海の声

漆湯講義

182.和解と誤解とまたの機会

『それと…お前、良かったな』

タクヤはニヤつきながらそう言うと、顎を後ろの方へと振った。

「何がだよ?」

『あの子、お前の彼女なんだろ?』

ふとその先を見ると、薄暗い石垣の上に座っている美雨と目が合った。
それを見た瞬間、顔の温度がグッと上がるのを感じる。

「はぁ?!なんでっ?」

『何でって、誠司の事探してたら"いまセイジって言った?"って声掛けられてさ、色々聞かれたよ、"セイジとどんな関係だ"とか
"セイジに何の用だ"とかさ。そんで俺が謝りに来たって言ったらここに居るって教えてくれたんだよ。ずっとお前の事あそこで待ってたみたいだし、お前とそんな関係になるなんて彼女しかありえねぇだろ?』

タクヤの表情は、あの頃のように無邪気な笑顔を浮かべていた。
なんか、懐かしいな…
そんな気持ちに再び目元が熱くなりそうになるのを堪え、俺は、タクヤにできるだけあの頃と同じような笑顔をつくってこう言った。

「そんなんじゃねぇよ。だけど…そうなったらすっげぇ良いなって思うようなヤツだよ」

『はぁ?なんだよそれ。お前の片想いか?』

「カンケーねぇだろっ?」

『大有りだっ、俺もさっ、その…前みたいにお前と…なんだっ…その、仲良くやりてぇし』

真面目な話になると上手く言葉を伝えられない所も昔のタクヤのままだった。

なんか…俺が思っていたよりも、友達って強い絆で結ばれてんのかな…
そんな事を思った自分が少し恥ずかしくなってしまう。
そして、俺はずっと思っていた事をタクヤに伝える事が出来た。
"これからも友達で居ような"
実際にはそんな真っ直ぐな気持ちを伝えられた訳では無い。だけどこいつなら、タクヤならきっとその意味を分かってくれた筈だ。
他人の気持ちは分からない。だからこそ人は相手の気持ちを考えて、悩んで、自分なりに相手の事を解ろうとするのだ。
その過程で、俺はタクヤの事を解った気になって本当の気持ちに気付けなかった。
結局は他人の気持ちなんて解らないんだ。
だからせめて俺は、自分の気持ちを相手に伝えなきゃいけない。そう思った。

島外の人達の為に特別運行されるというフェリーで帰るんだと言うタクヤとその両親をその場で見送ると『良かったわね♪』と母さんが俺の肩に手を乗せた。

「母さん、知ってたの?」

そう言った俺に"さぁねっ"と不敵な笑みを浮かべる母さんは何処か自慢気だ。
大人ってなんかズルい。そんな気持ちを知ってか知らずか、母さんは『それじゃぁ後は若い子同士で楽しんできてらっしゃい♪変な事しちゃダメよっ?ある程度には帰ってきなさいね、それと美雨ちゃんは家までちゃんと送るのよ』と言いたい事を並べてから不気味なウィンクをした。
俺はやれやれと大袈裟に肩を落としてから美雨の元へと歩み寄った。

「ごめんな、待たせて」

ぴょんと石垣から飛び降りた美雨は、パンパンと帯の下を払いながら『良かったね』と微笑んだ。

『あれ、前に話してくれた親友だろ?なんか分かんないけど仲直り出来たみたいじゃん』

「まぁな。なんかさぁ…人の気持ちって解んねぇよな」

『当たり前だろッ?"他人(ヒト)の気持ちなんだから』

相変わらずな返答の美雨に頬が緩んだ。
俺は緩んだ頬をギュっと引き締めると「なぁ、美雨…」と真剣な面持ちで真っ直ぐに美雨を見た。

そんな俺の様子に、美雨は『は、はいっ!』とヘンテコな声と共に背筋を伸ばす。

「俺、美雨の事は好きだ。この気持ちに間違いは無いよ」

少し遅れて"うん"と小さな声が響く。

「だけど…なんだろ。自分でもよく分かんないけど今その返事をしちゃダメな気がする…もっと気持ちの整理してからじゃなきゃ美雨に答えちゃいけない気がするんだ」

そして俺はスッと視線を落とした。

「なんか、ごめん」

すると俺の腕を美雨の手がそっと包んだ。

『それで良いよ。だってボクの気持ちはそう簡単に変わってくれないからさ』

"ドーン"

そんな俺たちに"祭を楽しめ"と言うように、再び夜空が光の粒によって明るく照らされる。
美雨は小さく溜め息を吐き、"すぅ"と息を吸い込むと、花火の様に満面の笑みで俺に言った。





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