海の声

漆湯講義

173.夜空の星を探して

人の波をかき分けて地面を力一杯蹴り上げて走った。止まった瞬間に泣き崩れてしまいそうな美雨の手をぎゅっと握りしめながら。
俺は提灯の明かりの下、あの白いブラウスを探す。俺ならばすぐに見つけられる筈だ、だって海美と俺は神様が巡り逢わせたのだから…そう思っていた。しかし、入り乱れる人々の波の中、未だにその姿を目に捉えることは出来ない。

………「なんだよこんな時に」

無言のままの美雨に俺は優しく語りかける。

「大丈夫だよ、海美はきっと元に戻るから。どうしたんだよ?」

『戻らないよ…』

泣き出すのを必死に堪えるように美雨が声を絞り出した。

「どういう…」

すると美雨が俺に向かってとぼとぼと歩き出したかと思うと、その小さな身体を重力に任せたまま俺の身体へと委ねた。そしてその両腕にギュッと力を入れたかと思うと『海美ねぇ…ゴメン…やっぱ無理だよ…』美雨はそう言葉を漏らしたのだった。

そして美雨は涙ながらに今さっき起こった事を説明した。
俺が美雨たちと別れた後、その場に留まっていた美雨は、暫くすると巾着袋に感触を覚え、目をやった。すると巾着の口がスッと締まるのを見て、海美が何かを入れたのだとそう思ったそうだ。巾着を開けると、案の定そこには紙切れが一枚入っていて…

『海美ねぇ…全部分かったって…記憶が全部戻って…海美ねぇ、渡し子の儀式が終わったら居なくなっちゃうって…セイジには内緒だって…無理だよそんなの…』

そして俺たちは走り出したのだった。

「境内のどこにも居ねーぞ!どこ行ったんだよちくしょう…美雨は何処か海美が行きそうなとこ知らないのか?」

『知らないよ…家かな…』

最後にお母さんに逢いに行ったのか?確かにその可能性が高い。けど…なんか違う気がする。ここから海美の家までは時間がかかり過ぎる。間に合うかも分からない状況で行くのか?違う…もっと海美の気持ちになって…

『ねぇお母さん、花火って何時からぁー?』

『もうすぐよ。楽しみだねッ♪それじゃぁお父さんのとこ戻ろうね。』

「あ…花火…」

『花火?なんだよこんな時に…』

「花火だよ!お前が教えてくれた場所!海美は花火スッゲェ楽しみにしてただろ!きっとそこだッ!」

『けどもし間違ってたら…』

「間違ってねぇよ!第一、渡し子の俺がこーやって来ちゃってんだ!儀式が始まらなきゃきっと海美は居なくならない!信じろよッ!」

きっとその言葉は俺自身に言い聞かせていた。こんな終わり方でいい訳ねぇだろっ…

『うん…分かった!信じるからな!こっち!』

談笑しながら神社へと向かう人たちをかき分けて長い階段を一気に駆け下りていく。変な格好をしているせいで思うように足が動かない。しかし、焦る思いからか無意識のうちに段々と身体が足の先へと前のめりになっていく。そしてそれに気付いたその時だった。

「あっ…」

余裕のある外へと膨らんだ裾が遂に足へと絡まり、あっという間に俺の視界に階段が近づく。と思ったのも束の間、規則的な激痛と共に樹々の間の星空と地面の景色がもの凄いスピードで入れ替わっていく。
そして騒めく人々の声に目を開くとそこには美雨の姿が映った。




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