奴ら(許嫁+幼馴染諸々)が我が家に引っ越してきたのだが…

和銅修一

将来の話


 芸術は爆発だと誰かが言った。
 だが、残念なことに自分にはそういった方面の才能は皆無のようでまるで理解できないでいる。
 綺麗な絵は綺麗だと思うが、それ以上はない。そこに込められたメッセージ性だのを読み取ることができない。
 特にピカソなんかの独特な絵は何が何やらサッパリだ。あんな落書きみたいな絵が世界に認められ何百億もの価値がつけられている。
 理解できない世界ではあるが別に否定をする気はない。そういった世界があるのだと思うだけで。
 そういう意味で考えると俺にとって美術館は未知の世界だ。至るところに美術品が飾られていて視線が泳ぎまくってしまう。
 他の客が大人ばかりであるというのが居辛さを倍増させる。
「やはり学生のデートで美術館は変だっただろうか?」
 不安な顔を浮かべてしまっていたのか魅雨姉は顎に指を当てハテナマークを頭に浮かべていた。
「い、いやそんなことないよ。こういうところに慣れてないから少し戸惑ってるけど逆に新鮮かな」
「そうか。そう言ってくれると助かる。せっかく二人きりで出かけるというのに楽しめていないのは問題だからな」
 別に今のは魅雨姉を思っての発言ではなく、素直な感想だ。
「それにしてもどうして美術館に? 魅雨姉ってこういうのに興味あったけ?」
「実は昔から趣味で絵を描いていてね。時間のある時は美術部で少しばかり活動をしているんだ」
「へ〜、全然知らなかったや」
「まあ、この趣味はあまり表には出していなかったからね。でもみんなを見ていて自分を曝け出さないといけないと思ったんだ。それで私は美術大学に入る決心をした」
「魅雨姉が美大⁉︎ それはまた急だね」
「確かに私が絵を描いていることを知らない人は驚くだろうな。もしかしたら止める人もいるかもしれない。それでもこれは私で決めた道だ。何と言われようとこの道を突き進む」
「魅雨姉は強いな」
 将来を見据え、大きな決断をしていた姉。それに引き換え俺は自分の気持ちにすら答えを出せないでいる。
「いや、これは君がいたからこそ出せた答えだ。私一人では今もまだ母に従って生きていただけだろう。だから姉としてではなく、織原 魅雨として感謝しているよ」
「俺なんて大したことしてないよ。とはいえ、魅雨姉のことはこれからも応援してるよ。美術の方は苦手だからそれ以外のことなら協力するよ」
「そうか? なら料理を教えてくれないか? まだ一人暮らしをするかどうかは決まっていないができるに越したことはないと思ってね」
「えっと……それにつきましてはご期待に添えるよう最善を尽くしますけど成功する保証はないといいますかーー」
「何事も挑戦だ。この後もまだ時間がある。今から帰りに材料を調達して始めることもできるぞ」
 展示品の数々に刺激されたのかやけにやる気な魅雨姉。やる気なのは良いけど、それによって被害者が増えてしまうかもしれない。
「挑戦は大事だけど、それはみんながいる時でもできるから他のことしようよ」
 このやる気を消すのは今の俺には無理だ。せめて問題を先延ばしにようと必死に話題を変えようとすると意外にもこれが成功する。
「ああ、それならあそこに行きたいと思っていたんだ。ここはもう見終わったし、次はそこに行くのも良いな。君さえよければなのだが」
「うん。何処にでも付き合いますとも」
 暗黒物質が誕生する未来が訪れないのならば。
 そんな意気込みで魅雨姉の後を追い、たどり着いたのは暗黒物質とは無縁そうな場所だった。
「クレープ屋さんってこれまた意外というか……」
 最近になってオープンしたらしいこのお店。女子学生から人気を集め、今日も若い女性が多く来店して賑わいを見せている。
「私も人並みに甘いものは好きだ。糖分は疲労回復に良いと聞くしな。特にクレープには思い出があるんだ」
「思い出?」
「ああ、あの厳しい母がテストで満点を取った時にご褒美にとクレープ屋さんに連れてってくれたんだ。その時のクレープが忘れられなくてね……」
 魅雨姉の母親。
 我が家に引っ越して来てからはメールで近況報告をする程度しか交流がないようで俺もあの公園で話した以降は会えてすらいない。
 今の状況を続けていたらこの母娘の距離は開けてしまう。それは弟して見過ごせない。
「魅雨姉、これ食べ終わったら会ってきなよ。いや、会うべきだ。特に大学の話とかもうしてるかもだけど、ちゃんと面と向かって話し合わないと。だって、家族なんだから……」
 何かあって会えなくなってからでは遅い。その前に行動しなくては絶対に後悔をすることになる。この俺のように。
「ああ、そうさせてもらうよ。色々と気を遣わせてすまない。今度のデートは思いっきり楽しめるよう努力するよ。その時には私の手料理を振る舞おうじゃないか」
「そ、それは楽しみだなー」
 この時、興の笑顔がひきつっていたのは言うまでもない。

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