人間不信様のハーレム世界

和銅修一

森の主

 悠斗の背中には少し小さいが弾力のあるものの感触があった。しかも、なんかいい匂いがする。
 煩悩を捨て去り森の中を歩くことだけを考える。ちゃんとカゲツチも渡しておいた剣を持ってついて来ている。
「私、生まれた時から足が不自由で普通に歩くことならできるんだけど長時間走ることはできないの」
「そ、そうか」
 暗い話のはずなのにグイグイと胸を押し付けてくるシュエルの話を聞きながら足を進める。
「シュエル。それやめてくれるか?」
 頼みごとをする時のくせでつい、敬語になってしまう。
「それって何?ちゃんと言ってくれないとわからないんだけど」
 戯けて、さらに胸を押し付けてくる。
 どうやらこの人は、人をからかうのが好きなようだ。
 背中に背負っているので顔は見えないが、多分笑っているだろうな。
「む、胸。胸が当たってるだよ!」
「あら、逆ギレなんて子供っぽい。でも可愛くて好きよ」
「な! そ、それより本題に入ってくれ。何で手紙なんて出したんだ。お前くらいの参加者ならこのエリアに敵はいないだろ」
 実際、会った時に座っていたモンスターはこのエリアでは最強の部類に入るはずだ。
「これがゲームだったらね…」
 そう言ってポンポンと肩を叩き、下ろすようにと合図されたのでゆっくやと降ろしてやるとスナイパーライフルを構えてスコープを覗く。
 ある程度動かして、固定すると何故か黙ったまま手で招いてスコープを覗かせる。
「あれが手紙を出した理由」
 スコープにはゴリラが写っていた。
 しかも、ただのゴリラではない。そこらの木など簡単にへし折る巨腕をもち、尻尾は五匹の蛇、もの凄く巨大でアリアが住んでいた(悠斗が壊した)城ぐらいの大きさがある。
 この森林エリアの巨木でさえもそのモンスターのせいでひびが入っている。
「な、なんだあれ⁉︎ 森林エリアにあんなやついなかったぞ!」
 ゲームの内であんなモンスターは見かけなかった。しかし、あれはあくまでこの世界を元とした試験的なゲームで全て再現したものではない。
「あれがなんなのかよくわからないけどあれのせいで足止めを食らってたの。私は木の上で射撃して倒すことを定石としてやってきてたけど敵が木に登れるとなると厄介なのよ」
 木の上で射撃。ゲームの時から森林エリアでガンナーがよく使う策だ。シュエルが素早く動けたならあのモンスターを突破できる可能性はあったのだが足が不自由となると不可能に近い。
「で? 俺にどうしろと、まさかこのままおんぶしながらあれを走りだけで振り切れとでも言うのか」
「さすがに私もそこまで鬼じゃないわ。人数も増えたしあのゴリラの習性を活かせば突破できるわ」
「習性? あいつにそんなのがあるのか」
「ええ、簡単にまとめると二つあるわ。一つはこのエリアから出ず、入るものを拒まない。もう一つはこのエリアから出ようとする人を妨害する。こんなところかしら」
「蜘蛛みたいなやつだな」
 敵が油断させて罠を発動させ動けなくった獲物をゆっくりと追い詰める。違うのは糸が見えること。しかし、この糸は簡単には破れない。
「大丈夫、私が策を考えたから。作戦名はそうね…キングゴブラから逃げ出せ!で、どうかしら」
 モンスターの名前を勝手に決め、ネームングセンスのない作戦名にはため息をこぼしながら仕方なく話を聞いた。
 そしてすぐにその作戦は実行されることになる。


 この月や星が輝き明るい夜の中キングゴブラ(シュエル命名)は木々を掴んで猿のように移動しながら獲物を探していた。あの奇怪な武器を扱う女だ。
 奇怪な武器は何かを高速で発射して、この左肩の肉をえぐった。まだ傷は癒えないどころか、何かが中にあるような違和感すらある。
「許サン」
 キングゴブラはモンスターだが少し人間の言葉を喋ることができる。これは上級モンスターなら当たり前のことで、今まで戦ってきた多くの人間から学んだ。
 だがこの感情は学んだものではなく、本能的なものだ。頭の中がフツフツと湧き上がりあの女を思い出すだけでイライラする。
 怒りだ。
 この感情は今のキングゴブラの動力源もある。そして森の出口、街へと向かう道への入り口。
 ここで網を張る。ここで待っていた方が効率的で無駄な体力も消耗しないで済む。
「コレニスルカ」
 手頃な木を見つけ腰を下ろす。この木は他の木よりほんの少し背が高く、広い範囲を見渡せる。
 ここで数十分ほど獲物を待つと人の影が周りを確認しながら木と木の間を移動していた。
 敵がいないか確認しながら移動しているようだがこちらからしたら滑稽こっけいな様子であった。
 何せここからでは丸見えでどこへ行こうとしてるか、何がしたいのかがわかる。
 すかさず、その影の目の前へ届くように大ジャンプした。着地に成功したそこはキングゴブラの重量で地面が凹んだ。
 影は思ったよりも小さく黒い衣装を身に纏っていた。
「キサマ、アノ女ノ仲間ダナ」
 この森林エリアに入ったものは大抵覚えている。そして、黒い衣装を着たこれと一緒にいた男は女を救出しに来たとほざいていたのを覚えている。
「………」
 何も喋らない。
 今は夜だし顔なんて服で覆われて見えない。仕方なくキングゴブラはパーカー部分をつまんであげてみる。
「かかったわね」
 カチャリと音がして彼女の後ろから長い銃が現れキングゴブラの脳天目掛けて弾丸が発射された。
 それが命中した衝撃でキングゴブラは一歩後ずさり追い打ちをかけるように何本もの木が頭上にら落ちてきた。
「グヌゥ!」
 自慢の巨腕で防ごうと思ったが、ガラ空きの後ろに木を倒されて態勢を崩してしまいそのまま膝をついて動けなくなってしまった。
 流石にこうも何本もの木を持ち上げることは大勢的に、力量的に不可能でいくらやってもビクともしない。
「どうにかうまく行ったな」
 しばらくして黒い服を着た者と剣を担いだ一人の男と忌々しい女がすぐ近くに集まり、この屈辱的な状況を見上げられる。
 後からやってきた二人が木を切り落としてきたのであろう。男の方は息を切らしている。
「そうですね。お二人ともよく頑張ってくれたおかげです。さあ、私はおんぶされながら帰りますからそのつもりで」
「ま、またかよ」
 楽しげにこのエリアを抜ける三人を見て、一匹は月に悔しさと憎しみを叫びに乗せて飛ばした。
 その咆哮と呼べる鳴き声はエリア中に広がり、眠っていた鳥たちが起きて逃げるように空へと羽ばたいた。

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