海の声

漆湯講義

174.心の深いトコロ

『セイジッ、セイジッ!!』

朦朧とする意識の中、薄っすらと聞こえる美雨の声…そして段々とはっきりしていく視界と共に、全身に痛みが走る。

『キミ、大丈夫か!さぁ早く診療所へ!立てるか?』

知らないおじさんがそう言って俺の肩に腕を回し、俺は二人三脚をするような形で立ち上がらせられる。
でも俺はこんな事してる場合じゃないんだ…

「大丈夫です…ほんと」

そう言って回された腕を解くも『ダメだよ!今は大丈夫でも頭を打っていたら命に関わる事だってあるんだ!ほら、早く!』と再び俺の肩に手を回して歩き出そうとする。

「だから大丈夫って言ってるだろッ!」

なんて恩知らずなヤツなんだろな、そう思いながらも俺はおじさんの腕を振り払い、美雨に目をやった。

「美雨ッ、行こう!今は海美が先だ!」

『でも…セイジが…』

ふと下を向くと、腕には赤々とした擦り傷が所々に目立ち、全身には打撲のような痛みがジンジンと伝わり続けている。それに…神社の着物も目も当てられないほどにボロボロになってしまった。
それでも俺は行かなきゃ。儀式が始まらないとしても海美をこの目に映すまではそれどころじゃないんだ。

「俺は大丈夫。だから行くぞ、な?」

俺は手を差し出したが、美雨はそこに立ったまま動かなかった。そして俺をジッと見つめたままこう言った。

『大丈夫じゃないよッ!海美ねぇは居なくならないんでしょ?信じろって言ったじゃんッ!だから…今はおじさんの言うこと聞いてセイジの身体を一番に…』

「わかんねーよッ!!」

美雨の言葉を遮るように俺の声が響いた。そんな俺の態度に、俺を心配そうに見つめていた人たちも徐々にこの場を離れて行き、先程のおじさんも眉間にシワを寄せ、その足を階段へと進めた。
俺はというと、地面を見つめたまま、行き場の無いこの想いに押し潰されそうになっていた。

「………わかんねぇよ俺だって…もしかしたら…もしかしたらもう二度と会えないかもしれないだろ…」

俺は…遂に言ってしまった…俺の心の奥に隠していた気持ちを。そんなこと言ってしまったら本当に海美が居なくなってしまう、そう思っていたのに。
俺は怖かった。いつも側に居た海美という存在を失ってしまう事を。俺だけに見える"トクベツな何か"に繋がれた離れる事のない自分だけのトモダチを失う事を。

その時、突然俺たちの間を突き刺すような風が通り抜けた。そしてその生温い風の矢が、ふと目に映った美雨の頬に伝う涙を宙にさらっていった。

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