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【ゆずぽん:失恋して目覚めたら、異世界にいました】

 5月11日午前0時過ぎ。仕事から帰った僕、冴島さえじま つとむは服も着替えずにベッドに倒れこんだ。

 疲れた……もう働きたくない。

 19歳になった僕は、コールセンターで毎日クレーム処理をしていた。電話口で客に怒鳴られ続けの日々……もし処理できなかった時は、上司から”使えない奴”のレッテルが貼られる。

 ただの派遣社員だし辞めてやる……

 何度もそう思ったが、いざ辞めると僕は生きていけない。貯金もないし、一人暮らしの僕を養ってくれる人なんていない。親にはニートを育てた覚えはないと言われ、追い出されてしまった。高校も行かずにダラダラしてたは認めるけど少しひどいと思う。

 何の為に毎日働いてるんだろう……とにかく寂しいし、虚しい……



 そんな僕にも唯一の楽しみがある。いや、今日の帰り道まではあった…と言った方が正しいか。
 その楽しみが職場の先輩、桃瀬ももせさんだ。スラっとしたスタイル…からだのラインが分かるスーツ姿…ゆるいウェーブのかかったロングヘアー……清楚でちょっぴりセクシーなところが素晴らしい。

「気にすることないよ冴島くん……ファイトだよっ!」
 毎日そう言って僕に微笑みかけてくれる。
 電話口から聞こえる怒号と、謝り続けるだけの同僚達の声。さらに上司からの叱責……そんなゴミ溜めみたいな職場に咲く一輪の花……いや、無償の愛をくれる「女神」だ。この言い方は我ながら気持ち悪いな……

 とにかく、桃瀬さんがいるから辞めずに耐えれた……今日までは。


 帰り道。23時まで残業させられた僕は会社を出て、人通りが少ないオフィス街をひとり歩いていた。晩ご飯は手早く食べれるものにしよう
 ……なんて考えていると、桃瀬さんがスーツ姿の男性と腕を組んで歩いていた。
「そうだよな……」
 独り言が漏れた。「女神」に恋人がいる可能性を薄々感じていたが、僕は気づかないフリをし続けていた。
僕自身、外見は悪くないほうだと思う。中学のころはモテたし、告白も何回かされた。だからこそ、僕と桃瀬さんが付き合う……なんて妄想をしたこともあった。そんな淡い期待が崩れ去った……



「みっともないな…僕」
 ベッドに寝ころびながら自己嫌悪に陥る。そりゃあ19歳の中卒派遣社員の僕より、隣にいた男の方がいいよな……男の人が着てたスーツ高そうだったし、大人な雰囲気でお似合いだったし……
 あの会社は辞めよう……そう思うと変にテンションが上がってきた。

「会社に行かないから早起きしなくていいんだ! 今日はまだまだ遊べる!」
 急に元気が出た僕は、パソコンのスイッチを入れた。



 MMORPG……俗にいうネトゲ。僕は【フェアリア・オンライン】をこの数年間プレイしている。ここ1年くらいはログインしてなかったけど……
 このゲームの中の僕はリアルの僕とは違った。ゲームの中の僕は、固定メンバーと最難関レイドに挑み最速クリアに挑戦する、いわゆるガチ勢だ。リアルと違ってお金もいっぱい持ってるし、豪邸も所有してる。他のプレイヤーが羨ましいと思うような数々の装備や称号も獲得してきた。

「みんな……いるかな?」
 既に深夜1時。普通の社会人ならそろそろログアウトしている時間だ。
 そんなことを思いつつ、ゲームを起動してログインする。

【運営:ようこそフェアリアへ! 現在、メンテナンスの予定はありません】

 運営からの自動ログがチャット欄に表示される。
「とりあえず挨拶しとくか」
 ギルドメンバー用グループチャットに設定して、チャットを打つ。

【ゆずぽん:お久しぶりですー!】
 ちょっと待ってみても反応がない。この1年間、残業ばっかりでログインできていなかったし見限られたのかな……

 僕のギルド【Mysterionミュステリオン】はゲーム内でも有名な攻略志向ギルドだ。誰よりも早く最難関レイドを攻略することをモットーにガチ勢のみが集まっている。ただ、しばらくログインしなかったり、プレイヤースキルが足りないと思われると容赦なく脱退させられる。そのせいか、基本的には同じメンバー8人でプレイしてきた。

「脱退させられてるか確認しよう……」
 メニュー画面を開いて、カーソルをギルドの欄に合わせる。
【ルキ:こんばんわー 久しぶりですね】
 ギルド欄をクリックしようと思った寸前で、ギルドマスターのルキさんから返事が来た。
【ゆずぽん:仕事が忙しくてログインできませんでした…】
【ルキ:なるほど 古参メンバーと言えど、もう少しで脱退させようと思ってました】
 ぎりぎりセーフだったみたいだ……このゲームでは、ギルドマスターだけがメンバーを強制脱退させる権限を持っている。

 正直ここを脱退させられても、他のギルドに入ればいいじゃないかって思う人もいるかもしれない。でも、今のギルドの雰囲気が好きだから脱退させられてなくて良かった。リアルの話を聞いてくる人がいないから、嫌なことを忘れてゲームに没頭できる。それにガチ勢にありがちな、どれだけやり込んでるかアピールする人もいない。淡々と最難関レイドをクリアしていく……そんなスタイルがとても気に入っている。
 少数精鋭ギルドだからこそ、8人のメンバーは本当にお互い仲良くなれたと思う……

【ルキ:せっかくログインしたんだから、どこか行きますか?】
 返事を打つ前にルキさんからチャットが飛んでくる。
【ゆずぽん:おねがいします! リハビリしたいので、ダンジョンに行きたいです!】
【ルキ:分かりました 】
 久々のネトゲだ。ゲームの感覚を取り戻すために、僕とルキさんはダンジョンに突入した。



 朝5時。数時間プレイすると、キャラを操作する指もスムーズに動くようになったし、戦闘での立ち回りも思い出せた。
【ルキ:そろそろおちますねー おつかれさまでした】
【ゆずぽん:お付き合いありがとうございました! おつかれさまです】

【ルキ:そういえば このギルド、2人しか残ってませんよ】
 ログアウトすると言ったばかりのルキさんからチャットが来る。それに言っている意味がよく分からない。
【ゆずぽん:?】
【ルキ:メニューのギルドのとこ見ました?】
 そう言われて、メニューのギルドの欄をクリックする。中を見ると、所属メンバーは僕とルキさんの2人になっていた……他のメンバーの名前は消えている。
【ゆずぽん:見ました みんな脱退させたんですか?】
【ルキ:私は脱退させてませんよ】
【ゆずぽん:じゃあ自分で辞めたんですか?引退するつもりなんですかね…】
【ルキ:分かりません 全員、消える前日は普通にプレイしてましたよ】
 よく分からないな……挨拶もせずに辞めていくような希薄な関係ではなかったとは思うけど……

【ルキ:それだけです それではおちますねー】
 話の流れを切るように、ルキさんからチャットがきた。言いたいことを言えて満足したってことなのか?
【ゆずぽん:おつかれさまでしたー!】
 みんな引退したのかな……とか考えたけど、とにかく眠い。僕もログアウトしよう。
 そしてカーソルをログアウトボタンに合わせた瞬間に、ルキさんからの新しいチャットが表示された。

【ルキ:そのうち会えるといいですね ゆずぽんさん】

 会える? リアルで会うって意味なのか? とりあえず返事を打つ。
【ゆずぽん:? どういう意味ですか?】
 数分待ったが返事は来ない。ギルドメンバーのリストを確認すると、ルキさんの横に【ログアウト】と表示されている。
「さっきのって……会いたいって意味なのか? もしかしてルキさんって女の人? そうだといいなー」 
 ルキさんが可愛い女の子だったら会いたい……とか思ってるうちに僕は眠っていた。




 な…んだ? やけに明るい……
 目を覚ますと澄み切った青空が目に入った。眩しくないのは木の陰で僕が寝ていたからみたいだ。
「あー……いい天気だ。でも寝たの朝だし、もう少し寝よう……」
 寝返りを打ってまた寝ようと目を閉じた。
 …僕の家ってワンルームマンションの4階だったような……どうして外で寝てるんだ?

「ちょっと待て! どこだよここ?」
 慌てて飛び起きて周りを見ると、見渡す限りの草原だった。遠くには山が見える……僕が寝ていたのは街道沿いの木の陰だった。
「おい、にいちゃんー。寝ぼけてんのかー?」
 遠くで声がする。声の方向を見ると、街道の右手側からおじさんが馬車に乗りながら進んでくる。

 …いや、違う! 馬車じゃない……あの荷車を引いてるのは、マーシャルだ!
 マーシャルは【フェアリア・オンライン】に出てくる、3メートルほどの大きなイタチだ。力が強く、走るのが速い。それに人懐っこいので、ゲームの中では荷車を引かせるために使ったり、人が遠出するための乗り物として使っていた……まさに馬のような役割のモンスターだ。

「すいませんっ! それってマーシャルですよね?」
 いつの間にか僕は、おじさんの方に向かって走り出していた。
「見れば分かんだろうがー……それになんだお前の格好?」
 言われるがままに自分の服を見る。上下ともジャージ姿の僕は、どう考えてもこの風景の中で異質だった……

 もしかして……そういうことか?とりあえず聞いてみるしかない!
「すいません! ここはどこですか?」
「まーだ寝ぼけとるわ! フェアリアに決まっとろうが!」
 5月11日未明。僕、冴島さえじま つとむは会社を辞めて、フェアリアに来た。

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