海の声

漆湯講義

168.笑顔のウラ側

色々な出店が並ぶ山道を、美雨に強請られるがままに増える食べ物を手に登っていくと、あの大きな鳥居が見えてきた。
この前の下見の時に通った道の筈なのに、全然長いと思う事なく到着してしまった。同じ道でも雰囲気が違うだけでこんなにも感じ方が違うものかと感心していると、美雨が小走りに階段を登りだす。

「おいっそんな走ったら転ぶぞっ!」

『なめんなッ♪ボクはなぁ、そんな事じゃ転ぉぉぉッ…!』

振り返り様に美雨が階段を踏み外し、重力に引き寄せられるがままスローモーションの様に美雨の身体が宙を舞った。
俺は考える間もなく階段を飛んだ。そう、自分でもよく覚えていないのだが飛んだのだ。そうでもなければ間に合う筈が無かった。
間一髪、俺は美雨の背中を受け止め、衝撃で道連れになりそうになる身体を左足でなんとか支える。

「おいっ!お前…」

そう叫んだものの、想像以上に近い美雨の顔に後に続く言葉を飲み込んだ。

目をまん丸く見開き、俺をじっと見つめる美雨の瞳に、俺の視線が捕らえられた。

「おい…危ないだろ。怪我したらどうすんだよ…」

『うん…ゴメン』

すると周りから何故か湧き上がる拍手の音にふと視線をやる。
『お兄ちゃん凄いなぁ!ナイスっ!』
『びっくりしちゃったわぁー、良かったわね♪』
『いい彼氏持ったなお嬢ちゃん!』

俺は苦笑いを浮かべ顔を赤くする他無かった。恥ずかしさに視線を落とすと、俺を見つめたままの美雨と目が合う。

「いつまで…こうしてんだよ」

俺が視線を逸らして呟くと、『あ…ごめん』と美雨の感触がそっと離れた。

無言で微笑んでいるだけの海美に「何だよ」と声を掛けると、『別にッ』と満面の笑みが返される。
海美はどうしてこんなにも優しい笑顔を作れるんだろう…祭当日を迎えて、この先…いや、もしかして今日起こるかもしれない"変化"が怖くないのだろうか。
俺は怖い、とてつもなく。
海美の笑顔を見ていると忘れてしまいそうになるけど、心の奥に粘り着いたその想いは俺の海美を見る目を透明なモノにしてくれない。
早く…元に戻って欲しい。
俺はそんな想いを込めて、海美にそっと微笑みを返したのだった。

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