一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。
春生小屋エンデューロ《ハーレム》7
さて、まあチームを一つに纏めて考えれば一騎打ちな訳だが、真の一騎打ち、つまり御影対高畑になるまでに、俺は御影が有利になるように下準備をしなくちゃいけない。
パターンは二つ。先行して逃げ切り、差をつけて勝利か相手の様子を伺い、付いていくか。
前者を勇者、後者を賢者とするのなら、俺は――
「うおおおおおおおおおおお‼︎」
東条が雄叫びを上げ、加速を始める。高畑を引き連れ、勇者の如く逃げ切りを図るつもりなんだろう。
そう、つまりは。
「――!ちっ、後ろに!」
「悪いが、ずっと牽き続けて疲れてるんだ。休ませてくれよ」
俺は賢者を選び、東条達の出方を伺うべく、後ろにつく。
このままゴールまで加速して疲れてくれたら俺達にとってベストなんだが……まあ、そうは行かないよな。
俺の考えを察した東条は、体力温存の為に速度を落とす。きっと、ここまで来たら俺達の考えは同じだろう。
――ゴールスプリントだ。
「リクくん、まだ踏ん張れる?」
「……どうだろうな。今までみたいな牽きは無理だけど、多分…10秒なら加速し続けられる。…そこで提案なんだが、御影。俺が合図を出したら、俺がどんな位置にいようと、全力でスプリントしてくれないか?」
「え…っ?それってどういう……」
「頼む。細かな説明をしている暇はないんだ。俺を信じてくれ」
俺は振り向き、御影の顔を見つめる。
と、俺の気持ちが伝わったのか、御影は。
「……うん、分かった。リクくんを信じるよ!」
そう言って笑ってくれた。
助かる。今からやる方法は、俺にも説明が難しい、とっておきの必殺技だからな。
『さあーて!3位決定のゴールスプリント!集団から飛び出し、ゴールしたのは〜〜⁈――!…チーム《カミカゼ》よー‼︎残り200mの飛び出し逃げを上手く決めたわね〜!』
3位は決まったようだな。
全く、珍しいレースだ。順番を競うスポーツで、3位から決定するなんてな。
「どうやら、本当の意味で俺達だけのステージになったみたいだなぁ!リクさん」
「…そうだな」
1位決定の周回、他選手は既にゴールをし、実況や観客はこの2チームに視線を寄せる。
今大会、現カテゴリーにての最大の注目ポイント。故に。
「頑張れー!残りは2kmくれぇだ!ふんばれよー!」
「いけー!東条!全日本見てたぜ!このまま逃げ切れ――‼︎」
「ゴールドムーン!大逆転を決めろー!」
「アレッ!アレッ!」
沿道から、知らない人々が声をかけてくる。本当に、知らない人々だ。
しかし、彼らは何故か応援をしてくれている。俺ですら未だに聞きなれないチーム名を叫び、手を振ってくれる。
きっと、きっとだがコレが、ロードレースの醍醐味でもあるんだろうな。
けど、
「俺には必要ない」
「?リクくん…?」
俺は一人が好きだ。その考えは今でも変わらない。応援をいくら貰っても力は増えないし、決まった結果は変えられない。
しかし、世の中は一人でいることを許してくれない。だから人は人を応援し、自分への見返りを求める。
けど…それって間違ってないか?一人でいるのが悪いのか?人の応援を力に出来なくて悪いのか?結果を出せず、期待に応えられないのが悪なのか?
……俺はいつも考える。自転車に乗ると、いつも余計な事が頭に入る。そしてそれを祓えるのは、同じく自転車。
――ある時、俺は一つの結論に至った。
自分の主張が世界に通じない時、人はどうするのだろうか?妥協、迂回、閉鎖、狂乱。まあ、色々と思いつくが…そんな中で俺が導き出した答えは――
「――適応だ」
自分のままで常にいようとするから、常に何処かに穴が出来る。なら簡単な話だ。その時に応じて、他の所から土を拾い、穴を埋めればいい。
そして、他の穴を作る。そこにあった、今要らないものは切り捨てる。
そうすれば、他人に施しを受ける必要は無くなる。そう、自分の中で完結すればいいんだ。
そうすれば、自分を相手に侵食される事は無い。
だが。
『おーっと!先頭が遂に、最終の折り返し地点にまで迫って来たー!果たして勝つのはどちらかー⁈』
「ここまで来たんだ!悪いけど、リクさん達には前に出る事なく、沈んで貰う!」
「ああ!」
東条達のスピードが上がった。しかし本気じゃない。先にこちらが出ないようにする牽制だろう。
けど、悪いな。
「御影、合図だ。0って言ったら真っ直ぐ加速だ」
「うん、分かった…!」
「……5、4、3、2、1、――0だ…」
俺は0と言った瞬間……御影の事を全く気にしていなかった。信頼しているとか、そういう事かは分からないが。
ともかく、集中していたのは己の――脚。
今まで要らないもんを使って来たんだ。ここで軽くしてくれよう。
――チャージを解除、自転車で使わない全筋肉の締めを…緩める。
その瞬間、一気に身体が軽くなるのを感じた。……そして、駄目押しの。
「――加速」
そう呟いた刹那、世界は一瞬で吹き飛んだ。今までの速度域を抜け、もう一段階上の速度域へと身体、反射、精神すらも飛んで行く。
「な⁈なんだその加速⁈いや、瞬発力‼︎」
「悪いが先に行かせて貰うぞ」
東条を振り切り、前に出る。最終コーナーまで残りは200mといった所か。
ゴールまでは400mとまだあるが、問題はないだろう。
このまま、加速をし続ける。感覚で分かる。御影はちゃんと着いてきている。
このまま行けば余裕で――
「そのまま行かせるかああああー‼︎」
「――!」
東条が左から横目で見える程の距離に出てきた。
正直、驚きだ。
流石は東日本最強と言われてるだけはある。気合いの走りの中に、微かな余裕が伺える。まだナイフを隠し持っているんだろうな……。
けど、俺の戦略はここで終わりじゃない。
『さあ!最終コーナーまで残りは50mほど!ここのコーナーをいち早く抜けた方が、勝利へと確実に近づくわよ!』
…分かってる。そう、だから。
「御影。ゴールスプリントだ…!」
叫んだ。あまり声を出す事が得意でない俺が、叫んだ。
そして御影は俺の声に誤差なく――飛び出した。
「んなっ⁈」
「⁈」
コーナーを回る前に御影を出すという予想外であろう行為に、東条と高畑が目を丸くする。
「前に出られた!…で、でも!左回りのコーナーで、外側にいるのは俺達だ!コーナリングスピードは俺達の方が速い‼︎」
「……それはどうかな?」
俺は脚を止めた。もう、役割は終わった。
「――ふ…っ‼︎」
「⁈――な!」
御影がコーナーへと突っ込んで行く。インコーナーギリギリを、ブレーキすらせず、ペダルが地面とスレスレになるくらい車体を傾かせて。
「なんだそのスタイル‼︎か、傾き過ぎなのに……倒れてねぇ⁈」
東条達もコーナーに突入したが、その頃御影は最後の直線を……既に走り始めていた。
御影があんな曲がり方をしたのは予想外だったが、俺は分かっていた。
おそらく御影は、
――体幹がもの凄くいい。
体幹とは、身体のバランス……全てを支える柱のような筋肉。これがしっかりしていなければ、他の筋肉の精度がどれほど良かろうと、その真価を発揮出来ない。
逆に言えば、体幹がしっかりしていれば身体を自由に操れる。例え、どんなに急な姿勢でも、それをコントロール出来る。
俺が初めて御影の体幹の良さを感じたのは、車の上からロードを降ろしている御影を見た時だった。
あんなに足の踏み場が悪いにも関わらず、御影は筋肉をほぼ震わせることなくロードを支え、降ろしていた。
これは、強靭なバランス感覚と、筋肉の精度が良くなければ出来ないことだ。加えて、御影は試走の時、異様にコーナリングが上手かった。それこそ、コーナーを抜けた後、俺が一瞬離される程に。
だから切り離した。俺をも凌駕する、コーナリングの前で――。
「行け!乱!」
「任せろシンラ!ずっと休んでたんだ!この位の差はどうってことない‼︎」
東条の後ろから飛び出した高畑が、最後のスプリントを開始する。
間は車体一個分あったが、徐々に近づいているのが見て分かった。
予想はしていたが、やはり高畑も速い……!
「うおおおおおおおおおお‼︎」
「ああああああああああ――‼︎」
2人が叫び、最後の踏ん張りを見せる。ほぼ横並び。身体は触れそうな程近く、荒々しいが、2人のスプリントフォームはとても……美しかった。
思わず見惚れてしまう程に。
そして、その全ての力を使い果たし、ゴールへと――
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