一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

カテゴリー《ハーレム》4


 大学からの帰り道。
 何故か俺は御影と共に自転車で走っていた。御影が言うには、恋人というのは一緒に下校するものらしい。しかし、俺は家の方向と間逆に進んでいる訳なのだが、どうすればいい?

「いやぁーカップルって感じがするね!リクくん!」

 俺の前を走っている御影が楽しそうに話しかけてくる。前にいるのだから顔は見えないが、ノリノリで体を揺らしている。危なっかしい…。

「なあ、御影。カップルって感じどうのは置いといたとして、絵的に酷くないか?」
「ん?そう?というか何がだい?」
「はぁ……」

 特に思いつくことがない様子の御影に、俺は溜息を吐く。
 俺が酷いと言ったのは、乗っている自転車の違いと速度だ。

 まず俺は、通学用の普通のフラットバー自転車に乗っていた。前にカゴが付いている、アルミ製シルバーの実に普通の自転車だ。
 それに対して、御影が乗っているのは自分のと思われるロードバイク。まるで、空に溶け出してしまいそうな、綺麗な青を基調とした色の車体。ロゴマークが白いのも相重なって、晴れ渡る夏の空を連想させるような、美しい機体だ。

 そんな美しい機体が普通の自転車と走っているというのは、何か少し異様なものを感じてしまう。いや、別に一緒に走るのはいいのだ。ロードバイクが速度を落としている場合であれば、『一緒に帰ってるんだろうな』と、思われるだろうしな。

 しかし、御影のペースはゆっくりではない。体感であるが、時速30km/h以上は出ている。これは普通の自転車に出させる速度ではない。
 さらにタチが悪いのが、御影はその異常事態に全く気がついていない、ということだ。俺にもっと気を遣え、全く…。



「ふぅ…やっぱりロードに乗ると気持ちいいね〜!ね?リクくん!」

 信号で止まった御影が、こちらを振り向き、言ってくる。疲れている様子は全然無い。
 チクショウ…俺をいたわれ。

「俺は普通の自転車なんだけどな。というか速いぞお前。ここから既に練習は始まってるとか言うつもりじゃないだろうな?」
「ん?いや、普通に走ってるだけだよ。普通についてきてるし、大丈夫だよね?」
「……俺が大丈夫とかの問題ではなくてな…?側からみたら、俺が必死でロードバイクに挑んでるアホみたいに見えるだろ…」

 そう、それが絵的に酷いのだ。

 だが、俺がそれを主張しても、御影は笑っているだけで、改善しようとは思っていない様子だ。全く…こいつは…。

「なあ、俺の家は逆なんだが、そろそろ引き返しても良いか?あまりに遅くなると家族が心配する」
「えぇ〜もうかい?……でも、家族に心配かけるのは良くないし…うん!分かった。ここで解散にしよっか」
「ああ。物分かりが良くて助かる。そういう所だけは評価出来るな」
「な⁈なんだいそれー!まるでそれ以外にボクの良いところが無いみたいじゃないかー!」

 そこまでは言ってないが、特に思いつかないので、ノーコメントにしておこう。その膨れっ面を元に戻せるほどに、俺は御影の良いところを挙げられない。

「とりあえず褒めたんだから良いだろ。…じゃあな、帰るぞ」

 俺は横を向き、反対車線に移ろうとするが……間が悪い、丁度反対に行くための信号が赤になってしまった。

「――リクくん。…まだ少し、信号が変わるまでに時間があるから、言うけど……」

 御影が少しトーンを落として、俺に話しかけてくる。少し様子が変だ。

「ん?なんだ?」
「…その……ありがとね。サークル、入ってくれて」

 御影が少し照れ臭そうに言う。改まってどうしたんだろうか。
 いきなり礼をされるとは、少々驚きだ。

「目標達成の為に君を誘った訳だけど、普通に…エンデューロで優勝した後も…名前だけじゃなくて、一緒にサークル活動…というかハーレム杯に出て欲しい…!なんて……」

 顔を赤くしながら俺を見てくる御影から、俺は自然と目線を逸らす。
 きっと、御影は純粋なんだろう。だから…純粋でない俺はこいつの目を見れない。見たらきっと……。


 何かが脳裏をよぎる。泣いている、誰かの姿が。


 苦々しい思い出に、俺は思わず歯ぎしりをした。

「……優勝もしてないのに、何言ってんだよ…。それに、言っただろ。俺は名前を貸すと約束しただけだ……春生小屋が終わったら……そこでしまいだ」

 そう、終いなのだ。どちらにしろ終い。勝ったら名前を貸して終わり、負けたらサークルが無くなって終わり。つまり、春生小屋エンデューロが終わったら、俺は必然的に自転車サークルとはおさらばする。

「そう…だよね…」

 御影の悲しげな声が、俺の耳に突き刺さる。顔を見なくても、どんな表情をしているか容易に予想出来る。そんな声。

 だが、それでも俺の根本は変わらない。人と関わるより、1人でいた方が――


『リクよぉ。自転車って、2人で走ると倍楽しいよなぁー!』


 ――ふと、本当にふと、昔の事を思い出した。俺をぶっちぎりながら、振り返って言った…懐かしい――師匠の言葉を。
 そういえば、師匠と御影は何処と無く雰囲気が似ている気がする。自分勝手なところとか…な。
 それにしても、今日は何かを思い出すことが多いな…全く………。

「じゃ、じゃあボク…帰る…ね。また明日――」
「どうなるかは……まだ分からない」

 帰ろうとした御影の言葉を、俺は遮る。何というか、少しだけ…自分でも驚きだが、ほんの少しだけ、考えが変わった。

「………え?」

 御影が驚きの声を上げる。そんな御影の方に、俺はゆっくりと視線を向けた。すると俺の目に、目を大きく見開いている御影の顔が映り込む。
 イマイチ俺が言ったことが分かっていない様子だ。

「えっ…と…どういうこと?どうなるか分からないって…」
「……別に。春生小屋の後、俺の気が変わる可能性も無いわけじゃ無い。…サークル活動を続けるかもしれない。……そう言っただけだ。――あとお前、明日って言ってたが、いつ何処でとか聞いてないし、何をするのか全く分からないぞ?」
「――っ!あんなに活動を拒否していたリクくんが折れるなんて………これが……“恋人パワー”⁈」
「…何言ってんだお前…それでもって、まだ・・折れてない」

 いつもの調子に戻っているな。どうやら悲しみモードからは抜けたらしい。またいつもの、面倒な御影・・・・・だ。
 しかし、こいつに悲しい声は似合わないな。柄にもなく落ち込まれると、何というか…迷惑?だ。多分。

「それにしても、自分で言っておいて何だが、俺があんなことを言うとは…今日はダメだな…疲れているみたいだ」
「いやいや〜!これは落ちましたよリクくん!自転車サークルへようこそだね!あ、あと連絡先交換しよ?ケータイだして?」
「ようこそしていないし…全く…調子狂うな…」

 さっきまではあんなに落ち込んでいたのに。

 御影が自分のケータイを出してみせたので、俺も自分のケータイをポケットから出し、御影に渡す。

「え?ボクが操作していいの?リクくんのも」
「悪いが、登録の仕方を知らないんだ。やってくれると助かる」
「登録の仕方を知らない?何回かやったことくらい……えっ⁈」

 御影が驚きの声を上げる。別に驚くほどマズイデータは無いと思うんだが。

「何で家族の連絡先しかないの⁈友達いないの⁈」

 連絡先の登録欄を見たらしい。まあ、必然か。

「ああ、いない。ちなみに、家族のは姉ちゃんに入れてもらった」
「…えぇぇ………リクくん…なんか可哀想…。け、けど!ボクが入れたからこれで友達1人だね!」

 どうやら直ぐに登録し終えたらしい。
 おお。別に友達の連絡先が無いのはどうとも思っていなかったが、出来ると感慨深いな。だが…。

「お前は彼女だろ。だから友達の連絡先登録はゼロのままだ。だがまあ、とりあえず、登録ありがとな。返してもら……ん?」

 御影の手からケータイを抜き取ろうとするが、取れない。どれほどの力で握っているんだ?こいつは。

「おい、なんで離さな…どうした?顔が赤いぞ?」
「…へっ⁈い、いや!いきなり君が予想外のこと言うから、ちょっとビックリしたんだよ!そういう会話を君から振ってくるとは…意外というか…」

 御影がようやく手を緩め、俺の元にケータイが戻ってくる。
 それにしても、何のことを言っているんだろうか?俺は変なことは言っていないが。

「じゃあ、今度こそ帰るからな。丁度信号青だし」

 そう言い、俺は自転車を再び漕ぎ始める。と、渡り始めた時、御影の少し大きめな声が耳に入ってきた。

「リクくん……また、明日ね!」
「ああ。――また明日」

 振り返らず、俺は静かにそう応えた。



 ◇



 その日の晩、御影から明日に関するメールが届いた。明日が土曜日ということもあり、朝早くから遠くまで行き、練習をするらしい。
 少々面倒な気もするが、やると言ったからには責任を持ってやるのが礼儀というものだろう。

 やたらと絵文字などの記号が多い文面で解読に疲れたし、『死相しそう』などというよく分からない呪いじみた言葉も書いてあったが……とりあえずは無くさないようにしておくか。

 そう思い、俺は御影のメールアドレスをVIP項目に追加した――。

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