人間不信様のハーレム世界

和銅修一

天使の笑顔

「あの……本当に私はここでいいんでしょうか?」
 エルはオラスの頭にちょこんと座りながらだんだん不安になってきた。
「今更何を言うか。悠斗を見極めると言ったのはお主ではなかったのか? ここなら特等席だと思うが」
 精一杯背伸びしたオラスの頭は迷いの森全体が見渡せて、ここからでも悠斗が戦っている様子が遠いながらも見える。
「確かにそうですが。ただ見ているだけというのは歯痒いです。私には傷を癒すことしかできませんが……」
 それでも見ているだけは辛い。何もしないのは辛い。
「歯痒いか。それはお主が悠斗を認めつつあるということかもしれんの」
「そ、そんなことありません。私はただ無駄に死なれたくないだけです。命を与えて下さった神に失礼ですからね」
 誤魔化すように手を合わせて祈り始めた。
(神よ、あの者に力を。闇を打ち砕く力を授けてください)
 全力で祈る彼女の背中から白い翼がうっすら見えたが誰もそれには気づかなかった。



「どうした、どうした。大口叩いた割には全然攻撃してこねーじゃねーか」
 黒い翼を生やした曜炎はそのまま縦横無尽に飛び回り、悠斗へ剣に炎を纏わせながら攻撃する。
 悠斗はそれを白い炎を纏った剣で防ぐことしかできないでいる。
「そう慌てるな。物事には順序がある。お前が死ぬ順序もとっくの昔に決まってんだよ」
 衝撃で歯を食いしばりながらも不敵に笑って見せた。
「その強がり、いつまで持つか試してやる。」
 彼の余裕な態度が曜炎の怒りの火をつけた。
 次々と黒い火球を生み出して発射する。
 だがそれらは全て悠斗の一振りで放たれた白い炎の斬撃によってかき消された。
「なら、直接手を下すまでのこと!」
 翼をはためかせて悠斗との距離を一気に詰めて、手に持った双剣を構える。
 こちらの方が小回りが効いて、より素早い攻撃が繰り出せるようになる。
「そら!」
 まずは二つ使っての突き。
 しかし、曜炎は空を切りながら自分に近づく何かに気がついて剣を腹に戻して何とか防いだ。
「こ、これは……」
 血の色によく似た、赤い斬撃。木の枝の上で仁王立ちしている彼女が放ったものだろう。
「ほほう、血の斬撃を受け止めるとはなかなかやるの。だが主ほどではないわ」
「ヴァンパイア……か。珍しい仲間ばかり持っているな」
 ドラゴンに竜人だけで凄いものなのだが、ラスボス級のモンスターまで手懐けている。
「るあ!」
 血の斬撃の勢いを押し殺せず、吹き飛ばされていた曜炎の空いた横腹向けて白い炎を振り回した。
 曜炎はそれにいち早く気づいて、空へと逃げた。
「ふん、そんな攻撃が当たるかよ」
 強がりを言い張るが、今のは気づくのが一瞬でも遅れていたらまともに食らっていた。
「オイオイ。そんな所にいていいのか?俺は知らねーぞ」
 何か企んでいるように笑う悠斗。それが不気味に思えた曜炎が周囲を確認すると、一箇所に魔力が集まっているのに今更ながらに気づいた。
「上手くいかなくても、森の中に潜めていた仲間の一人が空へ浮かんだ。俺に攻撃する算段か。だがそんなこと俺がさせると思うか!」
 魔力が集まりつつある場所へと急降下。
 木の葉で分からなかったが、そこにはとんがり帽子を被った魔道士がいた。
「もらい♪」
 出力最大の炎で炎を噴き出しながらその魔道士に突っ込む曜炎だったが、それは無数に飛んできた弾丸によって邪魔された。
「ぐぬっう!」
 しかもその弾丸は速くて鋭い。
 翼に風穴が幾つも空いた。
 これでは飛んでも、途中でバランスを崩して落下してしまう。
「これでもう空に逃げるっていう選択肢はなくなったぜ。大人しく土下座して謝るんなら許してやってもいいがな」
 地に膝をついていた曜炎を見下ろしながら、見下した。
 彼はそれに苛立って、歯をギリギリと鳴らした。
「逃げるだと〜? 俺に勝てる自信があるのか?」
「あるぜ。百パーセントだ」
 よく周りを見渡してみると、魔道士の女、翼に風穴を空けたであろう武器を持った奇怪な少女、それにヴァンパイアまでもが集結している。
 一対四。
 数では圧倒的に負けている。
「こんなことで勝った気になるなよ小僧」
 だが意地がある。
 長年生きて積み上げてきたこの意地が、もう二度と壊されたくない意地が。
「もう二度とあんな思いしたくないだよーーーーーーーーーー!」
 その叫びは怒りというより悲しみに近く、剣の炎と一緒に乗せて斬りかかった。
 だがそれはいとも簡単にかわされてしまう。
 気がつくと、風穴から勝手に魔力が大量に流れ出している。
「もう、ほとんどの力を出すことはできないだろうな。だがそれでもなお、お前は諦めずに立ち向かってくる。敵ながらいい根性してるぜ。それに応えるために全力でいかせてもらうぞ」
 腰を落として剣を前に突き出して狙いを定める。
「スターヴァイス」
 いつもより低い声で剣は徐々に白く輝き出して、輝きが頂点に達すると白い炎の柱が横一直線に走って曜炎の体を貫いた。



「これがそうなのですか……」
 エルは悠斗が持ってきた煌炎の成れの果てを眺めていた。
「声は聞こえてる。答えられないがな」
 それはリンクリングの赤い糸で確認済みなので間違いない。
「説教には打って付けっすね」
 確かにこの状態なら逃げることなど、まずできない。エルの言葉が直に届くだろう。
「さあ、思う存分に言ってやれ」
 背中を押して一歩前に出させる。
 すぅと、息を吐いて彼女はいつも優しい口調で語りかけた。
「あなたの正義を貫きなさい。ですがその正義で人を殺めるのはやめて下さい。どんな人にも家族や仲間がいます。その事を考えて、酷い事はしないでください。それを守ってあなたの正義を貫いてください」
 それだけ言うとエルはスッキリしたように笑顔を浮かべた。
「これで良しですね」
「煌炎は?」
 まだ白い塊のままで可哀想で仕方が無いのだが。
「そ、そうですね。今すぐ治します」
 エルが手をかざして数分経つと、白い塊は形を変えて元の姿へと戻った。
 だが刀は悠斗が折ってしまったので所持していないようだ。
「礼は言わんぞ。だが正義は貫くつもりだ。新しいやり方でな」
 どうやらエルの気持ちが届いたらしいが、颯爽そっそうと飛び去ってしまった。
「榊さん。次はあなたですよ」
「ん? な、なんだよ」
「あなたはどうして神……いえ、魔力を管轄かんかつする人になりたいんですか?」
 彼女なりに悠斗を試すつもりでいる。もし答えが相応しくなかったら、仲間になることはやめる。
 一緒にいたくない人とは仲間になりたくないからだ。これだけは譲れない。
 しかし答えは彼女が思っていたより直ぐに出た。
「誰もが信じ合える世界をつくりたいからだ」
 悠斗の目には一点の曇りもない。
 それを見たエルは笑顔で返した。
「合格です。私を仲間にしてください榊さん」
 そっと手を出して握手を求めた。
 立場が逆な気がするがそこは良しとしておこう。
「ああ、よろしくなエル」
 求められて手を差し出してその柔らかく、温かい手を握った。

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