海の声

漆湯講義

183.一行の想い

『ねぇ、喉乾いた♪飲み物買ってさっきの続きしよッ?』

「…また俺のおごりかっ?」

『浴衣女子はそーゆーもんなのッ』

「なんだよそれ、しょんねぇなぁ」

そう言って俺が美雨の袖を掴んで足を進めた時、社務所の方から俺を呼ぶ声が響いた。

『瀧山くん!忘れ物だよっ』

俺は、何のことだろうと、その人が手に持つモノを見つめながらゆっくりと歩み寄った。

「忘れ物、ですか?」

『そうそう、これ、瀧山くんのじゃない?服の中に入っていたよ』

そういって折りたたまれた小さな紙を手渡される。見覚えの無いその紙を受け取ると、俺は美雨にその紙を見せ「これ美雨が入れたのか?」と尋ねたが『んなわけないじゃん。なにそれ?』と想像通りの答えが帰ってきた。

丁寧に折られたその紙を開いた時、俺は恋愛とはまた違うような、胸がギュゥッと締め付けられるような感覚に陥った。
名もない、たった一行のその手紙には、小さく綺麗な字でこう綴られていた。

"誠司くんは私の初めての"好き"でした。この宝物は絶対に忘れないよ"


所々、丸くふやけたような点が残っている小さなその紙の言葉で俺は暫く動けなくなった。
文字を目で追う度に、頭の奥底でコレを書いた人物の声が聞こえているような気がした。だがしかし、その声は頭の奥底に鳴り響いているだけで、決してその手を触れる事は出来ない。
すると、雨粒がポツポツと手紙へ音を立てて落ちてくる。

雨…?

そう思って空を見上げたが、そこには変わらない澄んだ夜空が広がっているだけだった。

『どうしたの?』

心配そうに俺を見上げた美雨に「いや、なんだろ、花火の粉かなんかが目に入ったみたい」と言って、手紙を畳むと、ポケットへそっとしまった。

『それ、なんだったの?手紙?』

「うん、けど…誰かのイタズラだったみたいだ」

そんなコト無いと分かっているのに、何故かそんな事を言ってしまう。
美雨はそんな俺の言葉に"ダイジョーブ?"と優しく声を掛けてくれた。
そんな美雨の優しさに俺は惹かれていったんだと思う。

祭が終わり、島にいつもの変わらない日常が戻った。
本当に何も変わらないこの島は、ずっとこの先も変わらないのだろう、そう思っていた。しかし、蝉たちの鳴き声が疎らになる頃には、ヘルメットを被った見知らぬ人々が分厚いファイルを片手に島を回っているのを見かけるようになった。
そんな中、美雨と通う事となった新しい学校は、生徒数が前の学校の四半分以下ということや、美雨やタキナカ先生のお陰で何とかうまくやれそうだ。
相変わらず学校以外では美雨としか会っていないが、俺はそんな毎日を楽しいと思えている。
そして、たまにあの手紙の事をふと思い出すのだ。
そんな時は、何故か俺の部屋から見える砂浜へと行きたくなってしまう。そして大きな岩の上へと登って海を見るのだ。いつもと変わらない波の音や、遠くで聞こえる汽笛の音、海鳥たちのじゃれ合う声を耳に感じながら…


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