海の声

漆湯講義

105.進み出す

『よくわかんないや。あっ、もちろん誠司くんと居るの楽しいよっ、だけど…やっぱり私の声が他の人に届かないのは辛いかな。』

「そうだよ…ね。なんかごめんっ、だけど俺は今がすっげぇ楽しい!!海美と美雨が普通に喋れるようになったらもっと楽しくなると思うんだよねっ!!」

海美は一瞬寂しげな表情を見せた気がしたが、すぐに『そうだねッ!!私も楽しみ♪』と言ってニコッと微笑んでみせた。

その様子をじっと
見ていた美雨が『バス、来たよー。』と俺の裾を引っ張った。

まるで電車のブレーキ音のような音を立ててバスが止まる。
年季の入ったバスが溜息混じりにドアを開き、俺たちは中へ乗り込むと、最後部の窓際から海美、美雨、俺と座り、見慣れた景色を横目にフェリー乗り場まで揺られていった。

その道中、何度も海美は楽しそうに窓の外を眺めては"ねぇ見てッ♪"と俺に笑顔を見せた。
そこには何もない沖洲の景色が広がっているだけだったが、バスに乗る事が無かったであろう海美には新鮮なモノに見えた事だろう。

"えーっフェリー乗り場、フェリー乗り場です"

車内アナウンスが到着を知らせる。バスはゆっくりとロータリーを回りバス停の前へと停車した。

バスを降りると同時に生温い潮風と焼けるような日差しに包まれる。
ついこの間ココに来た筈なのに何故か懐かしく、"島流しの漂着点"であった筈のこの待合室も全く別の場所にさえ思えた。

『久しぶりに来たなぁー♪海美ねぇ元気っ??』

ぐっと両手を天高く伸ばしながら美雨が言った。

「海美は…」

俺が海美に顔を向けると、俺に向け伸びた握られた拳から親指がピンと立てられた。

「"超元気"ってことかな。はは♪」

俺たちは自動販売機で飲み物を買うと、フェリーの到着まで待合室のベンチへと腰掛けて待つことにした。

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