魔王城で暮らしてます
魔王城にて、です
空は常に毒々しい紫雲が漂い、薄暗く、上空を舞う鳥もこの場所には存在しない。
地に突き刺さる雷は止まず、乾いた大地には幾つもの骨が転がっている。
ここは、魔界。人間が暮らしている『ガルシア大陸』、そこのほぼ極北に存在する、周りを巨大な壁で囲まれている場所。そこが魔界と呼ばれる大地だ。ちなみにこの壁は、高さ百メートル以上の岩肌の絶壁である。よって、魔界に行くには特別なルートを辿らなければならない。まあ、普通に登ったものも過去にはいるのだが。
そんな魔界は、ガルシア大陸とは大きく異なる環境をしている。凶暴な魔物や、謎の地形変動、雷を落とし続ける紫色の雲……中でも、人間が最も恐れる存在がいる。
それは、魔族。魔物とは違い、知性を持ち、争いと暴力、略奪を好む。
人族からは悪魔の使いと恐れられ、古くから争い続けてきた、魔族という種族。そんな魔族には、親玉といえる存在がいる。その名は……
「魔王様、急に呼び出してどうなされたのですか?」
俺は魔王様の自室に入り、少し不満げに声を出す。今日は久々の休暇だったので、少し遠出しようと思ったところに、急に念話でお呼びだしがかかったのだ。「詳しいことは直接話す!!」と言われたので、折角の遠出の準備を切り上げ、参上したところだ。
さて、これで録でもないことだったらどうしてくれようか……という思考が頭をよぎったが、思い直す。
こういうときは大抵、録でもないことじゃないことを言う方が珍しい。と、
「わたし、すっごくひまなの」
ほらな
「そんなことのために、休暇をとった私を呼び出したんですか?」
思わずこめかみが動きそうになるが、グッと我慢して、目の前で布団にくるまり、だらだらしている黒紫色の髪の少女に問いかける。
「そうなの?まあ別にいいでしょ、あなたどうせやることないんだろうし」
そう悠々というこの少女、見た目は十二、三歳位にしか見えない、気の強そうなつり目と、淡い赤色の目をした、絶世の美少女。そう、彼女こそが、魔族の親玉であり、人間の恐怖の象徴。
『魔王』   アリス・アストラス その人だ。
アリスは布団から出ると、俺の前までやってきた。アリスは身長が百五十センチにも満たないので、大分見下ろす形になる。
「それで、なにして遊びましょうか!わたし、この間……」
・・・さすがにこれは少し言っておかなければいけないかな?
「あのですね、魔王様」
「っ!……なによ…」
少し雰囲気を変えた俺に気付き、アリスは喋るのを止める。
「俺は今日、人間の国まで遠出するって言ってましたよね、二ヶ月前から」
「そ、それは」
「忘れてましたね。それに、暇ならドロシーやリラとか、他にもこの城にはご友人が沢山いるじゃないですか」
「わ、わたし、わたし……」
・・・まずい、ついイライラして強い口調になってしまった。アリスが半泣きだ、急いでフォローせねば……
「な、なーんて」
「・・・だって」
「え?」
「だって!エリアスが人間の国に行っちゃうって聞いて、凄く不安になったの!エリアスが人間の国に帰っちゃうって思って!」
「・・・!!」
目に真珠の様な涙をため、俺に叫ぶアリスを見て、ハッとする。
アリスはこう見えて三百歳を越えているが、魔族は人間より寿命が長い分、心身の発達が遅い種族が多い。魔王の種族ともなると、寿命は五千を軽く越えるが、その分身体の成長はずっと遅い。
アリスは親を早くに失った。俺にはその責任を償う義務がある。俺は代わりの親として、そして従者として、アリスを守らなければならない。だが……
「ううぅ……エリアスのばかぁ……わたし、すごく不安で……」
涙ぐむアリスを、俺は思わず抱き締める。
「ふえっ!?」
「アリス、俺が悪かった。お前を不安にさせるような事を言って……」
アリスはまだ子どもなのだ、ただでさえ親がいなくて寂しい思いをさせているのに、親代わりの俺が、またアリスに親がいなくなるような思いをさせようとしていた。
「今日はお前とずっと一緒にいるよ、アリス」
「・・・ほんと?アリスと遊んでくれる?」
「ああ、本当だ」
「そう………」
すると、アリスはパッと俺から離れた。
そして……涙などない目を細め、ニヤっと笑った。
「ありがと、エリアス。おかげで退屈が潰せそうだわ」
「・・・」
まあ、そんなことだろうとは思ったが……
流石に酷いな。俺が涙ぐみそうだ。
「今さらさっきのは無しとか言わないでね。一応あなた騎士なんでしょ?」
「『死霊』ですけどね………わかりましたよ、今日は城にいます」
俺がそう言うと、アリスはクルっと後ろを向いた。
「・・・やった」
「?なにか言いましたか?」
「なんでもないわよ………さて、何して遊びましょうか」
こちらに振り返り、嬉しそうに笑うアリスを見て、邪気も自然に薄れていく…俺もつくづく甘いな……
「そうですね──
これは、元勇者の俺と、幼い魔王様との日常の物語。何てことのない、幸せの一ページを描いた、そんなおはなしだ。       
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