海の声

漆湯講義

164.そして始まる

「あれっ、二人ともまだ起きてたんだ。なんか会議でもしてたの?」

俺が瞼を擦りつつ、何も聞いていなかったかのようにそう言うと、二人はそれに答えず『なんだ、誠司は緊張して眠れないのか?祭り前夜だからなぁ』と話をはぐらかすように言った。大人になるとそういう小細工が得意になるのか…俺はそんな事が得意な大人にはなりたくないけど。
それでもここで本当の事を聞く勇気は俺に無い。まぁね、とだけ答えて飲みたくもないルイボスティーをコップに注ぎ一気飲みをする。そして新しいコップに注ぎ直して二階へと戻ろうとしたその時だった。
『明日、頑張ってね』と母さんの声が背中を撫でた。
頑張るって…さっきの内緒の話と何か関係あるの?なんて思いが脳裏に浮かぶ。
「渡し子?頑張るよ」と言って部屋を出ると、ふと自分の部屋の前で立ち止まった。
一階へ耳を澄ませると、コップを洗う音が聞こえる。父さんの"じゃぁ先寝るから"と言う声が聞こえ、俺は部屋の扉を開けた。

薄暗い部屋からひんやりとした空気が溢れてくる。海美はベッドに横になっており眠りについたようだった。
「おやすみ。明日、戻れるといいな」
俺は独り言のように小さく呟くと、息を大きく吸い込んでゆっくりと吐き出し、その全てを瞼の裏に隠すように眠りについた。

『やいそれぇッ!!』

心地良い世界に突然響いたのは美雨の声だった。俺は仕方なく瞼を持ちあげようとする。しかし瞼がゴムのように伸びるだけで、まつ毛は獲物を捕らえたハエトリグサのように固く閉ざされたまま眉間だけがおでこにシワを寄せているのが分かる。

『ぷっ、ちょーヤバい!何この顔ッ、ブッサイクだなぁー』

二人の笑い声にやっと目を開けると目尻に涙を付けながら笑う美雨と海美の姿が映った。







コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品