一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

カテゴリー《ハーレム》3


 とりあえず御影が落ち着きを取り戻し、神無も深くは詮索をしなくなったところで、俺達はそれぞれテーブルを囲むように配置されている椅子に座った。
 ここからお茶会が始まれば楽しそうであるが、そういった雰囲気ではない。

 御影が何やら一枚の紙を机の上に出し、今日の題材であると言わんばかりに腕を組む。

「さて、リクくん。レースについての詳細を話そうじゃないか」

 何だか妙に偉そうだな。称号をつけるなら“大佐”くらいの貫禄がある。
 というか、そういう雰囲気を必死で出そうとしている……。

「へぇ、桜島くんレース出るんだ?」
「まあ、一応な」

 ん?そういえば、神無は俺が名前を貸す為だけに入ったって知らないんだったか。
 まあ、別にわざわざ言うことでも無いし、黙っておくとしよう。

「サークル初のレース、頑張ってね!全力でサポートするから!」

 神無が明るい声で言ってくる。
 ああそうか、新設だからな。確かに初レースとなる訳だ………ん?サポート?

「なあ、その言い方だと、神無はレースに出ないみたいに聞こえるんだが?」
「あぁ、ミドリは根っからのサポーターだよ。レースには出ない。サポートに徹してくれるウチの頼もしいマネージャーさ!」

 御影が自信満々に、子供が自分の大好きなオモチャを紹介するように説明をする。その持ち上げぶりに、神無は思わずエヘヘと照れ笑いをした。
 どうやらサポーターと選手という関係は良好かつ合っているようだ。――その笑顔を見るに。

「ということは御影と俺の2人か…どんなレースなんだ?この……《晴生小屋はるおおやエンデューロ》というのは?」

 俺は御影が出した紙の、大きく書かれている大会名をそのまま読む。何処かの地名であり“エンデューロ”という種類のレースなのは分かるが、具体的なルールなどが知りたいところだ。

「えっと、このレースはね、ある大型自転車レースの為にある予選大会みたいなものなんだけど、これに勝つとボクの目標にグッと近づけるんだ!だから兄さんの一件が無くても出るつもりでいたレースさ」

 ――目標……そういえば昨日、そんなことも言っていたが、何やかんや聞けていなかったな。

「なあ、その目標というのは何なんだ?」

 おお、ようやく邪魔が入らずに聞けた。こんなことで感動を覚えるのは少々おかしいが。

「えっとね…まず、ボクの目標を説明する為には、さっき言った大型自転車レースの説明をしなきゃならないんだけど。………実は今年から、ある1人の元プロロードレーサーによって、新たなレースカテゴリーが追加されたんだ。ソロやチームの他に、もう一つ」
「新たなカテゴリー?」

 俺が聞き返すと、御影は「うん」と頷く。そして突然椅子から立ち上がり――

「新たなカテゴリー、その名は………――《ハーレム》…‼︎」

 新カテゴリーの名を、堂々と言い放った。

「……………は?」

 思わず『は?』と出てしまった。だが、それほどに意味が不明だ。
 ハーレムという言葉くらいは俺も知っている。1人の男が沢山の女に囲まれ、選り取り見取りな恋愛関係を築いていく、アニメなんかでは男が喜ぶ系の――

「おい、まさか」

 自分の中で整理していて、俺は一つの可能性を思いつく。『1人の男』というところから。

「何となく気づいたかい?まあ、簡単に言うと、女性でチームを組んで、その中に1人だけ男の人を入れられるというカテゴリーなんだ。多くても少なくてもダメな、たった1人だけ」

 御影が椅子に座り直し、指を一本だけ立てる。

「なんだそのカテゴリー……?一体何の為にあるんだ?」
「まあ、ハーレムと言っても実の所は女性の為のカテゴリーなんだよ。女性の自転車レースはあんまりメジャーじゃないからね…。最近は人数こそ増えてきてはいるけど、もう一押し欲しかった元プロは、男を切り札として1人だけ入れるという遊び心あるレースを作ることにより、女性自転車人口を増やそうと考えたんだよ」
「ちなみに、男はエースとしてゴールを狙ってはいけない…まあ、アシスト役として参戦ってことだね。ホント、色々考えてるよね〜これなら上手くいけば、自転車の女性人気も出てくるはずだよ」

 御影に続き、神無も追加で説明を加える。
 なるほど。女性メインの自転車レースを盛り上げ、女性自転車選手を増やすことにより、自転車界を盛り上げようという作戦か。まあ、納得は出来る。
 ――が、ハーレムという名前には悪意を感じるな。……元プロは本当に女性自転車界を盛り上げる為だけにこのカテゴリーを設立したのか?だったらハーレムじゃなくていいだろ……《男女混合ただし男は1人カテゴリー》とか。

 いや、我ながらネーミングセンスのかけらも無いな。言わないでおこう。

「んで?そのハーレムカテゴリーが大型自転車レースとどう関わるんだ?」
「うん、それは…大型自転車レースの名前を聞いたら直ぐに分かると思うよ?その大会名は…《ハーレムカップ》と、いうんだ…」

 少し気まずそうに御影が言った。
 ああ、なんと安直なんだろうか。今のだけで何と無くだが分かってしまった。

「つまり…女性多数で男性1人のチームを組んでいる人しか参加出来ない大会…ということか?」
「まあ、その通りだよ…。そして、参加出来るのはハーレムカテゴリーがある予選大会で優勝した少数のみ。つまり、ハーレム杯に出る為にはどうしても予選大会で勝たなきゃいけないんだ」
「ちなみにハーレムカテゴリーは男性1人、女性4人までって決まってるから、桜島くんとセンの2人でも出られるよ。まあ、不利ではあるけどね」

 神無が肩をすくめて、お手上げだというポーズをとっている。
 確かに、不利にはなってしまうが、人数ばかりはどうしようも出来ない。こればかりはお手上げだ。

「不利だけど、何が起こるか分からないのがレースだからね!常に勝つ気で頑張ろう!ね、リクくん!」
「お前…体育会系だな。熱い…」
「まあね!勝負とは勝ちたくなるものだよ!それが開催第一回目の大会であれば尚更ね!」

 開催第一回目か。そうか、確か今年からハーレムカテゴリーを作ったと言ってたな。すると必然的にハーレム杯も初めての試みということになるのか。
 つまりは……。

「御影、お前は初めて開催されるハーレム杯で優勝をしたい…つまり栄誉を勝ち取りたい、ということなのか?」
「流石リクくん。ボクの彼氏だね!だけど惜しい…理由は他にもあるんだ」

 そう言い、御影が何かを主張するように二本の指立てる。

「ボクの目標。まず一つ目はハーレム杯優勝の栄誉を勝ち取ること!そして二つ目は――ハーレム杯優勝賞品カップゆうしょうしょうひん!元プロが乗っていた魔のロードバイクを手に入れること!」
「魔のロードバイク?」
「うん。あまりの性能の良さに、公式大会で使うことを禁じられた元プロ専用のロードバイクさ!」

 そんな物があるのか。というか、ハーレム杯とかいうよく分からんレースの賞品にして良いものなのか?その魔のロードバイクとやらは。
 だが、そんな凄い物が賞品ならば、挑む者も多くはなるだろうし、盛り上がりはするだろうな。

 盛り上がる1人ですと言わんばかりに、御影の目も眩しいほどキラキラと輝いてる。財宝を狙っている海賊のように…。

「なるほどな。まあ、それはお前の目標だから、俺にはあまり関係は無いが。俺に関係あるのはあくまで晴生小屋エンデューロだ」
「全く…つれないなぁ。まあでも、確かにハーレム杯の前に晴生小屋だね。今から詳細を説明するよ」

 御影はそう言うと、自分の物であろうカバンから幾つかの紙を取り出し、テーブルの上に置く。パッと見た限り、晴生小屋エンデューロに関するネットの詳細ページを印刷してきたようだ。
 何というかまあ、準備がいい。

「まず、大まかな説明をするね。今回のレースはエンデューロ。エンデューロというのは、決められたコースを決められた時間内で周り、最終的に一番周回数が多かったチームの勝ち。周回数が同じ場合は、先にゴールしていた方の勝ちっていうレースさ。それでもって…」

 御影が書類の一枚を指差す。紙には地図のようなものが描かれており、同じ地点にSTARTとFINISHとある。おそらくはコースマップだろう。

「コースの一周の距離は5km。ハーレムカテゴリーは3時間耐久で、チーム全員が交代無しで出ることになってる。機材の交換や補給物資の調達は、ピットと呼ばれるエリアでのみ可能。まあ、大まかなルールで頭に入れておいてもらいたいのはこんなところ。次に、コースの詳しい説明をするけど、いいかな?」
「ああ、大丈夫だ。続けてくれ」
「うん、分かった。まず、今回のコースは全体的にフラット……つまり平坦。急な坂とかは無いね。代わりと言ってはなんだけど、コース中盤とゴール前に、急な180度カーブがある。ここでスピードを気にせずに突っ込むと、ける…!」

 御影が丁寧に、指でカーブ場所を示してくれる。確かに、急で危険そうだな。ゴール前なんかは特に危なそうだ。
 冗談抜きで、突っ込んだらけるだろう。

「ハーレムカテゴリーはハーレムカテゴリーしかコースにいない状態でレースを行うから、人数的に道幅は広く使えると思う。と、まあコースの説明もそれくらいかな。レースに出る前に一度試走に行くのも良いかもね!」
「まあ、試走は時間の都合などを考えるとして。このコースを見て、作戦とかは無いのか?昨日みたいに何も無いじゃ、俺は何も出来ないぞ」

 まあ、何か特別なことをするつもりは無いのだが。

「作戦はある…と言っても、思いっきり平坦だから、敵チーム達の動きを見て作戦は随時変えていくけどね。とりあえず始めは、他の人達と同じ動きをして様子を伺う……というのがボクの作戦だよ。在り来たりだけど…どうかな?」
「…なるほど。良いんじゃないか?無難で。いきなり仕掛けるのとかは正直、勘弁だった。俺はそんなに走れない」

 と、言っておこう。

 実際、様子を伺うというのは正しい判断だと思う。やはり、臨機応変に人の動きに対処しなければ、勝負には勝てない。

「良かったぁ〜。やっぱり作戦の賛否が分かれちゃうと上手くいかないからね」
「それには同意だ。協調性が大事だ、何事もな。協調性が…な?」
「な、何で威圧的にボクを見てるんだい…?まるでボクが協調性が無いみたいじゃないか…?」

 逆にあると思っていたのかお前は。

「まあいい。それより、だ。大会の日程を教えてくれないか?土日は基本的に暇だが、まさか平日じゃないよな?」

 サークル活動の一環であるからという理由で、講義を受けないというのは流石に嫌だ。勉強が出来ないわけでは無いが、危ない橋は渡りたく無い。

「はははっ。大丈夫だよ〜!平日じゃなくて日曜さ。開催日は6月21日…今日が12日だから…今日を含めてあと10日だね!」

 何故か御影がウィンクをしながら、親指をこちらに立ててくる。おそらく、『思ったよりレースまで時間ないけど許してね!』といった意味を込めてそのポーズをしているんだろう。
 というか、何か神無まで親指立ててる。おそらく、『とりあえず頑張って!』という意味を込めているんだろう。

「はぁ……ったく…」

 俺は御影と神無、そして、残された少ない時間に対して溜息を吐き――

「残りの10日間でやれることはするか…」
「おお!練習だね!」
「頑張れ〜!」
「………ったく、面倒だな…」

 レースの準備をする覚悟を決めた。



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