海の声

漆湯講義

72.招待

『それじゃぁ…今日はさよならしよっか。』

俺の家が小さく見えてきたところで、前を向いたままの海美は小さくそう言った。

俺は返事も出来ずに焦りや不安、そして先程の恐怖感が渦巻く感情に押し潰されそうになっていた。

「俺んち来なよッ。」

無意識に発せられた自分の言葉に喉が詰まり、俺は口をパクパクさせながら必死に弁解の言葉を探していたが、海美はきょとんとした表情から口元を緩ませて『おじゃま…しちゃおっかな。』と答えたのだ。

「えっ…いいよっ!!来なよ!!どうせ俺んち誰も居ないしっ…俺もする事ないしさっ!!それに海美が何で他の人に見えないのかとかもっと色々考えなきゃいけないと思うんだよね!!あと祭の事とかも聞きたいしっ、それに俺の部屋からあの浜辺だって見えるんだぜっ!!」

俺の口は水を得た魚のようにベラベラと言葉を発していく。
それを見た海美が口に手を当てて"ふふ♪"と微笑むのを見て俺はふと我に帰り、そのお喋りな口を慌てて閉じた。

「なんかごめんッ!!ほら、その…行こっか。暑いしさ…」

こうして海美と俺の家へ向かう事になったのだが、家の前に到着したところで"1番厄介な人物"が庭で洗濯物を取り込んでいるのが目に飛び込んできた。

「マジかよ…タイミング悪っ…」

『お母さん…いるね。』

「まぁ…海美は見えない筈だから普通について来てくれればいいから。」

『そうだよねっ、けどなんか緊張するっ…』

「海美が緊張する事ないって。じゃぁ行くかっ。」

俺は何も無かったかのようにこっそりと母さんに見つからないようになるべく離れたところを通り過ぎる。

『こんにちわー…』

「なんで挨拶してんだよッ!!」

『あ、ごめんっ!!』

と、その俺の声で母さんに存在がバレてしまった。

『あらっ、お帰り♪あんたお昼ご飯どうすんのよっ??』

「えっ、いやいらない!!ちょっと部屋戻るからなんかあったら下から声掛けて!!」

俺は小走りに玄関へと駆け込むと、逃げるように階段を駆け上り俺の部屋のドアを閉めた。




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