一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

春生小屋エンデューロ《ハーレム》1

 

 6月21日。ついに春生小屋エンデューロの日を迎えた。

 朝早くから会場へと来ている俺達は、飽きるほど乗ってきたローラー台に今も乗っていた。

「か、風が欲しいぃ……」
「アップなんだから我慢しろ。それに、直ぐに風には当たれるさ」
「うわぁー!待ちきれないよー!ミドリまだかなー?」
「まあ、気持ちが高まるのはわかるが、神無が戻ってきてもレースはまだ始まらないぞ?」

 俺達がアップをしている間、神無はゼッケンや計測器を取りに受け付けに出向いていた。そろそろ帰ってきてもいい時間だが……。

「あ、帰ってきたよ。ん?1人じゃ無い。あれは…東条くん達かな?」

 御影と同じ所を見ると、白い袋を肩にかけた神無と、東条、山里、高畑の3人チームがこちらに歩いてきているのが分かった。
 俺はローラー台とロードの上から降り、一歩前に進む。

「はい、桜島くん。これゼッケンとか諸々が入った袋ね。それと…」

 神無は俺に袋を渡すと、視線を東条へと向ける。その合図を受けた東条が勢いよく頭を下げた。

「先日はすみませんでした!興奮状態だっとはいえ、大変な無礼をしちまいました。ほんっと、すんません!」
「シンラ先輩?所々教えた敬語と違いますよ?アレほどちゃんとしてって言ったのに…」
「ま、マジィ…?」
「マジです」

 何やら打ち合わせをしていたらしく、計画通りに謝れなかった東条を見て、山里が額に血管を浮かび上がらせている。
 後輩だろうが、なんというか姉御みたいだ。

「頭を上げてくださいよ、おやっさん」
「あれ?なんかのドラマで聞いたような…」

 顔を上げながら東条が不思議そうに首を傾げた。
 照れ隠しなんだ、察してくれ。

「俺は無礼だとは思ってないし…どちらかと言えばこちらが無礼をしたと思っている。…すまなかった」
「い、いや!アレは完璧に俺に非があるし…ですよ!ほんとすんません…」
「敬語」
「ひっ!」

 山里に耳元で囁かれ、顔を青くする東条。

「いや、いいよタメ口で。その方がこっちも楽だ。俺になら、な?」
「そ、そうか?ま、まあ本人の許可も取ったし!そうさせてもらうぜ」
「ああ。それと……この間は舐めたマネして怒られたが……」
「ほ、本当に…怒鳴ってすんませんした…」

 いや、あれは怒鳴っていい事だ。それに…東条のお陰で大切なことに気づけた訳だしな。

「いいんだ。だけど…いや、だからこそ今回のレースは、全力で行かせてもらう。絶対に勝つから、そのつもりでな?」
「――!…ははっ、そりゃ厄介だ」

 俺の決意を察したのか、苦笑いながら、満足そうに東条が笑う。
 やっと対等になったような…そんな気がした。

『――えー…カテゴリー《ハーレム》に出場の選手の皆様、スタート20分前となりました。お手洗いなど、直前は大変混雑致しますので、計画的にご利用ください――』

 定期のアナウンスが流れてくる。さて、そろそろ準備しなきゃな。

「じゃあ、俺達はこれで!レース、お互い全力でやりあおうぜ!」

 そう言い、東条が拳を俺に突き出す。それに俺も自分の拳を重ね。

「ああ。全力で…正々堂々だ」

 そう応えた。

 一旦東条達と分かれた俺達は、もう直ぐ始まるレースに向けて、準備を開始した。

「ゼッケンは私が付けるから、そこに座ってて」
「分かった」

 神無の指示通り俺は地面に腰を下ろし、おとなしく固まる。

「そういえば、ゼッケンって何番なんだ?」
「えっと、私達のチームは2222番だね。いい並びだけど…2の推しがそんなに強いと…」

 2位を思わせる。
 そう言いたいんだろう。しかし、言ったら現実になりそうなので言わない。一種のジンクスだ。

「なんか2位になっちゃいそうな数字だね〜」

 御影がなんのためらいもなく言った。
 こいつ、言いやがったよ。ジンクスもなにもあったもんじゃねぇ。
 俺は能天気な御影をジッと睨む。と。

「な、何で二人ともそんな怖い目でボクを見てるの…?」

 どうやら神無も御影を睨んでいるようだった。


「はい!付け終わったよ。センと交代ね」
「ああ。ありがとう」

 立ち上がり、御影と場所を交代する。

「リクくん、これ持ってて」
「ん?ああ」

 そう言って俺が受け取った物。それは、大会の注意事項や参加者が載っている冊子だった。
 そういえば、スタートリストとか確認して無かったけど、どれ位の人が参加しているんだろうか?
 冊子を開き、カテゴリーハーレムの欄へと目を移す。


 ・参加人数 80人 ゼッケン番号2220番〜2256番


 結構な人数だな。

 冊子を見るに、ランダムでペアを組んでハーレムカテゴリーに参加するなんてのもあるようなので、おそらくそれを利用しての参加者が多いんだろう。
 チーム名を見ても、運営が決めたであろう適当な名前が多い。元から組んでいるチーム名は……

 《デモニック》《カミカゼ》《ゴールドムーン》位…か。
 デモニックは…東条達、カミカゼは知らない連中だが、このゴールドムーンってのは……。

「なあ、何で俺らのチーム名がゴールドムーンなんだ?」
「んー?可愛いからっ!」

 見事なスマイルで応える御影。いや、答えにはなってない。なんで俺らのチーム名が黄金で月なんだ?

「チーム名の由来ってなんだ?聖月大学だからか?んにしたってゴールドって…」
「いやぁ、セントムーンとか色々考えたんだけど。それよりも、一位になれるように願いを込めて“金”ってのを入れた方がいいかなーって!金って一位っぽいでしょ?」

 確かに、一位の色は何色か聞かれたら金って感じだけど…。ロードレースだと黄色ってイメージが……まあ、似たようなものか。

「……もしかしてダメだった?」
「いや、いいよ。自分で言うのも癪だが、俺にはネーミングセンス無いから」
「そうなの?まあ、なら良かった!」

 照れるように頭をかく御影。

「動かないでよセン〜。まあ、今終わったけどさ」
「ありがとうミドリ〜」

 そう言い、御影が立ち上がる。

「とりあえずこれで準備は完了か?」
「いや、もう一つ大切な物があるよ。…はい」

 神無が袋から黒い布のような物を取り出す。タイプは二つあり、青と赤のマークがそれぞれされていた。

「これは?」
「計測器がついたバンドだよ。足首に付けるんだ。これが無いと走ってる事にならないから、ちゃんと付けてね?青が男性の桜島くん、赤が女性のセンのだよ。性別を区別するための色だから、間違えないように」
「おう」
「うん」

 神無からバンドを受け取ると、端がマジックテープになっているのが分かった。なるほど、こういう計測器もあるのか。
 初めてのレースでは計測器は自転車に付ける物だったので、こういうタイプは初めてだ。

「あ、ちなみに。青のバンドを付けてる人が赤のバンドを付けてる自分のチームメンバーより先に……一番でゴールするとそのチームは失格だから。まあ、大丈夫だとは思うけど、気をつけてね」
「なるほど。ハーレムカテゴリーの為の物なのか。確かにこれなら不正は出来ないな」

 俺の言う不正とは、女性を男性が牽いたままゴールするというものだ。一番にゴールした女性のタイムが成績に反映されるならこれでもいいが、ハーレムカテゴリーはあくまで女性がエースというカテゴリーだ。
 なので、そういった行為をさせ無い為に、計測バンドなどの対策がされているんだろう。

「うん。あ、あと補給食と…ボトルね!切らしたらピットに来てくれればいつでも準備はしてるから、任せて!」
「ああ、分かった」

 そう言い、補給物資を受け取る。ボトルはボトルケージに、補給食は背中のポケットに入れる。
 ロードレースは試合時間が長い。なので、エネルギーを切らさないよう、道路上で食事を摂る必要がある。
 だからロードレーサーはサイクルウェアのポケットに様々な食べ物を入れて走るのだ。
 ある人は羊羹、ある人はグミ。バナナを入れて走る人なんかもいる。それほど補給は重要なのだ。

 そして、元から持っていた分が無くなったら、更に補給物資を受け取らなくてはならない。今回はピットという、機材交換や、補給物資受け取りエリアがあるので、そこに行けば補給食が得られる。

 ちなみに、今いるのはピットエリアの直ぐ近くだ。

「そういえば、ずっと気になってたんだが、その黒い袋はなんだ?ピットに持っていくっぽいが…」

 俺は神無の横にあるモコっと膨らんでいる袋を指差す。かなり大きい。子供でも入れそうなほどだ。

「ああこれ?……秘密兵器だよ…」

 そう言い、神無が不気味な笑みを浮かべた。
 ううむ…深く聞くのは危なそうなので、詮索はしないでおこう…。

『(ピピッ)――カテゴリー《ハーレム》に出場の選手の皆様、スタート10分前となりました。スタートラインに集合して下さい。繰り返します、カテゴリー《ハーレム》に出場の皆様、スタート10分前となりました。スタートラインに集合して下さい』

 アナウンスが流れ、人々がゾロゾロと動き始める。
 俺達も行かなくてはならない。

「じゃあ、行くか」
「うん!ミドリ、ボードで指示よろしくね」
「任せて!」

 そう言い、神無がホワイトボードを何処からか取り出す。なるほど、神無も準備は満タンのようだ。

「それじゃあ、行ってくるね!」

 そう言って、御影が拳を突き出す。それを見た神無が、拳に拳を当てる。

 こちらを見てくる2人。どうやら俺にもやれと言いたいらしい。
 そうだな、こういうのも大切か。

 ――俺も2人と拳を合わせた。

「…勝つぞ」
『お――――‼︎』

 俺の言葉に、御影と神無が元気に…周りに聞こえる位大きな声で叫んだ。



 ◇

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