セラルフィの七日間戦争

炭酸吸い

002


「これは……ッ」
 足元に描かれている巨大な魔法陣が、二人の動きを完全に封じてしまっていた。《マヨイビト》と人間の違いなのだろう。セラルフィに対し、トトの意識はもはやこの場所から消えてしまっている。
「本当は組織の連中に使いたかったのですが、こうなっては致し方ない」
 懐から壊れた懐中時計をぶら下げる。異様に曲がった針が激しく回転し始める。 
『使用者権限認証。干渉座標ヲ確定――起動完了』
 拘束力がさらに激しくなる。荒々しい重力に体を押し付けられているのに、時の制御で膝を折る事が出来ない。
「シル、ヴァリー」
 気力のみで手を前に出そうとする。が、肘を少し曲げたところから先に進めない。
「《マヨイビト》のあなたでもここまで動けるとは、やはりその力、計り知れませんね」
「ぐっ」
「あなた方の時間は完全に停止した。《マヨイビト》までいると意識ごととはいきませんがね。まあ」
 言いながら、懐から何かを取り出す。精巧に作り上げられた、芸術性を重んじているような作りの銃身。同じ魔法陣の中にいるのに、シルヴァリーだけは自由に行動を許されていた。
「な、にを」
「おや? まだ口がきけるんですか! 素晴らしい! 予想をはるかに越えている! ハハハッ、これならもしかすると、本当に奴らを始末できるかもしれない」
 銃創の長い凶器に弾丸を込めながら、魔法陣を沿うようにしてシルヴァリーは歩いていく。
「私たち異次元管理組織は、命を犠牲に規格外の力を発揮することが可能ですが……あなたたちのような魔法を使う生命体は、何を原動力に力を使っているかご存知ですか?」
 セラルフィの隣に立つと、その肩を抱き、良く見えるようにセラルフィの横から銃を突き出した。
「心です。精神力、想像力とさまざまな要因が重なりますが、何よりもそのリミッターを外すことを可能にしているのが」
 銃口がトトを捉える。
「怒りだ」
 銃声。あまりにも短い、中途半端な破裂音に、トトが撃たれてしまったとほんの一瞬だけ想像してしまったが、すぐにそうではないと悟る。
 弾丸だけが宙にとどまり、銃弾らしからぬ緩慢さで、極めてゆっくりと回転していた。
 進行方向は、トトの胸部。心臓へ。
「これからトレイルを殺害する。時間は十分。十分後にこの弾丸はトレイルの皮膚を切り裂き、やがて筋肉を食い破り、骨を砕き、臓器へと達します。ゆっくりと、痛覚を撫でまわすように、永遠に近い苦痛を感じながら、微動だにできずに死んでいく。そうさせたくなければ――私を殺してみろ」
 耳元で囁く悪魔の声。
 殺せ。その言葉だけが、頭の中を殴り、反射し、増幅していく。
「たかだか数日間の間柄です。もちろん過剰な怒りを期待しているわけではないですが、力の増幅には役立つでしょう。なにせ彼は、あなたの恩人なのですから」
 しかし、セラルフィはそうしようとはしなかった。
「や……め」
「はい?」
「やめ、て、くだ、さ、い」
 懇願する。もう自分の命などどうだっていいと。トトだけは殺さないでくれと、
「何か勘違いしていませんか? 既に弾丸は放たれている。あなたがどう請おうが、どうしようもありませんよ?」
 シルヴァリーは言葉を発するたびに弾丸を浮かせて行った。もう十発以上は放たれている。足も、腕も、耳も、眼球も、弾丸とトトを結ぶ死の直線が繋がってしまっていた。
「わたしの……心臓を、あげます、からッ。彼は……彼だけは」
 目に涙を浮かべ、請う。言葉を話すだけで数キロを全力疾走したような疲労が襲ってくる。それでもなお、助けるように頼むしかできない。もう自分に戦う力は無いと悟っていた。
「……失望させないでくださいよ。人類最強とまで言われている《マヨイビト》がみっともない」
 呆れたように肩をすくめるシルヴァリー。
「そうだ。あなた、自分の心臓の所有権を奪われた後、相当の魔術を行使したようですね」
 思い出したように言う。
「魔術は麻薬だと、ライムに教わっていたと思ったのですがねえ。覚えていますか? あなた方を襲わせたあの夜。あなたの眼には木でできた人形の兵士を葬ったように映っていませんでしたか? 焼き払った後、あなたは魔術の過剰行使で耐えられず、倒れましたね」

 嫌な予感がした。

 自分がその事実を知っていたのだと、認めたくなかったのかもしれない。あまりにも少なすぎた教会の傍観者。必至に抑え込んだ事実を、シルヴァリーによって突きつけられるのではないかと、そんな予感がしていた。抵抗できない体で、震える手が耳をふさごうとする。
「あの少女。名前はなんと言いましたか。私もあの手を踏みつけた当人ですから、あどけないあの顔はよく覚えていますよ」
 悪魔のように口角を吊り上げ、絶望するセラルフィの顔を覗き込む。
「そうです。あなたの焼き払った人形達は、国の住民。特に、最後に焼き殺したあの子供は――」
 耳元でささやかれた少女の名。焼き殺した人形の姿が、肉を得て、自分を正気に戻そうと最後まで笑っていたあの瞬間の顔がフラッシュバックした。
 リラ――。
「う、わ、ぁ、ああああああああああああああああ――ッ!」
 殺されようとしているトトの姿から目を反らすこともできず、目を開けたまま、涙を流したまま絶叫した。
 その時。
「セラアァアアアアアアアアッ!」
「ふむ、邪魔が入りましたか」
 ライムの声。住人の解放は済んだのだろうか。もしくは、手立てがなくこちらへ向かって来てくれたのかもしれない。
 今となってはもはや遅すぎたが。
 肩で荒い呼吸をしているライム。この現状を見て、魔法陣を見て、叫んだ。
「お前何突っ立ってんだ! トトが目の前で死にそうになってんのに、黙って見殺しにする気かよッ」
「ライ、ム……」
 喋るだけで精一杯なのだと知ったライムは、魔法陣の方へ視線を向ける。
「クソ、こんなもんッ」
 トトが落していた直剣を拾い、魔法陣へ突き立てようとする。直後激しいスパークが立ち上り、侵入者を弾き飛ばした。
「無駄です。私の許可なくして外部からの侵入は許されない。《マヨイビト》ほどの力でもないと、このエリアには入れませんよ」
 魔法陣から受けたその衝撃は、常人では気絶してもおかしくないようなものだった。現に立ち上がろうとしても上手く力が入っていない。
「セラ。なあお前、トトがどんな思いをしてお前に力を貸したかわかってんのかよ。あいつはな、《マヨイビト》に家族を殺されても、それでもお前を信じてたんだぞ。それを……お前は裏切るのかよッ」
 知っている。その話はシルヴァリーから嫌と言うほど聞かされた。自分もトトも。
「……あいつは初めから知ってたぜ。お前が《マヨイビト》だったことも。治療してた時、お前のうなじに《赤い薔薇ばらの紋章》が刻まれてたんだ。生まれ持って刻まれてるそれは、《マヨイビト》の証だって知ってて、お前を助けたんだぞ……お前と出会う前から、『《マヨイビト》は危険な奴だから絶対に関わるな』って何度も言ってやったのにだ。眠ってるお前をいつでも殺せたのに……あいつはそれもしなかった」
 這いつくばりながらも、なおも魔法陣へ近づこうとするライム。息も絶え絶えに、再び剣を握る。
「たぶんリラに言われたんだろうさ。『悪い人には見えない』って。なんの根拠も裏付けもない子供の戯言一つに、あいつはバカ正直に信じたんだよ。あいつにとってはリラも大事な妹みたいなやつだったから、そんな子供が信じた奴を、あいつも信じることにしたんだ。現に、お前はリラを助けた。たったそれだけのことが、あいつにとっては信じるに値する出来事だったんだ」
 その子は私が殺してしまったんだよ、ライム。そう言ってしまいたかった。自分が殺した少女。自分をいたわってくれていたあの少女。罪も無く、ただ巻き込まれただけの国民も皆。皆殺してしまった。中途半端にしか使えない力で、自分を失くしたために。目の前のトトも、自分のせいで殺されようとしている。
 気力を失いかけているセラルフィに、自分だけ必死なのがバカらしくなってきているライムが怒りに震えながら、土を握り込んでいた。
「おい。聞いてんのかクソ野郎……。黙ってねえで何とか言いやがれッ! ……頼むから助けてくれよ。アイツは俺の親友なんだ。代わりなんていないんだよ。そりゃあ数えきれないほど喧嘩もしてきたさ。それでも……それでもトトを死なせたくないんだよ。お前《マヨイビト》だろ!? 世界ぶっ壊せるだけの力持ってんだろ!? だったら、こんなクソ魔法陣、さっさとぶっ壊して助けやがれェええええええッ!!」
 ずっと不安定だった。獣殺しにしか振るえなかった力。人殺しにしか使えなかった力。こんなにも力があるのに、誰かを守れた試しなど無い。
 それでも、せめて目の前の彼だけは。彼だけでも救わなければいけない気がした。今更人殺しの罪を清算できるなどとは考えていない。せめて、死ぬ気でも――否。
 〝殺す気〟で助けなければ。
「な、んだ。コイツ……ッ! 心臓を抜き取られてるんだぞ!? どこにそんな力が……ッ」
 魔法陣が激しく揺れ動き始めた。セラルフィを中心に、得体の知れないオーラが立ち上る。時間の制約が崩れはじめる。
 そのまま灼熱の炎を鞭のように形成し、シルヴァリーの首を狙った。焼き切り、首をはねようとする。
 しかし寸でのところでシルヴァリーが消え、数歩先のところに現れた。
「だが私を殺そうとしたのは間違いでしたね。トレイルは――」
 開放された弾丸。殺そうとその場で焦らされていた鉛の殺意は一気にトトの肉体へ迫り、その皮膚を――
 破る前に消失した。
 シルヴァリーを襲う火炎とは別に、灼熱で形成された炎竜が竜巻となってトトの周りを覆っていたのだ。
「まさか銃弾を喰ったのか!? 有りえない、そんなことが」
 瞬時に鉛を溶かす熱量。その高熱の液体さえも大気に散らすほど、膨大なエネルギーをセラルフィは発していた。
 しかし、その膨大なエネルギーを再生の臓器無しに行使し続けるのは甚大な被害が伴う。その症状が顕著に表れるのは、人格の欠落。
「――――」
 人の発するような音ではなかった。水面に小石を投じたような、透き通ったその音がセラルフィの口から洩れ出す。音は魔力と成って、シルヴァリーの魔法陣に干渉した。
 時の呪縛から完全に解放されたトトは、今起こっている状況を瞬時に理解し、セラルフィの方へ走り出す。
 魔法陣から赤いドーム状の結界が伸び始めた。
「セラ、それだけはだめだッ! ――うわっ」
 止めようとするトトだけを結界から弾き飛ばした。
「これは、私の魔法陣を上書きしたのか!」
 セラルフィとシルヴァリーの二人だけが結界の中に閉じ込められる形となる。セラルフィの瞳は既に色を失くしていた。

 元来、人一人分の力で固有の結界を構築することは『特例』を除き、一般的には禁忌とされていた。そもそも結界というのは新たな世界を生み出す神の真似事と同義なのだ。人間の扱って良い代物ではない。
 再生の臓器を失った《マヨイビト》も例外ではない。ソレを生み出す代償は計り知れない。故に『特例』として発動を許される瞬間は――
 ――〝道連れ〟。
「貴様ァ……ッ。自分がどうなってもいいのか!?」
 怒りに任せ叫ぶシルヴァリーに、セラルフィは。
「――溶カセ」
 楽しそうに笑った。



     

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