セラルフィの七日間戦争

炭酸吸い

003




 有力情報から所変わって噴水広場。
 トトの発言の真偽を確かめるべく、ローブ姿の二人は果物屋付近で積み上がった木箱に身を潜めていた。
 初めて彼に会ったとき、医学書の山を目にしたのでトトが医者を目指しているのか訊くと、どうやら違うらしかった。
 なんでも、あの町の端に追いやられたような家も、彼のモノでは無いらしい。彼自身よそ者だったため、この町で知り合った気のいい友人に「空き家だから」と貸してくれたそうな。
 医学書は彼に医療の知識が無かったため、セラルフィの治療のために読みあさっていただけで、小心者らしいトトは、ろくに衣服も脱がすことができなかったらしい。
 仕方がないので取りあえず即効性の薬用ハーブを濡らし、セラルフィを横にしたとの事。
 これはまた随分と迷惑を掛けてしまった。もし生きていれたら何か恩返しをしてやらねば。
「でも、なぜトトまで変装を?」
 首に包帯を巻き、何とか忌々しい余命計測器を隠しているセラルフィが、目深にフードを被るトトにそう訊いた。
 セラルフィは被っているフードに埴輪はにわを模した小さな人形を縫い付けられたいた。どうやらセラルフィの喉元に浮かぶ魔力のエネルギーを、シルヴァリーに気付かれなくするためのものらしい。奇天烈な格好でむしろ周りの視線を集めそうだが。
 トトは単にフードを被って素顔を見せないようにしているだけだった。
「僕はシルヴァリーが大嫌いでね。あいつ、町の住人から金品もろもろぶんどってるんだ。偉そうに衛兵なんか引き連れちゃってさ。これじゃあ誰が治安を守るんだって話だよ、ったく」
 嫌な奴だということだけは理解できた。
 セラルフィが対峙した男と良い勝負かもしれないと思った。とりあえずは同一人物であることを祈るばかりである。
「来たよ」
 トトが囁く。視線は右に向いているが、男の姿が見えるわけではない。なぜ分かるのか問いかけようとしたところで、人の列があからさまに列を割った。
「――!」
 現れたその男は、セラルフィの目を見開かせるの十分な要素をはらんでいた。肩まである銀髪にマント付きの紳士服。片眼鏡をかけた、セラルフィたちより背の高い男。完全に一致する容姿。セラルフィはその姿をとらえた瞬間、胸の内に湧き上がる灼熱のような感情で斬りかかりそうになった。
「しっ」
 その暴挙を止めてくれたのはトトだった。少女の前に出て、ゆっくりと後退を促す。そのまま果物の屋台に身をひそめた。
「国王様」
 側近二人を引き連れていた彼は、一人の護衛兵に耳打ちをされている。何度か首肯を繰り返していると、不意に目の前に小さな女の子――リラが飛び出した。
 単に、カゴから果物を零しただけだったのに。
 単に、お遣いから帰路へ着く途中のことだっただけなのに。
 単に、零したそれを拾いに出ただけなのに。
 紳士服の男は、『果物に伸ばした手を踏みつけた』。
「ッ――」
 冷たい瞳に見下ろされている少女は、人込みから自分の名を叫ぶ声で痛みに騒ぐことを阻止された。
 群衆から飛び出す二人の男女。少女の両親であることはすぐにわかった。足を退けたシルヴァリーと手から血のにじむ少女の間に割って入った母は、守るように娘の体を抱き締め、父は青ざめた表情でシルヴァリーの前に膝をつく。
 最初に口から出たのは国王の人間性を責め立てるものではなく、恐怖の色に染まりきった「申し訳ありません」のただ一言だった。
「貴様らッ、薄汚い手で国王様に触れたな!!」
「娘はただ果物を拾おうとしただけです! 決して国王様に無礼を働くつもりでは」
 兵団用に統一された高価そうな剣を引き抜き、国王の側近は父の額に切っ先を向けた。そこから波紋のようにして、現場からざわめきが広がる。が、国王の前だからという理由なのか、その波は数秒待たずして静まった。
「どけ。みっともない」
 今にも首を落とさんとする兵士の肩に手を置き、国王が前に出る。「立てるか」シルヴァリーの気遣うような声。父が安堵の息を吐き、二つ返事に立ち上がろうとした時だった。
 革靴が父の後頭部を捉え、鈍い音とともに大地に額を叩きつけた。
「パパぁ!!」
 何が起こったかわからない父親。額から伝う血に、自分が何をされたのか、どういう状況にあるのかを思い知らされた。
「あー。また靴が汚れてしまいましたね。これは誰の血ですか? あなたのですか? どうしてくれるのですか? あなたのような庶民に弁償できる金など無いでしょう?」
 感情の感じ取れない罵声をはさみながらも、それでいてはっきりとした悪意を、その丸まった背中へ何度も蹴落とす。ガムの貼り付いた靴を擦り落とすように。何度も。何度も。
 傍観する住人は、時が止まったようにその光景を眺めている。誰もこの状況を止める気配がない。それ以前に止める意思がないように。
「なんで……皆黙ってみてるの!?」
「言っただろう。近づかない方がいいって。こんなの、よそ者の僕らがわざわざ見に来るような場所じゃないんだ」
 きっと、自分なら――シルヴァリーに心臓を奪われる前の自分なら、一瞬で奴らを焼き払えるだろう。リラを巻き込むことなく、的確に、確実に。今の自分にそれだけの力は無い。まわりの人間と同じ、無力だ。
「リラは私を助けてくれたじゃない! それなのに、なんで何もしないのッ」
「中途半端は逆効果なんだ! あの兵士に止められたらどうなる? 無駄にシルヴァリーの機嫌を損ねるだけだよ。下手したらもっと酷くなるかもしれない。早く終わらせたほうが良いんだ」
 トトも止めようとはしなかった。まわりの無表情な人間よりも、ずっと苛立ちが顔に貼り付いているのに。服を破き掌に爪が食い込むほど、首飾りを握りしめているのに。すぐにでも飛び出して殴りかかりそうに唇を噛んでいるのに。血を流すほどに、我慢しているのに。
 なんで。
「止めるだけが。たった一つの行動が――難しくてたまるか」
 気づくと、引き返していた。逃げるためじゃなく。止めるために。
 店番のいない果物屋の屋台から乱暴に一つのリンゴを取り上げる。あわてて制止するトトの声を振り払い、前へ。人混みの中心では、シルヴァリーが高々と構える長剣。切っ先はうずくまる父親の首に。構っている暇などない。大きく踏み込んだまま腕を振り抜いた。同時に魔法陣が浮かび上がる。
 途端――果実が加速した。赤い残像を引き、音速へ。狙いは正確に、国王へと。
「死になさい」
 長剣の力が真下に向いた瞬間。国王の横で何かが弾けた。間違いなくセラルフィの投げたリンゴである。が、誰が止めたでもなく、そのリンゴは不可視の力で砕けた。破片が頬に付着し、べっとりと落ちた。足元には、『二つのリンゴ』。やがて一つが消滅する。
 一連の出来事を眺めている市民は、それでも無表情で、まるで夢でも見ているように呆けている。唯一トトだけは、セラルフィの行動に焦燥していた。
「……!!」
 顔を横にして目を見開いていた父親は、その片目で見ていた。皮一枚を挟んで制止した長剣を。浮かぶ脂汗。死ぬ寸前に立った父親は、今自分が生きている事実を信じられないでいた。
「出てきなさい……そこの金髪」
「――!?」
 見つかった。ローブを被っていたのに、自分だと分かっているかのような言い方。どころか、目があった。住人が国王とセラルフィの前からどいたのだ。間に誰も挟まない状況では、人混みに隠れようもない。父親の死刑を止めたセラルフィと、その娘の視線が重なった。不思議なものを見るような目だった。トトが自分の大槌のネックレスを握りしめる。同時に、トトがセラルフィの手を取り走り出した。
「何やってんのさ、あんなの死罪どころじゃ済まないよ!?」
「あんなのを黙って見過ごせって言うんですか!? 死罪上等ですよあの腐れ外道!」
「あーあーもう! ホントに……まいったなあ」
 追跡を振り払うように路地を曲がり、走り抜けながらトトは困ったような顔をする。しかし、どこか可笑しそうにこらえていた。
「でも、なんだかスッキリしたよ」
「――?」
 自分までも危険な状況に巻き込まれたのに、トトは嬉しそうに笑っていた。
「それより、君が探していた人はシルヴァリー国王だったのかい?」
「確証はありませんが、間違いないです。あれほど嫌いになれる人はアイツしかいません」
「そう。じゃあ今は逃げようか。もうまわりの衛兵にはこのことが出回っているだろうからね。まだだいぶ走り回るけど、大丈夫?」
「愚問です」
 少年少女は暗がりの中を遁走した。
 一方。一家から興味が失せたように、シルヴァリーは長剣を投げ捨ててその場を後にした。後についてくる衛兵に指示を飛ばす。無論、トトとセラルフィを捕らえるように。
「《マヨイビト》……どうやら、動きだしたようですね」
 不敵な笑みを浮かべ、シルヴァリーは町の奥へと姿を消した。


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