一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

追憶と前進3

(パシャパシャッパシャパシャッ)
 物凄いフラッシュ音が鳴り響く。

「えー、今回、桜島リクさんは彼女がいながら他の女性を家に入れた訳ですが…罪悪感などは無いんですか?」
「…ノーコメントで」
「ひ、酷いよリクくん!信じてたのに……」

 御影が涙ぐみ、会場が大きくざわめく。

「ちょっと!最低じゃ無いんですかねー!」
「何か言ったらどうなんですかー⁈」
「あんたそれでも男か⁈あ⁈」

 記者達が一斉に俺に罵声を浴びせてくる。こんな会見早く済ませたい…。

 ま、脳内の話だけど。

 家に神無を招待した俺の頭の中は、初めて他人が自分の領域に入ったことにより、かなり混乱していた。
 しかし、そんなこととはつゆ知らず、神無は玄関から廊下にかけてを行ったり来たりしている。

 正直、何がしたいのかは不明だ。

「ねえ、桜島くんの部屋ってどこ?」
「ん?階段上がった二階の部屋だけど……」

 え?ちょっ…まさか行く気か?俺の部屋に。
 と、まあ予想通り神無が躊躇なく階段を登っていく。それに俺も続く。

「えっと?この部屋だね」

 ドアにかかっている『RIKU』という小さい表札を見た神無が、俺の部屋に入ろうとドアノブに手を掛ける。

 やっぱり入ろうとしている。どうする気なんだ俺の部屋なんか入って。
 正直、変な動悸が止まない。

 ドアノブを下に押し、少し扉が開きかかる。このまま入るのか……と、思ったのだが。
 何かを思い出したかのように神無はドアを閉じる。
 そして気まずそうな顔をしてこう言った。

「ご、ごめん…片付けたい物…とかあるよね…ははは。ちょっと待ってるよ…」
「……ん?…あ」

 どうやら俺の部屋にあるかもしれない怪しいモノ・・に気をつかって、神無は時間をくれたらしい。
 その心づかいはありがたいが、待ってもらう必要は特にない。

「ああ、大丈夫だ。入っていいぞ」
「ホントに?」
「ああ」
「それじゃあ……」

 神無しが再びドアノブに手を掛ける。
 まあ、別に入られても困るモノは無いし大丈夫だろう。勿論神無の心配しているような卑猥な本は無いし……。

 うん。本当だし。別にプラモデルの要らない箱の中に薄い本とか隠れてないし。

「うぁぁぁぁ‼︎あったー!」
「え…」

 まさかの見つかったか?隠しておいたぞ?俺。
 神無に続き俺も部屋に入り、彼女の視線の先に焦点を当てる。と。

 ああ…そういうことな。

 何を見て神無が声をあげたのか直ぐに分かった。俺の部屋に立てかかっている三台の………ロードバイクだ。

「アルミロードだけどフロントフォークとバックカーボンが付いてるんだ!なるほど、旧式だけどいいヤツだし…もしかして桜島くんって、自転車好き一家だったり⁈」

 興奮気味に神無が言ってくる。こんなに積極的な神無初めて見た。

「いや、俺の家で自転車やってるのは俺だけだ。そのロードは昔…ある人から貰ったんだ」

 俺は神無が見ていた天空色のロードを指差し答える。このロードは、師匠が別れる時に餞別せんべつとしてくれたものなのだが、貰った時はサイズ的に乗れなかったので…。

「そうなんだ〜。あ!こっちのロードって子供用?持ってる人初めて見たかもー!」

 神無が天空色のロードの隣にある子供用ロードに視線を移す。

「こっちも人からの貰い物だ」

 師匠が特訓の際にくれたもの。恐らくは俺の為に買ってくれたんだろう。
 師匠は俺を強くする為には金を惜しまなかった。だからか知らないが、ロードに仕掛けがあることも度々あり、俺はよくそれと格闘させられた。

「うわぁ、前三段の後ろ八段かぁ。クロスとタイプは似てるけどギア比は違うし、重さも…ハンドル位置とかも工夫してる…あ、やっぱりホイールの大きさも大分違う……」

 ブツブツと神無が何か言っているが、よく分からないので放っておこう。
 それにしても、この反応を見るに…。

「なあ、俺の家に入りたかったのって、ロード見るためか?」
「あれ〜?言ってなかったっけ。そうだよ!自転車経験者って分かったら、持っているであろう桜島くんのロードを見せてもらいたかったんだ!」
「…そういうことか」

 何かが繋がった気がした。
 確かに、神無は機械いじりが好きと言っていたし、フィッティング技術もある。つまり自転車そのものが好きなのだ。
 だからあんなにギラギラした目で俺に自転車経験者か問うていたんだろうし、家に入りたかったんだろう。

「何かやっとスッキリした気がするな…はぁ…」
「ん?何のこと?」
「いや、何でも無いよ。ああそうだ。お茶とかいるか?冷たいのなら直ぐに用意するけど」

 一応客なのだ。もてなさねば。

「いや、もう帰るし大丈夫だよ。最後の一台を眺めさせてもらったらね」

 神無が窓側にあるロードを視線で示す。

 マッドブラックを基調に、ライムイエローを織り交ぜている、夜月を彷彿とさせるフレーム。ホイールからペダルに至るまで、最新のパーツで出来上がっているそれは、俺の愛機と呼べる存在だった。

「この機体だけは最新のだよね。数量はあんまり無いから、生で見るのは初めてだけど…知ってるよ〜。カタログで見たし」
「お察し通り、最近買ったものだ。大学の入学祝いとか言って姉ちゃんが買ってくれたんだ」
「へぇ〜いいお姉さんだね!ウン十万するだろうに」

 神無が悪戯な笑みを浮かべる。
 確かに、かなり太っ腹な姉ちゃんだとは思う。
 体型はスリムだが。

「感謝はしてるよ。本当に、姉ちゃんはいつでも俺の味方をしてくれる。若干引くぐらいにな」
「ははっ 珍しいタイプだね。まあ、私は兄妹いないから分からないけど」

 神無がちょっと残念そうな表情をする。一人っ子は自由でいいと聞くことがあるが、神無はそうは思っていないようだ。

「あ!そうだ!」
「ん?」

 手を叩き、何か良いことを閃いたのか、神無の表情が急に明るくなる。
 頭の上で豆電球が光ったような幻覚を見た。

「桜島くん、このロードちょっと預かっても良い?フィッティングとか色々したいんだけど!」
「え?」
「ダメかな?性能アップは約束するからさ!」

 そう言い、手を合わせ俺を拝む神無。
 他の人に愛機を預けるというのは不安だが…まあ、実績もあるし神無になら。

「まあ、そこまで言うなら頼むか。神無の技術が本物なのは、身をもって文字通り体感してるしな」
「やったぁ!ありがとう!絶対良くして返すから!」

 そう言い、再び俺の愛機を見つめる神無。
 何か目が光ってるし、ヨダレも出かかってる気がするけど……大丈夫だろうか?選択ミスってないよな?

「じゃあ、車に積むね!傷は絶対につけないようにするから……あ、軽い!」

 ロードを持ち、神無が驚きの声を上げる。
 そりゃそうだろう6kg代だ。

「軽いだろうが俺が持つよ、手が空いてるのに女子に持たせるのも悪いしな」
「大丈夫大丈夫!持てるからっ――っと⁈」

 何かにつまずき、神無がバランスを崩す。俺は咄嗟に駆け寄り、神無の身体を支える。

「っと…危ない危ない。やっぱり俺が持つよ」
「あ、ありがとう……」

 神無が顔を俯かせ、ロードから手を離す。何やら耳が赤いが…。

「大丈夫か?どっか打ったりとかは?」
「い、いや!大丈夫!」

 俺から離れ、手を少し上げる神無。何か顔も赤い。

 ああ、そうか。しまった…不覚にも女子に触ってしまっていた。あれ?セクハラとかで訴えられないよな?大丈夫だよな?

「訴えないよな?」
「ん、ん?特にそういう予定は無いけど……それにしても、何につまずいたんだろう…」

 頭に疑問符を浮かべながら神無が床を見た時、俺は凹んでいるとあるものに驚愕した。
 何故、俺のプラモ箱が床にあるのか?

「あ、ごめん!踏んじゃったみたい!中身大丈夫かな⁈」
「ちょっ、まっ」

 俺は止めようとするが、もう既に時遅し、ロードを支えている俺が神無より先に箱に辿り着ける筈もなく。
 俺のパンドラの箱は容赦なく開かれる。ま、中身分かってるけど。

「……………」
「……………」

 箱の中を見た神無は何も言わない。俺も何も言わない。ただ、気まずい空気が流れる。
 そして、恥ずかしそうに神無が箱を閉じ、小さく言った。

「とりあえず、ロード…運ぼっか…」
「…そうだな」

 俺も小さく応えた。



 口数が減りながらも、ロードを車に取り付け、とりあえずやる事は済ませる。
 やっぱり気まずい…黒歴史確定だな、これは。

「じゃあ、私はそろそろ…」
「あ、ああ。また明日…か?」
「うん、6時に部室前集合ね!」

 満面の笑みで神無が言う。
 やっぱり早いな、そしてその笑顔は鬼畜だ。行かざるを得ない。

 それに…明日は御影に謝らなきゃな。
 そういえば。

「なあ、御影は俺のこと自転車経験者だと気付いているのか?」

 神無が気づいていたのだ、御影だって勘付いても不思議で無い。…そう思ったのだが。

「いや、それは無いと思うよ。センが桜島くんのこと誘った理由は聞いたけど……自転車経験者とは思ってない様子だったし」
「理由…?ああ、自転車通学者ってやつか」

 そういえばあいつ、そんな事言ってたな。
 しかし、その後に気付いた可能性も…。たまに墓穴掘ってたし。

「自転車通学者?いや、まあそれもあるとは思うけど、それだけじゃ無いよ?」
「ん?それだけじゃ無い?」
「うん。セン曰く、『ママチャリのギア比に反してフォームが綺麗だったから誘った』らしいよ。今日はそのママチャリは家に無いみたいだけど…フロントギアが48tあるんだって?そんな凄いの良く乗れるねぇ」
「……なるほど」

 どうやら、御影は登校中…あるいは下校中の俺を前から見ていたらしい。

 俺のママチャリは少々問題児で、発売後直ぐに製造中止になった幻の逸品なのだ。なぜ製造中止になったのか、理由は単純。
 ギア比がスポーツバイクと同じくせに、重さは普通のママチャリと変わらないから。つまり、ただただ重い自転車だったのだ。
 普通の人が乗ったら、体の軸がブレまくり、マトモには乗れないだろう自転車。
 きっと、そんな異常な機体に普通に乗っている俺を見て、御影は計画的勧誘をしたんだろう。道理でしつこい筈だ。

 自分を褒めるつもりは毛頭無いが、俺も勧誘する立場なら、俺みたいな奴は逃さないだろう。

「……てことはつまり、御影は俺の事、フォームが良くって意外に走れる奴…くらいにしか思ってないのか?」
「まあそうだろうね。あーけど、かなり期待はしてるみたい。あんな積極的なセンは初めて見るし」
「そうなのか?あいつは誰にでもしつこい奴なのかとばかり…」

 俺がそう言うと、神無は首を横に振り、否定した。

「センって…可愛いじゃない?だから、男の人は下心満載でセンに接するわけ。それをセンはあまり良いものと思っていない様子でね〜。……だから、下心なく自分に接してくれる桜島くんを、凄い気に入ってるんだよ」
「……なんか照れるな、それ」
「ははっ。だから、センのこと…大切にしてあげてね?あの子、桜島くんのこと…きっと本気だから」

 真面目な顔でいう神無に、俺の顔も引き締まる。というか、引き締めたつもりだ。

「ああ、大事にするさ。彼女だからな」
「…うん、よろしくね」

 そう言って笑う神無の顔は何故だが少し寂しそうだった。

「じゃあ、私帰るね。明日も遅刻しないように!じゃあね」
「ああ」

 そう言い、俺達は別れた。
 辺りは大分暗くなり、夕方の住宅街には、家へと帰っていく子供達がちらほらと見えた。

「さて、俺も帰るか」

 と、玄関を開けた瞬間。俺は自分の心臓が思い切り揺れたのに気がついた。
 何故か?それは、家にいるはずの無い人がいたからである。

「おかえり。リク」
「……なんでいんだよ、姉ちゃん…」

 妙なオーラを漂わせながら俺の姉、桜島カレンが玄関で仁王立ちをしていた。

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