海の声

漆湯講義

80.頼みごと

俺が海美の方を見ると、海美は何も言わずに頷いた。
そうだよな。2人で話したい事いっぱいあるよなっ。

「大丈夫、海美はそこに居るからさ。好きなだけ喋れよっ。」

俺がそう言うと美雨の目が俺を見つめ、その小さな肩がゆっくりと下がる。俺はそれを見てゆっくりと立ち上がると「俺、下に居るから。終わったら呼んで。」そう言い残し部屋を出た。

階段を降り、夕食の支度をしている母さんの後ろを通り、リビングのソファーへと腰掛けた。

『なに?ケンカ??』

顔を見ずとも母さんのニヤニヤとした顔が目に浮かぶ。

「違うよ、てか母さんにはカンケーないだろ。」

俺は"美雨の口癖"を自然と使っていたことに少しだけ恥ずかしくなって「カンケーないっていうか別にどうって事ないから。」と言い直した。

母さんは"ふふ♪"と笑った後に流し台の水を止め、冷蔵庫の扉を開けて『良かったわね、美雨ちゃんと一緒の学校で。』と言った。

一瞬驚いたが、すぐに"そんなの当たり前だ"と気づく。だってこの島に中学校が2つもある訳がないのだ。
しかし、改めて美雨と学校で会うという事を想像するとなんだか恥ずかしい。
今みたいに普通に接することが出来るのだろうか、美雨は学校でどんな感じなのだろうか、と次々浮かび上がる妄想が期待と不安に染まっていく。
"過去の出来事を知っているヤツが居るんじゃないか"なんて有り得ない妄想すら浮かび上がった。

そして俺は、学校へ行く前からなんだか学校が嫌になってきてしまった。

「学校行きたくねーよぉー…」

『別にいいわよ、無理して行かなくったって。それよりも大切なモノさえ見つけてくれればね。』

母さんの意外な答えに、なんて返せばいいのかが分からなかった。
海美は学校に行きたくても行けないのに…俺ってなんなんだろな…
そういえば海美は何処かで入院してるって言ってた…1番肝心な話聞きそびれちゃったな。

そうだ…

「ねぇ母さん、ちょっとお願いがあるんだけど…」

『なに?言ってみなさい。』

ソファーから立ち上がった俺に、母さんのいつに無い優しい声が返ってきた。


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