Umbrella

高嶺

ヒーロー

青くんはいつだってヒーローだった。

私がどれだけ落ちていったって、そこから
救いだしてくれる。


私は彼に甘えていたのだ。







「西野、頼むからもう笑わないでくれ」

青くんの言葉がこだまする。


辺りはもう真っ暗だ。



「もう俺、これ以上無理だ」

青くんが苦しそうにうつむいた。




待って。

お願い、嘘だと言って。
私は君がいなきゃ生きてけないの。

暗闇のなかでの歩き方が分からない。
息の吸い方が分からない。

青くん、君はーーーーー


私のヒーローなのに。





私は思わず青くんのシャツの裾を掴んだ。

彼が複雑な表情でそれを見た。
「西野、やめてくれ...」

「青くん、私、あなたがいなきゃ...!」



「西野!!」

急に彼は怒ったように叫んだ。

「いい加減にしてくれ!」


彼のそんな声を聞くのは初めてだった。

「そもそも、いじめられるお前が悪いんだろ!?それを馬鹿みたいにヘラヘラ笑って誤魔化して
 それで俺に助けてくれってか?」

彼の感情が一気に溢れ出た。


青くんは私をフェンスに追い詰めた。

ガシャン、
フェンスを殴る音がして、私は首をすくめる。

「ふざけんじゃねぇ」



怖い。怖い。

青くんは知らない人のように凶暴で、ブレーキ
をかけることができなくなっていた。


逃げようにもフェンスに追い詰められて、
足が動かない。



こういう時はーーーーーーーーーー

父の言葉を思いだした。


「とりあえず、笑っとけ」




もう無我夢中で、恐怖に打ち勝とうと私は

笑った。

「ごめんね、青くん」



それを見た彼が一瞬、傷ついたような顔をした。

でもすぐに目の色が変わった。
「笑ってんじゃねえよ!」

彼が力強くフェンスを蹴飛ばした。
背中越しにぐらぐら揺れる。

「そうやってヘラヘラ笑ってるからお前は
 いじめられんだよ!」


駄目。
怖い、怖い、怖い。

言い表しようのない恐怖に襲われる。


彼の大きな影が覆いかぶさって、息ができない。


彼が私の制服の首元を掴んで持ち上げた。

苦しい、苦しいーーーーー!



助けて。




突然、青くんの顔が私の耳元に近づいた。
そして彼は泣きそうな声で囁いた。

「俺は、スーパーヒーローなんかじゃないんだ」





その隙に私は逃げた。
ひたすら、ひたすらに走った。

髪が乱れるのもスカートがめくれるのも
なにも考えていなかった。

ただここから逃げなくてはと思った。


青くんが追いかける気配はなかった。

それでも私は走るのをやめなかった。



突然、雨が降り出した。
ゲリラ豪雨だ。

すごい勢いで空から水が落ちてくる。

滝のように流れる音がした。



ただ走った。



人通りの多い商店街まで来て、ようやく私は
立ち止まった。

もう足が動かない。

私は、傘も持たずに立ち尽くしていた。




その日、私は初めて泣いた。


大切な人に裏切られた哀しさと、
大きな音を立てて揺れるフェンス、
そして息のできなかったあの瞬間ーーーーー

全てが私を押しつぶした。





もう生きていけない。

そう、確かに思ったのだ。

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