海の声

漆湯講義

134.話を終えて

『祭りの前日だ。その日はおっかさもよう喋って朝方までずっと話してた。そりゃもう今まで溜め込んでた話を全部話しちまうくらいに。寝る前に"明日は俺の晴れ舞台見てくれ"なんて言ったらおっかさ泣いてたな。起きたらおっかさ居なくて俺は渡し子の準備で神社行って、渡し子終えて祭りが終わるまでずっとおっかさ探してたんだ。でもそれっきりおっかさには会ってねぇ…』

そこで俺はふと村長の話を思い出した。

「当たり前…と思っていたんですね。」

村長がすぅーっと"いつもの顔"に戻ると『そうですわ。だから当たり前なんて思っちゃぁいかんって事なんです。だから諸行無常、この世界には終わらないものは無い。だから"今"を大切にしなきゃぁならんのです。』

すると海美が小さな声で呟いた。

『私も急に居なくなっちゃうのかな。』

俺は何も言えずに静かに顔を伏せた。




「お待たせしました。」

煙草の匂いが強く残る車内に乗り込むと、おじさんが『もういいのか?』と新聞をめくりながら言った。

もういいも何も、かなり待たせちゃったし、何よりお腹が空いて死んでしまいそうだ。

『おじさんありがとね。お腹空いたな。』

心なしか美雨の元気が無い。いや、きっと村長の話を聞いて海美が突然居なくなってしまうんじゃないかって心配なんだ。

車は走り出し、海沿いの道を海鳥の後を追うように潮風を切って進んでいく。

『君、お昼は家の人が用意してくれてあるのか?』

「たぶん俺が帰ってから用意してくれると思います。」

すると車が海の方へと続く細い下り坂へ曲がる。
軽自動車がようやく通ることのできるほどの狭い道だ。

その途中に車が2、3台停められるくらいの広さで、"定食"と書かれた"のぼり"が数本立っている場所に車が停まった。






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