セラルフィの七日間戦争

炭酸吸い

003

              

「セラ、そろそろ時間だ」
 七日を過ぎ、十日目を迎えた朝。今、自分は生きている。トトという恩人であり、友人を前にして、セラルフィは改めて自分が生きていることを分析した。同時に失ったものもある。
 体だ。
 今は大槌の中に取り込まれ、精神のみがその中で息づいている。
 あの日、トトに治療された部屋で二人は――一人と一振りは、ベッドに座り、あるいは立て掛けられて、言葉を交わしていた。
「まさか、誰もシルヴァリーのことを覚えていないなんてね」
「ええ、もともと魔法を使用しないような人間だったり、膨大な力に耐性がある人間でないと、シルヴァリーの時の制約を受けた間の記憶は無かったことにされるようですね。《マヨイビト》と契約した人間の魔力量は計り知れませんから。記憶を失くした方々は反射的に自己防衛機能が働いたのでしょう。時間の矛盾を都合のいいように修正されていてもおかしくはありません」
「でも、やっぱり混乱はしてるみたいだよ。夢だったって言う人もいたし、全く覚えていないって人もいた」
「リラは、やはり私が殺したのですね」
 ふと、そんなことを言う。『感情の無い声』で。正確には、感情を失っていた。
 大槌から出される声は、いつかトトが振るった大槌の放つ機械的な声とあまり変わらなかったのだ。ただ、セラルフィの声にすり替わっただけのように。
 結界を構築した影響だろう。生きていて死んでいる。表情すらうかがえない大槌の彼女は、そんな状態だった。
「不思議です。悲しいという感情は分かるのに、もう感じることができない」
 その声は無感情だったが、どこか苦しそうだと、トトは思った。
 シルヴァリーの時の制約が解除され、それが良い方向に転んだと言っていいのかトト自身分からないが、セラルフィが手に掛けた人たちの記憶も無かったものになっている。
 ――ペジットも例外ではなかった。彼らはリラのことも忘れ、自分たちの事も覚えてはいない。
 やはり都合の良い修正だったとは言えない。それはリラが――彼女たちが生きていた証を奪ったのと同義なのだから。
 彼らの死体は焼き払い、火葬した。
 自分たちはそれも含め、彼らが生きていたと知る唯一の二人として、これからも生きていなければならない。
「気にするな、とは言わないよ」
「ええ。勿論です。トト、あなたの方こそ大丈夫なのですか。ライムが居なくなって」
「いいんだ。アイツは昔からの親友だったって、思い出せたから」
「やはり彼は」
「うん、異次元管理局の同期だったよ」
「ですよね。私が知らないことを彼が知っていたり、何より、シルヴァリーの、時の制約を受けて記憶を改ざんされずに行動できたのは、それだけの能力があったからでしょうし」
 ライムもまた、トトと同じ組織の人間だった。トトが気づいた時にはその姿は無く、捜しても結局見つからなかったのだ。
「しかし、それならなぜトトの前から姿を消したのでしょう」
「僕を生かすため、かな。たぶんあいつはシルヴァリーを始末しに来ていたんだと思う。そこに僕まで迷い込んだから、僕も始末するように組織から言われたんだろう。当時は僕も同じように組織から逃げてきた身だからね。でも、あいつはそうしなかった」
「親友、だからですか?」
「それもあるかもしれないけど、何よりも自分から力を一時的に閉じ込めた所為せいだろうね。魔道具の起動式を書き換えて、組織の命令であっても使えなくしたんだ。まあそれがセラの訊いた理由につながるわけだけど。あのメンバーの中では僕とライムは一番仲が良かったから。そのせいでシルヴァリーを殺せなくなった。それで僕の記憶を取り戻して共に協力して、シルヴァリーを始末するって言うのが筋書きだったのかな。それで逃亡した罪を許してもらうとかして。まあ、そんなことで許してくれるほど情に熱い組織でもないんだけどさ」
「そうですか」
 あっさりと返されたが、別段気にする様子も無く、トトは「うん」と頷いた。
「あの」
「うん?」
「あの時の事、やっぱり」
「僕の家族が《マヨイビト》に焼き殺されたこと?」
「…………」
「正直、犯人の顔を僕は覚えていないんだ。君が炎を操る《マヨイビト》だったとしても、それが僕の村を襲った証拠にはならない。確かに覚えてるのは、あの炎の熱さだった。痛かった。息がうまくできなくなるほど苦しくて、喉が千切れそうなほどに叫んだあの炎は、記憶を失っていたあの時も、実は頭の奥底では覚えていたんだと思う。でもね、キミの炎を直に感じて、僕は君のことを犯人だとは思えなかったんだ」
「なぜ?」
「何て言うのかな、君の炎は、優しかった。人を殺す炎じゃなかった。少なくとも君が君である瞬間までは……。上手くは言えないけれど、君は――君の炎だけは、嫌いだとは思わない」
 おかしなことを言うと、セラルフィは分析した。自分はリラを殺したのに。リラだけでなく、国の人もたくさん。ただ、トトもトトなりに自分を気遣っているのだろうと分析し、それ以上は訊かないようにした。
「そう……ですか」
「それよりも、これからどうするつもりなの?」
「この体をどうにかした後、姉を捜そうと思ってます。ずっと行方知らずでしたけど、十日前、姉がここの世界のどこかにいると、強く感じました。大きな力を感じたんです。きっと、異次元管理局の人たち追われてるんだと思います」
「だったらここでじっとしてられないね」
「ええ……あの?」
 急に体を持ち上げられる感覚がし、それがトトが大槌を担いだのだと察した。
「何をしているんですか?」
「ライムが僕たちに残したバイクがあってね」
「僕たちって……。同行してくださるんですか?」
 てっきりこの国の魔道具店にでも行って代わりの体を探すものと思っていたのだが、そういう言い方ではなかった。
「今更何言ってるんだよ。お互い組織に追われる身になったのに。別行動で一人になったら、それこそ危険だよ。というより、今は離れられないし」
「ですが、私は《マヨイビト》で――」
「また狙われるかもしれないって言いたそうだね。それはそれで都合がいいんだ。君が《マヨイビト》を捜しているなら、僕が探している《マヨイビト》とも会える可能性はあるからね」
 確かにそうかもしれないと、セラルフィも合意した。異次元管理局の人間と出会えれば、姉の情報も聞き出せるかもしれない。
  
  
  
 そういう流れで、今はバイクで国を後にしている。海に沿った一本道を走り、アクセサリーとして首に掛かっているセラルフィ。ゴーグルをはめて前を見ているトトが、ふと声をかけた。
「結果的には良かったのかもね」
「何がです?」
「シルヴァリーのことだよ」
「やはり彼はまだ、生きているんでしょうか」
「たぶんね。捜索隊があの湖まで向かったけど、水神様は洞窟にかじりついたまま固まってたらしいし。それ以外は誰もいなかったって言ってたから、たぶん最後の力を使ってあのサイズの魔獣を止めたんだろう」
「よくわからないんです。私たちが正しいのか、シルヴァリーが正しかったのか」
「どっちでもないと思うよ。僕たちは僕たちの目的のために戦っただけだし、勝ったのが僕たちだってだけで、正義とか悪とか、そんなものは意識してなかったでしょ?」
「そう、ですね」
「いいんだよ、それで。どこの世界でも、突き詰めれば同じことなんだ。互いに目的があって、偶然それが互いの邪魔をするなら、どちらかの目的が叶うまでは戦い続けないといけない。それが正しいか間違ってるかなんて考えてたら、その瞬間だけは絶対自分が正しいって思いこむんだから」
 何も返さず、小さく胸元で揺れるセラルフィに、安心させるように言った。
「セラはセラの思う正しいことをすればいいよ。間違ってると思ったらその時は、僕がちゃんと邪魔するから」
「……すみません」
「キミって僕に謝ってばっかりだけど、そんなに気を遣わなくてもいいんだよ。普通に仲間として接してほしいっていうかさ」
 感情の無いセラルフィは、それでも、感情があった記憶を頼りに、どう返すかをできるだけ普通になるよう考え、適切だと分析した言い方で返した。
「わかりました。トト」
「なに?」
「これから先、よろしくお願いします」
 それが初日に出会った、セラルフィとしての人格のものだと受け止めたトトは、静かにうなずいて返した。
「うん。よろしく」


 セラルフィの七日間戦争――了。

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