海の声

漆湯講義

114.初めまして…

そこで目に飛び込んできたのは、ベッドの足元に立つ美雨と、その側でベッドの上に両手を付いて下を向く海美の姿だった。

そしてその光景は俺たちの計画の失敗を示していた。俺は静かに病室へ入ると、ベッドに横たわる"もう1人の海美"の方へと歩み始める。

「ダメ…だったの??」

分かりきった事を口にしつつ俺は美雨の側でその足を止めた。

『セイジっ?いつからいたの?!』

その声でやっと海美が俺の存在に気づいたようにハッと俺の顔を見上げた。

『っあ…セイジ…くん…』

「大丈夫?まぁ…しょーがないよっ。」

俺はそう言うと、ベッドに横たわる海美へと視線を移した。

えっ…

ベッドの海美を見た瞬間、心臓の鼓動が少し早まる。

俺は視線を逸らすこともできないまま"もう1人の海美"を見つめ続けた。

『ごめんねっ、私そんなんで…』

消えてしまいそうな海美の言葉が届く。

俺はふとベッドに横たわったままの海美の手を握った。

その手はしなやかに、枝のように軽く、夏だというのに少しひんやりとしている。

そして、よくテレビとかで見る透明の酸素マスクをつけているもう1人の海美のその顔は…俺が知る海美とは少し違っていた。

夏の陽射しに溶けてしまいそうで柔らかそうな頬はその膨らみが弱々しく弧を描き、沖洲の空のように透き通った肌は白さを増してお世辞でも健康的とは言えない。あの艶やかな長い髪だって…

『…私もビックリしたよぅ…もっとマシかと思ってたんだけどな…ははは♪』

『あの…海美ねぇ何か…言ってる??』

何て返したらいいんだろう…
きっと美雨はこうならないように2人だけで部屋に入ったんだと今更ながらに気づいた。

「海美は…」

俺は"もう1人の"海美の手をギュッと握った。



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