一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。
練習会と青春ボーイ1
6月13日土曜日。――レースまで後9日。
要約すると『朝6時に聖月大学集合』というメールを受け取った俺は、10分前行動を心がけ、5時50分には部室前で待っていた。
もう6月な訳だが、思っていたより寒い。俺がTシャツとジーパンしか履いていないという理由もあるが……。
とりあえず部室で温まりたいものだ。しかし、あいにく鍵を持っていない為入れない。
あぁ…寒い…。
「お!早いね〜桜島くん。おはよ!やる気満々と見えるけど、ちゃんと眠れた?」
「ああ、神無…おはよう。睡眠時間はきちんと取ったさ。やる気は…まあまあだな」
エレベーター方面から姿を現した神無が、手を擦り合わせながら近づいてくる。白いスウェットの上に灰色のパーカー、更にその上に白い厚手のジャケットを羽織っている。やはり寒いのだろう。
上は寒さ対策万全に見えるが、下の黒いダメージスキニーを見るに、オシャレの代償は支払っているらしい。
やはり高校生とはファッションが少し違ってくるな……。
と、思ったが、考えてみればプライベートで女子と出掛けたことは無かったので、やはり分からない。
「御影は?」
「んっと、センはいつもギリギリに来るんだよね〜。時間前に来ちゃう私はいっつも待つことになるんだ。ははっ」
苦笑いをしている神無を見るに、あいつは時間前行動という言葉を知らないんだろう。多分、知っていても行わない。
「そういえばさ、桜島くん。前から言いたいことがあったんだけど…いいかな?」
「ん?何だ?」
神無の雰囲気が、少し変わった感じがする。冷静というか…怒るとは違うが、怖い雰囲気だ。
急にどうしたんだろうか?
「桜島くん…ってさ……。――自転車経験者だよね?」
「――――!」
神無から出た驚きの言葉に、俺は一瞬、息がつまらせる。
何故だ?一体どこでだ?いつからだ?
様々な疑問が頭を巡るが、言葉は上手く出てこない。
「あ――」
「おっ待たせー‼︎ちぇ〜ボクが最後か〜」
何かを言おうとしたが、言葉は遮られる。
声の方に勢いよく振り向くと、そこにはサイクルウェアを着ている御影の姿があった。
半袖短パンのサイクルウェアだが、アームウォーマーとレッグウォーマーをしているところを見るに、寒さ対策はしているらしい。
「いや、センはいっつも最後でしょ?遅れては来ないけど、時間前にも来ないよね…もぅ…」
「ははは、だって待つのは嫌だからね〜孤独感を感じるから。けど、今日は少し早く来たんだよ?そこは褒めてもらいたい!」
何やら自慢気に胸を張っている御影だが、褒めるところなのか?それは。
「そうだね、珍しくギリギリじゃないね〜。成長かなぁ?けど…お陰で桜島くんの答えが聞けなかったなぁ…」
「答え?」
御影が頭に疑問符を浮かべながらこちらを見てくる。
「何でも無い…別に、大したことじゃ…」
俺はそう言い、神無の方に視線をやる。それに気がついた神無は、優しく…しかしながら怪しく、俺に笑いかけた――。
◇
俺的には、緊張の空間が形成されていた部室前であったが、御影の『寒いから早く準備しよ〜』という一言によって、とりあえず俺が感じていた緊張の空間は崩れ去った。
一番最後に来て『寒い』とは、少し自分勝手な気もするが、とりあえずは御影に感謝だ。
それから俺達は自転車運びなどの準備を着々と進め、神無に指定された場所までそれを運んでいたのだが。
「なあ御影。サイクルウェアとか色々と運んでいる訳だが、これらはどうするんだ?というか、何処で着替えるんだ?」
「あぁ、着替える場所は現地だよ。とりあえず必要な物は全部載せておくんだ」
「載せる?」
何にだ?
と、俺が思った時、その答えは必然的に出た。
眩いライトの光が俺の視界を埋め、反射的に目を細める。細めた目で捉えたもの。それは、黒く艶めく――《車》だった。
しかも、普通の車じゃ無い。かなりデカイアメリカ車だ。上には自転車を載せる為にあるんだろうサイクルキャリアまで付いている。
――俺と御影から少し離れた所で、車が止まった。
「お待たせ。さ、載っけて?」
車の中から神無が姿を現わし、こちらへと歩いてくる。どうやら運転手は神無のようだ。
「なあ、これって神無のなのか?」
「いや、お父さんのだけど、私が免許取った時に譲ってくれたんだ。記念にって」
免許取得の記念にアメ車くれる父親って……。もしかするとだが、神無の家は金持ちなのかもしれない。何というか、雰囲気とかもそんな感じするしな。
「リクくーん!自転車の取り付けはボクがやるから、リクくんのロードもちょうだーい!」
「あ、ああ…分かった」
すでに移動し、自分のロードを車の上に取り付けた御影が、俺に向かって手を振ってくる。
慣れているのか知らないが、意外と仕事が早い。
俺も車の方へと足を進める。
それにしても、何処へ行くのだろうか?俺はてっきり学校からスタートするんだと思っていたが、車を使うのを見るに、そうでは無いらしい。
「なあ御影。今日は何処に行くんだ?」
ロードを御影に渡しながら、質問をする。すると、何故か御影が首を傾げた。
「あれ?メールに書かなかったっけ?今日は試走だよ。《春生小屋エンデューロ》のね!」
「え?」
知らなかった。が、何か昨日のメールに書いてあった気もする。――『死相』と。
呪いでもかける気なのかと思っていたが、今になってみれば、あれは変換ミスだったのかもしれない。
というか、変換ミスであってくれ。怖い。
「よし!準備完了!さあ、行こうか!」
俺の自転車も(とは言っても借り物だが)取り付けた御影が、手を擦るように叩き、車へと乗り込む。
続いて神無も乗る。神無はもちろん運転席に座った訳だが……俺はどこに座ればいいんだ?
候補は2つ。神無の横の助手席か、御影の隣の後部座席。
悩む…助手席で色々とサポートをした方がいいのか?はたまた、彼女の隣に行くべきなのか?
……ここは慎重に選ばなければ…この選択によっては――
「あ、リクくんはボクの隣ね!」
隣の席を、座れと言わんばかりに叩く御影。選択肢など、そもそも無かったようだ。
とりあえず示された通り、俺は御影の隣に座る。
「ふふん!ドライブデートだね!」
「いや、他の人が運転するドライブデートってどうなんだよ…」
満面の笑みを浮かべている御影に、俺は冷静な突っ込みをいれる。
これをドライブデートとしてしまったら、まるで神無が専用ドライバーみたいじゃないか。
「それじゃあドライブデート、発進するね〜」
神無が明るい声で言った。まさかの専用ドライバーだったらしい。
「はぁ…何か既に疲れが…」
俺は溜息を吐き、安全の為にシートベルトをきちんと締めた。
まあ、何というか、ドライブ?は順調に進んでいる訳だが。――重い。
何が重いのか?別に気持ちが重いと言ってる訳ではない。ちなみに、それは朝から重い。
そうではなく、今重いのは物理的な意味の重さであった。
重さの原因…それは、隣の御影がシートベルトを目一杯伸ばして、俺にくっ付いてきていることにある。つまり、御影は体重を俺に載せていた。
まあ、もちろん俺はキツイのだが、御影の姿勢も少々キツそうだ。リードに首をしめられている犬のようになっている。そこまでして何がしたいんだろうか?
「なあ御影よ?キツくないのか?その体勢は?」
「うーん…正直キツイけど…」
やっぱりか。
「けど!したくてしていることだからね!投げ出す訳にはいかないよ!」
何やらよく分からない所で御影が信念を燃やしている。もっと他のことに使えないのだろうか?その熱さを。
とはいえ、こいつは何事にも全力を尽くし、常に燃えていそうだから、燃え尽きることは無いんだろう。
「……それにしても、今日は一段とテンション高い気がするんだが、ロードで走れるからか?」
「ん?…まあ、それもあるけど…昨日のことが、ボクの中ではかなり嬉しかったから…それでテンションが高いのかな…!」
「昨日のこと?ああ、連絡先か。別に連絡先くらい渡すさ、俺だってな。今まで欲しがられなかっただけで…」
というか、実を言うと俺はケータイをそこまで使わない。だからかも知れないが、おそらく高校時代、周りの連中は俺がケータイを持っているのを知らなかったんだと思う。
それ故に連絡先を聞かれなかった。まあ、持っていることを知られたとしても、聞かれていたかは謎だが。
「何言ってるんだい…?それはボケなのかい?」
御影が半目を作りながら、頬に一筋の汗を垂らしている。
ボケたつもりはないのだが。
しかし、連絡先の件で無いとすると……。 
「ああ……サークル活動の方か」
「普通そっちが一番に思いつくよね?意地悪したのかな、君は…?」
顔をずいっと近づけてくる御影。別に意地悪をしたつもりは無いのだが。
何というか、初めて家族以外の連絡先を貰って、俺の方が浮かれていたのかもしれない。全く…らしくない。
「まあ…テンション高いのは良いが、まだ確実に参加すると決めた訳じゃないからな?まずは…《春生小屋エンデューロ》で勝たなきゃな」
「うん、そうだね…!頑張ろうね!」
満面の笑みで御影が言った。何だか少し…照れ臭いな。 
「何の話してるのー?」
運転をしている神無が会話に入ってくる。ミラー越しにだが、首を傾げている姿が見えた。
「ああ、リクくんが春生小屋エンデューロで勝ったら正式にウチのサークルで活動してくれるって話だよ!」
…あれ?春生小屋が終わったら活動することになっているのか?おかしいな、今までの会話は何だったのか。
それに、神無は俺が名前を貸す為に入ったとは知らない筈だ。いきなりそんなこと言われても、理解出来ないだろう。
「おい御影、神無はそのことは――」
「ああ、ちゃんと活動するんだね。今回のレースだけかと思ってたよ」
え?
当たり前のように会話が成り立ち、少々驚く。その口ぶりだと、俺が名前を貸す為に入ったことを知っているようだが…。
「神無。お前、御影から聞いたのか?俺が名前を貸す為だけに入ったってこと」
「ん?いいや、何となく予想はしてたというか…会話から察したって感じかな〜。きっと、センが人数集めの為に入れたんだろうなって」
「………………」
やはり鋭い。何というか、神無には何もかもを見透かされているような気がする。大学生なのだから、大人びているという表現は合わないかも知れないが、彼女からは同世代には無い、特別な感性があるような…そんな感じがした。
きっと、秘密を作った所で、彼女には直ぐにバレてしまうんだろう。俺の秘密がバレたように。
畏怖か、御影がくっ付いているのが暑かったのか、どちらかは分からないが、自分の額に汗が滲んできたのが分かる。きっと、神無に対する前者だ。
「どうしたの?何か顔色悪いよ?酔ったなら飴とかあるけど…」
「…いや…大丈夫だ。少し、寝不足なのかも知れない…」
「そうなの?だったら少し寝た方がいいね。まだ到着には時間があるから」
「ああ、そうさせてもらう」
御影の言葉に甘え、目を閉じた俺は、ふと、朝言っていたことと矛盾することを言ってしまったことに気がつく。
――神無には、睡眠時間はきちんと取ったと言ったのにな……。
しかし、目を開けて神無の顔を確認する勇気が無かった俺は、そのまま目を閉じていることを…選択したーー。
要約すると『朝6時に聖月大学集合』というメールを受け取った俺は、10分前行動を心がけ、5時50分には部室前で待っていた。
もう6月な訳だが、思っていたより寒い。俺がTシャツとジーパンしか履いていないという理由もあるが……。
とりあえず部室で温まりたいものだ。しかし、あいにく鍵を持っていない為入れない。
あぁ…寒い…。
「お!早いね〜桜島くん。おはよ!やる気満々と見えるけど、ちゃんと眠れた?」
「ああ、神無…おはよう。睡眠時間はきちんと取ったさ。やる気は…まあまあだな」
エレベーター方面から姿を現した神無が、手を擦り合わせながら近づいてくる。白いスウェットの上に灰色のパーカー、更にその上に白い厚手のジャケットを羽織っている。やはり寒いのだろう。
上は寒さ対策万全に見えるが、下の黒いダメージスキニーを見るに、オシャレの代償は支払っているらしい。
やはり高校生とはファッションが少し違ってくるな……。
と、思ったが、考えてみればプライベートで女子と出掛けたことは無かったので、やはり分からない。
「御影は?」
「んっと、センはいつもギリギリに来るんだよね〜。時間前に来ちゃう私はいっつも待つことになるんだ。ははっ」
苦笑いをしている神無を見るに、あいつは時間前行動という言葉を知らないんだろう。多分、知っていても行わない。
「そういえばさ、桜島くん。前から言いたいことがあったんだけど…いいかな?」
「ん?何だ?」
神無の雰囲気が、少し変わった感じがする。冷静というか…怒るとは違うが、怖い雰囲気だ。
急にどうしたんだろうか?
「桜島くん…ってさ……。――自転車経験者だよね?」
「――――!」
神無から出た驚きの言葉に、俺は一瞬、息がつまらせる。
何故だ?一体どこでだ?いつからだ?
様々な疑問が頭を巡るが、言葉は上手く出てこない。
「あ――」
「おっ待たせー‼︎ちぇ〜ボクが最後か〜」
何かを言おうとしたが、言葉は遮られる。
声の方に勢いよく振り向くと、そこにはサイクルウェアを着ている御影の姿があった。
半袖短パンのサイクルウェアだが、アームウォーマーとレッグウォーマーをしているところを見るに、寒さ対策はしているらしい。
「いや、センはいっつも最後でしょ?遅れては来ないけど、時間前にも来ないよね…もぅ…」
「ははは、だって待つのは嫌だからね〜孤独感を感じるから。けど、今日は少し早く来たんだよ?そこは褒めてもらいたい!」
何やら自慢気に胸を張っている御影だが、褒めるところなのか?それは。
「そうだね、珍しくギリギリじゃないね〜。成長かなぁ?けど…お陰で桜島くんの答えが聞けなかったなぁ…」
「答え?」
御影が頭に疑問符を浮かべながらこちらを見てくる。
「何でも無い…別に、大したことじゃ…」
俺はそう言い、神無の方に視線をやる。それに気がついた神無は、優しく…しかしながら怪しく、俺に笑いかけた――。
◇
俺的には、緊張の空間が形成されていた部室前であったが、御影の『寒いから早く準備しよ〜』という一言によって、とりあえず俺が感じていた緊張の空間は崩れ去った。
一番最後に来て『寒い』とは、少し自分勝手な気もするが、とりあえずは御影に感謝だ。
それから俺達は自転車運びなどの準備を着々と進め、神無に指定された場所までそれを運んでいたのだが。
「なあ御影。サイクルウェアとか色々と運んでいる訳だが、これらはどうするんだ?というか、何処で着替えるんだ?」
「あぁ、着替える場所は現地だよ。とりあえず必要な物は全部載せておくんだ」
「載せる?」
何にだ?
と、俺が思った時、その答えは必然的に出た。
眩いライトの光が俺の視界を埋め、反射的に目を細める。細めた目で捉えたもの。それは、黒く艶めく――《車》だった。
しかも、普通の車じゃ無い。かなりデカイアメリカ車だ。上には自転車を載せる為にあるんだろうサイクルキャリアまで付いている。
――俺と御影から少し離れた所で、車が止まった。
「お待たせ。さ、載っけて?」
車の中から神無が姿を現わし、こちらへと歩いてくる。どうやら運転手は神無のようだ。
「なあ、これって神無のなのか?」
「いや、お父さんのだけど、私が免許取った時に譲ってくれたんだ。記念にって」
免許取得の記念にアメ車くれる父親って……。もしかするとだが、神無の家は金持ちなのかもしれない。何というか、雰囲気とかもそんな感じするしな。
「リクくーん!自転車の取り付けはボクがやるから、リクくんのロードもちょうだーい!」
「あ、ああ…分かった」
すでに移動し、自分のロードを車の上に取り付けた御影が、俺に向かって手を振ってくる。
慣れているのか知らないが、意外と仕事が早い。
俺も車の方へと足を進める。
それにしても、何処へ行くのだろうか?俺はてっきり学校からスタートするんだと思っていたが、車を使うのを見るに、そうでは無いらしい。
「なあ御影。今日は何処に行くんだ?」
ロードを御影に渡しながら、質問をする。すると、何故か御影が首を傾げた。
「あれ?メールに書かなかったっけ?今日は試走だよ。《春生小屋エンデューロ》のね!」
「え?」
知らなかった。が、何か昨日のメールに書いてあった気もする。――『死相』と。
呪いでもかける気なのかと思っていたが、今になってみれば、あれは変換ミスだったのかもしれない。
というか、変換ミスであってくれ。怖い。
「よし!準備完了!さあ、行こうか!」
俺の自転車も(とは言っても借り物だが)取り付けた御影が、手を擦るように叩き、車へと乗り込む。
続いて神無も乗る。神無はもちろん運転席に座った訳だが……俺はどこに座ればいいんだ?
候補は2つ。神無の横の助手席か、御影の隣の後部座席。
悩む…助手席で色々とサポートをした方がいいのか?はたまた、彼女の隣に行くべきなのか?
……ここは慎重に選ばなければ…この選択によっては――
「あ、リクくんはボクの隣ね!」
隣の席を、座れと言わんばかりに叩く御影。選択肢など、そもそも無かったようだ。
とりあえず示された通り、俺は御影の隣に座る。
「ふふん!ドライブデートだね!」
「いや、他の人が運転するドライブデートってどうなんだよ…」
満面の笑みを浮かべている御影に、俺は冷静な突っ込みをいれる。
これをドライブデートとしてしまったら、まるで神無が専用ドライバーみたいじゃないか。
「それじゃあドライブデート、発進するね〜」
神無が明るい声で言った。まさかの専用ドライバーだったらしい。
「はぁ…何か既に疲れが…」
俺は溜息を吐き、安全の為にシートベルトをきちんと締めた。
まあ、何というか、ドライブ?は順調に進んでいる訳だが。――重い。
何が重いのか?別に気持ちが重いと言ってる訳ではない。ちなみに、それは朝から重い。
そうではなく、今重いのは物理的な意味の重さであった。
重さの原因…それは、隣の御影がシートベルトを目一杯伸ばして、俺にくっ付いてきていることにある。つまり、御影は体重を俺に載せていた。
まあ、もちろん俺はキツイのだが、御影の姿勢も少々キツそうだ。リードに首をしめられている犬のようになっている。そこまでして何がしたいんだろうか?
「なあ御影よ?キツくないのか?その体勢は?」
「うーん…正直キツイけど…」
やっぱりか。
「けど!したくてしていることだからね!投げ出す訳にはいかないよ!」
何やらよく分からない所で御影が信念を燃やしている。もっと他のことに使えないのだろうか?その熱さを。
とはいえ、こいつは何事にも全力を尽くし、常に燃えていそうだから、燃え尽きることは無いんだろう。
「……それにしても、今日は一段とテンション高い気がするんだが、ロードで走れるからか?」
「ん?…まあ、それもあるけど…昨日のことが、ボクの中ではかなり嬉しかったから…それでテンションが高いのかな…!」
「昨日のこと?ああ、連絡先か。別に連絡先くらい渡すさ、俺だってな。今まで欲しがられなかっただけで…」
というか、実を言うと俺はケータイをそこまで使わない。だからかも知れないが、おそらく高校時代、周りの連中は俺がケータイを持っているのを知らなかったんだと思う。
それ故に連絡先を聞かれなかった。まあ、持っていることを知られたとしても、聞かれていたかは謎だが。
「何言ってるんだい…?それはボケなのかい?」
御影が半目を作りながら、頬に一筋の汗を垂らしている。
ボケたつもりはないのだが。
しかし、連絡先の件で無いとすると……。 
「ああ……サークル活動の方か」
「普通そっちが一番に思いつくよね?意地悪したのかな、君は…?」
顔をずいっと近づけてくる御影。別に意地悪をしたつもりは無いのだが。
何というか、初めて家族以外の連絡先を貰って、俺の方が浮かれていたのかもしれない。全く…らしくない。
「まあ…テンション高いのは良いが、まだ確実に参加すると決めた訳じゃないからな?まずは…《春生小屋エンデューロ》で勝たなきゃな」
「うん、そうだね…!頑張ろうね!」
満面の笑みで御影が言った。何だか少し…照れ臭いな。 
「何の話してるのー?」
運転をしている神無が会話に入ってくる。ミラー越しにだが、首を傾げている姿が見えた。
「ああ、リクくんが春生小屋エンデューロで勝ったら正式にウチのサークルで活動してくれるって話だよ!」
…あれ?春生小屋が終わったら活動することになっているのか?おかしいな、今までの会話は何だったのか。
それに、神無は俺が名前を貸す為に入ったとは知らない筈だ。いきなりそんなこと言われても、理解出来ないだろう。
「おい御影、神無はそのことは――」
「ああ、ちゃんと活動するんだね。今回のレースだけかと思ってたよ」
え?
当たり前のように会話が成り立ち、少々驚く。その口ぶりだと、俺が名前を貸す為に入ったことを知っているようだが…。
「神無。お前、御影から聞いたのか?俺が名前を貸す為だけに入ったってこと」
「ん?いいや、何となく予想はしてたというか…会話から察したって感じかな〜。きっと、センが人数集めの為に入れたんだろうなって」
「………………」
やはり鋭い。何というか、神無には何もかもを見透かされているような気がする。大学生なのだから、大人びているという表現は合わないかも知れないが、彼女からは同世代には無い、特別な感性があるような…そんな感じがした。
きっと、秘密を作った所で、彼女には直ぐにバレてしまうんだろう。俺の秘密がバレたように。
畏怖か、御影がくっ付いているのが暑かったのか、どちらかは分からないが、自分の額に汗が滲んできたのが分かる。きっと、神無に対する前者だ。
「どうしたの?何か顔色悪いよ?酔ったなら飴とかあるけど…」
「…いや…大丈夫だ。少し、寝不足なのかも知れない…」
「そうなの?だったら少し寝た方がいいね。まだ到着には時間があるから」
「ああ、そうさせてもらう」
御影の言葉に甘え、目を閉じた俺は、ふと、朝言っていたことと矛盾することを言ってしまったことに気がつく。
――神無には、睡眠時間はきちんと取ったと言ったのにな……。
しかし、目を開けて神無の顔を確認する勇気が無かった俺は、そのまま目を閉じていることを…選択したーー。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
1512
-
-
22803
-
-
337
-
-
93
-
-
70810
-
-
32
-
-
59
-
-
37
-
-
35
コメント