海の声

漆湯講義

186.埋められた隙間

「おい、何やってんの?」

そんな俺の言葉に、耳を済まさなければ聞こえないくらいの小さな返事をしつつ、綺麗に折られている連鶴を慣れた様子で開いていく美雨。

そしてその鶴たちが一枚の紙へと姿を変えた時、突然、美雨が真っ直ぐ前方へと視線を向けたのだ。
その瞳は遥か遠くを見つめたまま、ゆっくりと下瞼に力が入る。
俺は、そんな美雨から視線を引き剥がすと同時に床へと舞い落ちていった、階段のような形のその折り紙を拾うと、その内側、鶴たちの内側に隠されていたその場所に
小さな文字を見た。
四角形の紙が大、小、中と違う大きさで並んでおり、

大きい紙の中心には"誠司くん"

そしてその隣の一番小さな紙の中心には"美雨ちゃん"


そして、最後の中くらいの紙の中心には"海美"…そう書かれていた。

その瞬間、俺の頭に鈍痛が走る。
ギューっと脳を直接握られるようなその痛みはすぐに消え、俺は起きているのに夢を見ている…そんな不思議な感覚にとらわれた。
その感覚は次第に海の浅瀬で顔だけを水上に出して仰向けに寝転んでいるようなそんな感覚へと変わる。そしてそれと同時に遠くから、不思議と胸が締め付けられるような懐かしさを感じる声が近づいて来る。

その声が俺のすぐ背後へと迫り、ぼんやりとしていたその声が突然はっきりと、そして耳元で発せられたかのように、
"誠司くんッ"
そう言ったのだった。

そして俺は大きな波を身体全体で受け止めたかのような衝撃を覚える。そう、全てが、あの夏の全てが。
俺の記憶から姿を消してしまったあの日々が、再び俺の記憶としてその輝きを取り戻した瞬間だった。

「海美…」

不意に俺の口からその名前が溢れた。

『セイジっ…』

呆然と立ち尽くす俺に体重を預けるかのように倒れこんできた美雨に押されて、俺たちは床へと倒れ込んだ。
手をつく事もできずに倒れたにも関わらず、俺は身体に走る痛みよりも、頭の中を竜巻のように吹き荒れる記憶のカケラを集めるのに必死だった。
そして俺は、その真実に胸が張り裂けそうになり、震える身体に息を大きく吸い込んだ。
そんな時だった。俺をギュッと抱きしめるその小さな身体に気付いた。
距離のせいだろうか、呼吸、そして身体から小刻みな震えが伝わっている。

俺はその身体に両腕をゆっくりと回すと、喉の奥から声を絞り出す。

「美雨…俺たちは…何で…」

「行かなきゃ…海美に逢いに」

俺がそう言うと、美雨の頭が俺の胸元で小さく頷き、その腕にギュッと力が込められた。




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