニルベスクの平原は間違っても人の子が迷い込む場所ではないのだが。人の子の残った方の目が開く。

「おわ……た……で……すか……」
「あぁ……終わったぞ。ところで人の子よ、お主は何者じゃ。」

 もはや、虫の息と言っていいほどの姿を見つめながら、問いかける。

「すまぬが、この近くで我が子の骸を見なかったか……」

 そうだ。人の子より、我が子だ。確かに、この辺りに隠れたはずなのだがと、辺りを見渡す。

「あな…た…が……この…子……おかあ…さま…で…すか…」

 途切れ途切れながらも、声を振り絞り人の子が腕の中を見せてくる。ふと娘が抱え込んでいるモノに視線をやると、そこに納まっている愛おしい我が子を見つけ、心臓が飛び跳ね叫んでいた。

「チルチル!」

 喜んでいる場合ではない。まずは、我が子が生きているのか死んでしまっているのか確かめねば。呼吸は……している!傷の方は……もう血も止まっておるか。うっ……チルチルも片目をやられておるな。あとは……と、他にも傷がないか探していると人の子に声をかけられた。

「たす……け……ら…れま……た……か?」
「ああ。ああ!生きておるぞ!」

 ワタシがはっきりと応えると人の子は安心したのか、そうですかと目を閉じて動かなくなってしまった。不思議なもので、我が子の怪我も見るに耐えないが、傷を見る限りもう既に塞がりつつある。傷が出来てから幾ばくかの刻が経っているのだな。この人の子が、我が子に覆いかぶさって守ってくれていたのだとすぐにわかった。

 しかし本当に不思議だ。人の子が魔物を命懸けで守るだなんて話は、長年生きて来て初めての事だ。元来、人と魔物は相入れぬ存在で、この長い歴史の中でも争いが絶えない。人とは、魔物然り、亜人然り、自分たちと違うものを受け入れることが出来ない生き物なのだ。しかし、今目の前で死にかけている人の子は、現に娘を助けてくれた。頭の中でグルグルと今までの常識が、今起きている現実と鬩ぎ合う。何者かは判らぬが、この小さき者は人の理を逸脱した存在なのだろうか。

 すこし興味が出て来たと考えを巡らせていると、我が子が小さく呻く。いかん、チルチルとて生きてはいるが瀕死なのじゃ!早く連れて戻らねば!急いで我が子を咥え、森にある我が家へ帰ろうと走り出すも、脚を止めふり返える。このまま、あやつを放置すれば一刻もしないうちに確実に死ぬだろう。しかし、我が子を助けて貰った恩もあるのに、死なせてしまって良いものだろうか?いや、死なせたとあらば賢狼の名折れだなと考え直し、すぐさま人の子も背に乗せてウベスクの森へと走り出した。



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