野生でもお嬢様は育ちますか?

石堂雅藍

プロローグ

 プロローグⅠ

 曇天の空、日中はあんなに晴れていたのに空の端に鈍色の雲が出始めたと思ったらこれだ。雨が来る前に戻るかと思案していたのもつかの間、見る見るうちに雷鳴が鳴り響きポツポツと降り始めた雨。心なしか先程よりも雨脚が早くなっている。今は季節的にも晴れの日が続くはずだと言うのに……
 ワタシはどこで間違ったのだ。こんなことなら今日は巣穴近くで娘と遊んでジッとしていればよかった。可哀想に、娘はワタシの腹の下でプルプル震えてしまっている。さっきまで明るくはしゃいでいた娘のことを思うと見ていられなくて、鋭い視線を上空に向け呟く。

「カラスどもめっ……」

 鈍色の空を覆い尽くすかの様に、五十以上はいるであろう鳥の群れが舞っている。なぜ屍肉喰らいのカラスどもがこんなところを群れで飛んでいるのか、もしや近くで戦でもあったかなどと考察している間にもギャアギャアと獲物を見つけたとでも言わんばかりに上空を旋回している。

 あいつら一羽一羽は然程脅威ではない。が、やつらは群れる。特にこういった雨の日で近くに戦場があった場合、死肉の臭気が蒸れて上空に飛散するのか、夥しい数のカラス共が集まってくる。そうなると脅威度は変わってくる。多勢に無勢ってやつだ。いや、しかし賢狼とも畏怖されるワタシならばやはりそこまでの脅威にはならぬであろう。でも、今は…今だけはダメだ。娘はまだ何も出来ないのだ。なにもこのような日にカラス共に出会わなくてもよいであろうに。戦うか……否、戦いはなんとしてでも避けたい。何度も言うが多勢に無勢すぎる。しかも、こちらは守らねばならぬ娘が居る。逃げるにしても奴らに背を向けては、途端に襲いかかられて、とてもではないが森までは保たぬであろうな……。となると、戦わずして勝つ。どうにかして追い払わねばなるまい。

「屍肉喰らいどもよ早う逝ね!ワタシはウベスクの賢狼ぞ!あまり怒らせるでない!」

 白銀の体毛を逆立て牙を見せながらの威嚇をしてみるが、数という絶対的有利な立場からかゲスに満ちた笑い方をするカラス共。こうなっては、多少無謀であっても見せしめに二、三十羽程目の前で引き裂いてやらねばならない。さて、その間娘をどうするか。最近ようやく言葉を理解し始めたばかりでこの危機的な状況、ワタシが死ぬことはないが娘は一度狙われればもう助からないだろう。どうか死なないでおくれと願いながらも、娘へ無謀と解りつつ最後になるかもしれない言葉を紡ぐ。

「チルチルや今から母は奴らを屠るから……どうか絶対に見つからないよう隠れておいで……できるだけ草木の深いところでね」

 自分では優しく怖がらせないように諭すように喋っているつもりだが、あ~多分ワタシは今一生のうちで一番ひどい顔をしているであろうな。娘も理解したと言わんばかりにコクリと頷く。三百年生きてきてこんなにまでも愛おしい存在があったであろうか。それが今、この時で命が終わってしまうかもしれない、そんなことを考えてしまうと四肢から一気に力を失いそうで、空吹いてから自分自身に絶対に死なせないと言い聞かせる。震える娘の身体を鼻先で押してさぁおゆきと送り出す。それを合図に娘が全速力で飛び出し少し背の高い草むらに飛び込むのを確認すれば狩りの始まりだ。

 頭の上ではブンブンと煩い蠅の様に、小さいのが逃げた、あっちの方が肉が柔らかそうで美味そうと馬鹿な鳥頭達が喚いている。煩い。誰が娘の方に行かせるものか。今まで出したことのないような咆哮でもってカラス共を迎え撃つ。こうしてワタシのワタシだけの闘争が始まった。お願いだ、今だけでいい、娘を守る力を……どうか……どうか…。






 プロローグⅡ

 ふと、とても悲しい夢を見たような気分になり目が覚める。なんでしょうか。悲しいのだけれども、すごく大きな母の愛情を感じられて少し感傷的な気分で目が覚める。なんだか最近、すごく母というものに惹かれます。
 お母様は、私を産んですぐに他界してしまったそうです。元々身体が弱くとても難産であった為に体力を使い果たしてしまったとお父様が言っていらっしゃいました。私が高校生になった節目の十六歳の誕生日にお父様から聞かされました。その話を聞いて、はじめはひどく落ち込みましたが、お父様がお母さんの事は残念だったけれども、お前が元気に生まれてきてくれて本当に良かったと仰って下さいました。私はそんなお父様の為にも清華院家の為にも精一杯生きていかなければと胸の奥に誓いを建てました。お母様見ていて下さい。露子は確りと清華院家に相応しい跡取りになってみせます。
 あら、ご挨拶が遅れましたわ。私の名前は「清華院 露子」父の名は「清華院 為衛門」で清華院家は平安時代から続くそれはそれは由緒正しきお家だそうです。なぜ人ごとの様に言うのかといいますと、お父様と私にとって家柄に然程の価値も抱いていないことが挙げられます。でも住む家は大事なので然程というのも語弊がるかもしれませんね。で、現清華院家が一番大事にしているものが心根の在処なのです。先々代より受け継がれている我が家の大事な家訓。それが「弱き者を助け悪を挫く」。そんな我家で数多の習い事と高校生活の日々を送っています。

 そんな充実した日々を送っていた私もついに二年生に上がり一層の努力を持って励まねばと決意を新たに本日も学校に向かいます。

「お父様ー、昭恵さーん行ってきますねー!」

 お父様と乳母兼家政婦の昭恵さんに行ってきますの挨拶をして玄関を出ます。玄関の戸を横に引くとカラカラと小気味よい音と共に眩しい朝の日差しが降りかかります。

「んん~、今日も良いお天気です。」

 玄関から門まで歩くこと十五分、駐車場でお父様の運転手の曽根さんが車を洗っています。黒くてピカピカの、あの車はなんと言ったかしら?ロールケーキの様な名前の……う~んと唸っていると曽根さんから挨拶をされてしまった。

「露子お嬢様、おはようございます。今日は一段とお早いご登校なのですね。」
「ごきげんよう曽根さん、おはようございます。そうなのです、今日は私日直の当番の日ですのよ。」
「日直ですか。なんだかその響きだけで懐かしゅうございますね。」
「あらあら、うふふ。曽根さんはまだまだお若いじゃないですか。」
「いえいえ、私ももう年でございますよ。おっと、日直の方を此処でいつまでも足止めしてはクラスの皆さまにご迷惑がかかってしまいますね。お気をつけていってらっしゃいませ。お嬢様。」
「まだまだ時間には余裕があると思いますけど、そうですね。クラスの方達の為にも、頑張ってお勤めを果たさなければ!いってきます!」

 頼りないながらも白い細腕でフンスッとガッツポーズをとると、曽根さんはフフフと微笑みながら、頑張ってお嬢様と言ってくださいました。朝からすごいやる気が出てまいりました。

 曽根さんと朝の挨拶をし門まであとすこし、私の家は門から玄関まで三十分程の道程があり学校までは自転車で通学しております。
「朝は他の学友の子たちと同じように登校しなさい。車での登校など以ての外。」という我が家の教育方針で自転車通学が義務付けられています。下校の際は外が暗くなるようでしたら車を呼ぶように言いつけられていますので、クラスの行事にも無理なく参加できます。
 お父様曰く、学友とは一生の友になる者たちなので学院に通っている間は皆と同じように過ごしなさいとのことです。私もとても素晴らしい考えだと思いました。パーティなどで他のお嬢様方のお話をお聞きすると、どうしても学校の行事はお家の都合で疎かになりがちだと言っていらしたので、私は本当に恵まれていると思います。

 さて、ようやく私の自転車の前まで到着いたしました。真っ赤な車体でクリーム色のカゴに茶色いサドル。いつもピカピカに磨かれているようなきれいな色にうっとりしてしまいます。この自転車は高校生になって初めて買ってもらったもので、中学生の頃は危ないからダメと言われてしまっていたのですが、高校生になって自転車で通学しなさいと言われた時は心が跳ね上がるほど嬉しかったのを覚えています。

 この自転車ですが、清華院家の前の通りを左に行き一つ目の信号を右に曲がった先にある商店街の吉野サイクルさんで購入いたしました。初めてお店に入るとそこには、ずらっとピカピカの自転車が並んでおりそれはもう圧巻の一言でした。私とお父様がどんなのが良いか話しながら見て回っていると血相を変えて吉野のおじ様が対応してくださったのを今でも覚えています。私達が知らない自転車の知識をたくさん教えてくださり、自転車に乗るコツや練習にも付き合ってくださいました。どうしてこんなに親切にしてくれるのでしょう?と思ってお父様に聞いてみると、どうやらこの辺で私達を知らない者はいないんじゃないかな?とのことでした。なるほどと思いつつも、私が自転車に初めて乗れた時は吉野のおじ様もすごく喜んでくれて2人で涙を流したのは良い思い出です。数日後に、感謝とお礼の意味を込めてお花とお菓子を持っていくと、吉野のおじ様はまた泣いてしまいました。そんなことを思い出しているとまた涙が出そうです。

 いけない私ったら、学院の登校前に泣く者がいますか。
 セーラー服のスカートのポケットから自転車の鍵を取り出して、鍵穴に入れカチャリと回せば、この自転車は露子の物だよと言わんばかりにカシャンと音を立ててロックが外れる。まだ一年しか乗っていないけれど、すごく愛着のある私の自転車。そんな他愛もない事を考えながら気高き花は言う。

「いってきます。」

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