海の声

漆湯講義

156.想定外

『おぉ、海美ねぇがなんか出した!!』

海美はそっとマットレスの上へ折りたたまれた布を置くと、丁寧にその布を広げた。

『コレ、お母さんが私に買ってくれた浴衣なんだ。』

そう言って微笑んだ顔に若干の寂しさのような表情が隠れていたのは気のせいだろうか。『まだサイズ合うかな…』と両手で宙に広げた浴衣を身体に当て海美は言った。

『可愛い浴衣じゃん♪海美ねぇだったらきっとすごい似合うよッ♪』

『ホントはコレ着てお祭り行きたかったんだけど、元に戻るまでガマンかな…でもその前に一回着てみたかったんだ♪』

「それじゃぁ着て見なよ。俺、外出てるからさ。」

『ごめんねッ、付き合わせちゃって…ありがとッ♪』

「じゃぁ俺、部屋の外に…」

とその時、海美が"あッ!!"と声を上げた。

「どしたの?!」

そして俺たちは、慌てて浴衣を折り畳む海美の口から最悪な状況を迎えた事を知らされる。

『お母さん来ちゃった!!靴持って来て!!』

サイアクだ。平日のこんな時間に帰ってくるなんて想定外だった。まだ運が良かったのは、外から海美母と近所のおばあちゃんらしき雑談の声が聞こえていることだ。
おばあちゃん…ナイス。
俺と美雨は心臓が飛び出そうになりながらも階段を駆け下り、靴を持つ。その時、腕を靴箱にぶつけて叫びそうになるも、ぐっと痛みを堪えて再び階段を駆け上がる。その時『セイジッ、靴箱の上の写真倒してるよ!!』と美雨が小さく叫んだが、「もう戻んないとヤバいだろ!!」と気づかれないことを神に祈って海美の部屋へと戻った。

海美は浴衣をしまい終わっており、『早くこっち!!』とベッドの下を指差した。

俺たちは狭いベッドの下へと身体をねじ込むと呼吸を整え、顔を見合わせる。

外から"それじゃぁどうも"と言う声が聞こえると、鍵を取り出す音が俺たちの耳へと微かに届いた。









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