一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

練習会と青春ボーイ3

「お?おかえり〜!どしたの?何かやつれてるけど」
「…何というか、宣戦布告を受けたんだよ…端的に言うと」
「ん〜?」

 よく分からない様子で、御影が頭にクエスチョンマークを浮かばせている。
 そりゃ分からないだろうな。俺もあんな所で敵と遭遇するとは思わなかった。

「何、桜島くん?トイレで春生小屋エンデューロ出場者にでも会ったの?」
「……まあ、その通りなんだが。察し良すぎないか?神無。どっかで見てたんじゃ無いだろうな?」
「いやいや、まさかぁ〜。今の今まで、コースに持っていく物の確認をしてたんだよ。あ、ちなみにセンは着替えしてたよ」
「え?」

 御影が着替えを?いや、おかしいじゃ無いか、御影は既に着替え済のはず…。
 そう思った俺は御影方に目をやる。すると、どういう意味で着替えたのか、一発で理解できた。
 着替えた…というよりは、脱いだという方が正しいと思うが。

「レッグウォーマーとアームウォーマーを外したのか」
「うん。走ってるうちにきっと熱くなるからさ」

 確かに、それは分かる。初めは寒くて着込んでいても、運動をすると徐々に脱ぎたくなってくるものだ。直ぐに取り外せるウォーマー類は、こういう時に便利で良い。

 それにしても、露出度が一気に増えるな、ウォーマー類を外すと。まあ、俺も同じ格好だが。
 俺と御影の格好に差があるとするならば、俺の真っ黒ウェアには、御影の鮮やかなウェアと比べて、個性があまり無いということだろう。

 しかしながら、一瞬だが驚いてしまった。もし全身を着替えていたとするなら、車の外から窓越しに丸見えだ。女性としてそれはヤバイだろう。

「あ、あとインナーも変えたんだ〜。ちょっと厚手のやつ着てたから」
「……………」
「ど、どうしたの?何だか『こいつ、やりやがったよ、どういう神経してんだ?』みたいな顔してるけど…」

 苦笑いをしながら御影が俺の顔を凝視している。それにしても、見事に考えていることを当てられたものだ。
 インナーウェアを着替えたということは、少なくとも上は脱いだことになる。俺がもう少し帰ってくるタイミング早かったらどうするつもりだったんだ?ハプニングだぞ。下手したら俺逮捕だ。

「桜島くんも車で着替えて良かったのにね。センと一緒に」
「ちょっ!そ、それはダメというか…何というか…」

 顔を赤くし、御影が拒否をする。
 まあ、当然の反応だな。そんなの嫌に決まっているだろう。全く、神無は何を言ってるんだか…。

「まだ早いというか……ね?」
「………」

 恥じらいながら御影がこちらを見てくる。さあ、こういう時はどういう反応を示せばいいんだ?

 ……分からない。うん。困った、実に困った。しかし、何か言わねば……。そうだな、自分が軽い男では無いという主張だけでもしなくては。

「…御影よ。俺はお前が思っているほど、軽い男ではないぞ?つまりはな――」
「ハーレムカテゴリー出るのにそんなこと言っても説得力ないと思うよ?桜島くん」
「うっ……」
「リクくん、『一本取られた…』って顔してるよ?」

 御影と神無が悪戯な笑みを浮かべている。『一本取られた…』というよりは、『痛いところ突かれたな…』
 そう思う俺だった。

「もう行くぞ、時間は金じゃ買えないんだよ」
「はははっ リクくんが逃げた〜」
「……ったく。本当にお前は…いや、お前ら・・・は、俺のペースを崩すよな…」

 俺がそう言いうな垂れると、御影と神無は顔を合わせ、イタズラに成功した子供のように楽しそうに笑った。
 仲がよろしいことで…。

 まあ、御影の発言をうやむやに出来たから良しとするか。

「あ、それで?センの発言についてはどう思ってます?桜島選手?」

 うやむやに出来てなかった…といか何だ?その選手インタビューは。

「桜島選手は精神に大きな怪我を負って退場だ、ほら行くぞ」

 俺は無理矢理会話に終止符を打ち、逃げるように自分のロードを掴んだ。



 ◇



「なるほど、あの匂いはコレだったのか」
「綺麗だね〜。柵があるから完璧には見えないけど」

 コース上へとやってきた俺達は、コース中間地点に沿うようにある《海》に目を奪われていた。

 どうやら俺が懐かしいと感じていた香りは、コース近くに位置している海の匂いらしかった。そういえば、海なんて小学生の頃に行ったきりだった気がする。

「あ、多分ここだね。リクくんよろしく」
「ああ…こんな感じでいいか?」

 俺は背中にしまっていたマーカーコーンを地面に置く。
 神無曰く、コーナリングを上手く出来なければ勝ちは無いということらしい。なので、俺と御影はウォーミングアップがてら、ロードに乗ってコース上に幾つかのマーカーコーンを置いていた。

 一般道でこんなことをしてはダメだが、ここは進んでも行き止まりの道の為、あまり利用されないということもあり、大会時期が近い今はある程度自由に使っていいんだとか。

「うん、オッケーオッケー!とりあえず最低限のコーナー箇所には置いたし、一旦戻ろっか」
「そうだな」

 そう言い、俺達は神無のいるスタート地点方面へと戻る為、再びロードで進み始めた。

「それにしても、本当に人がいないな。こんなところでレースをやるのか?」
「まあ、逆にこういう所・・・・・だからレースが出来るんだろうね。基本的に使われてない道路だし、近隣の苦情は出ないだろうから」

 確かに、それは言える。大分有名になってきたとはいえ、自転車競技というのは、日本でメジャーなスポーツというにはまだ理解度が低い。
 だからこういう周回系のレースが多いんだろう。フィールドを広く使わないで済むから。

 一方通行のロードレースなんかをやろうものなら、相当の人数の許可と協力が必要になってくる。それをやるのは、今の日本では少々キツイことだ。

「あ!リクくん見て見て!同じく試走者かな?反対側、走ってる人いるよ!」

 御影の言葉に、俺は首を右に捻る。すると、何やら見覚えがあるサイクルジャージを着た少年と、2人の少女が走っているのが目に入った。

 さっきの奴だ。名前は…確か東条とかいったっけか?もしやとは思っていたが、あちらも試走に来ていたようだ。

「中々に速いね〜。女の子2人連れてるし、同じカテゴリーかもね〜?」
「…同じだよ、俺らとな」

 俺は御影に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟く。
 それにしても、東条って奴…さっきの印象としては、相当自信家な感じがしたが、その理由が今分かったような気がする。確かに、あいつは速い。

 というより、上手い。

 今は東条を先頭として走っている訳だが、見事に後ろを気遣ったラインどりをしている。振り返りこそしないものの、おそらく彼はしっかりとメンバーの状態を把握出来ている。
 感覚でやってのけているのを見るに、アレは一種の――“才能”。

 こちら側に気づいた東条が、俺に手を振ってくる。あんまり親しげにしたいとは思わないが、挨拶をされたら手を挙げて挨拶を返すのが自転車乗りの常識だ。

 なので俺は軽く、申し訳程度に手を挙げた。

「あ!ボクに挨拶してくれたよ〜好印象な少年じゃないか!」
「いや、多分それお前にじゃないぞ」
「え?そうなの…⁈」

 前を走っていた御影が、俺にショックを受けたような顔を向けてくる。
 わざわざ言うことでも無かった気はするが、勘違いをして恥をかくより前に、真実を伝えといた方がいいしな。

 きっとこいつのことだから、『お!さっきの挨拶してくれた少年じゃないか〜!』みたいな感じで東条に近づくに違いない。まあ直感だが。

「ということは…リクくんの知り合い?」
「いや、知り合いというか…敵だな、あいつは。さっき宣戦布告をされたんだ。名前は東条……シンラとか言ってた。ハーレムカテゴリーの出走者だ」
「あぁ、やっぱりカテゴリー同じなんだね。というか…東条って…何か聞いたことあるような…」

 何やら考え込んでいる様子の御影だが…きっとこいつのことだ、ご近所さんにそんな名前の人がいるだけだろう。実際に知り合いなら、すれ違いざまに気づくだろうしな。



「あ!ミドリがいるよ、リクくん。あそこまで競争だー!」

 神無がいる所まで後少しの直線ゾーンで、御影が陽気に駆け出す。そんなに勝負ごとをしたいかね?全く…。
 俺は御影に続くようにシフトアップし、少し重くなったペダルを踏み込む。

「お〜並んだね〜。けど、ここより先には行かせないよ!」
「そうか…」

 御影が座ったままシッティングで加速し、並走している俺もその動きについていく。全く、誤差なく。

「あれ?えっと…あれ?」

 御影が横目で俺を確認しながら更に加速していく。全力では無さそうだが、中々のスピードだ。
 ――そして、神無の元へと到着した。

「…ちょっと〜?リクくん〜?」
「ん?何だ?」

 御影が俺の顔に、自分の顔をずいっと寄せてくる。近い。

「何でボクと全く同じスピードで並走するのさ!どっちが速いのか分からなかっただろう、もう!」
「…いいじゃないか、引き分けで。引き分けはいいぞ?平和的で」

 そう、この世に一番優しい勝負の結末があるとすれば、それは引き分けだ。
 しかし、最新の判定機械類を使えば、引き分けが起こる確率は途轍もなく低い。だから基本的に勝負で引き分けはあり得ない。

 その点、今回は感覚判定なので引き分けが使える。まあ、御影は納得していない様子だが。

「むぅ〜…」
「拗ねるなよ、本気の勝負じゃないだろ?それに味方で争うもんじゃないぞ、協調性を大事にしろ…協調性をな?」
「何事にも全力がボクなんだよ!協調性も大事だけど、ボクは勝ちたいのー!」
「駄々っ子か。おい神無、今日の予定を教えてくれ」
「オッケー」
「あれ⁈なんか流された⁈」

 『ガビーン』という文字が後ろに見えそうなほど、ショックを受けている御影であるが……まあ、放っておこう。

「今日やりたいことは、まずコースに慣れる。とにかく走って、体でコースを覚えてね?それでもって、最後には二人で協力してタイムトライアルをしてもらうから。そのタイムで、私なりに本番の作戦を練るから…全力で走るように」
「なるほど、分かった。…それにしても、俺は勘違いをしていたかもしれない。もしかしてリーダーって神無か?計画とか、やけにしっかりしているが」

 俺は御影がリーダーとばかり思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。…何というか、性格とか…色々含め…。

「ちょ…っ!リーダーはボクだよ!ミドリはマネージャーとしてしっかりしてるだけで、ボクの方がリーダーとして威厳があるんだから!」

 胸を張り、自分の権力を主張する御影。うん、無さそうだ。

「無さそうだな」
「リクくん…今どこ見て言ったの…?ねえ、どこ見て言ったんだい?」
「すまん、心の声が。別に威厳のことを言っただけさ…。だからその…右の拳をしまわないか…?」

 何やら笑顔の御影だが、真には笑っていない。怖い、その拳を放たないでくれ。

「はいはい!お喋りしてないでやるよー!まずはコース慣れ20周スタート!」

 神無が手を叩き、俺と御影を急かす。

 まあ、時間は有限だからな。効率よく使わなくては。
 俺は拳を握る御影から逃げるように、自転車に乗り、発進した。


「あ!ま、待ってよ、リクくーん!」

 御影が焦ってこちらに向かってくる。仕方ない、少し速度を緩めるか。
 俺はクランクを回すのをやめ、しばし慣性の法則に身を任せた。
  すると直ぐに、加速する車体の風切り音が聞こえてくる。やっぱり速いな、こいつ。

「オッケー!そのままいちゃってー!」
「…了解だ」

 御影が後ろについたことを確認し、俺は少しだけ速度を上げた。

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